新学期、新生活11
「じゃあ出かけるよ。なるべく静かにしててね」
「ピッ」
「何度も言うけど、カバンから出たら絶対ダメだからね」
「ピー!」
「お水飲んだ? 次飲めるのは大学入ってからだからしっかり水分補給してね」
「ピッ!」
「テピちゃんたちよろしくね。もしヒナたちに何かあったら教えて」
「テピー!」
マチの広い大きめのバッグの中、タッパーに入ったテピちゃんたち数匹が元気よく手を挙げて返事をしてくれた。テーブルの上にいたヒナたちが、その上に遠慮なくジャンプして入っていく。そこにジュンキンアワホをちょっと撒いておいて、そっと肩に掛ける。
反対側の肩に掛けるのは、ティッシュやジュンキンアワホ、常温に戻しておいたペットボトルの水、お守りやスマホなどが入ったトートバッグだ。どちらのバッグも重くはないけれど、まとめて持てないのがちょっとつらい。
「ハ〜ドッコイショ〜」
私によじ登ってきたシノちゃんが、当然のようにトートバッグに入ってきた。
「……シノちゃん何してんの?」
「シノチャンエライカラネ〜大丈夫カ見守ッテアゲルンダヨネ〜」
バッグの中で姿勢を変え、スポッと頭だけ出したシノちゃんがドヤ顔で言っている。
どうやらついてくるらしい。
「シノチャンノ五臓六腑ノ活躍デユイミーちゃんモイッパイ助カッテルモンネ〜」
「それ八面六臂じゃない?」
暴飲暴食が趣味であるシノちゃんの五臓六腑が毎日活躍しているのは事実だけれども。
「まあ、何かあったときにサポートしてくれると助かるけど……シノちゃんもちゃんと静かにしててね」
「シノチャンハイツモオシトヤカッ!!」
「そういうとこだから。騒いでるとヒナたちに笑われちゃうからね」
「アノクソガキドモヨリオ上品ダカラッ!!!」
「わかった。はい。静かに」
カァーとクチバシを開けたシノちゃんを宥めてそっと頭をトートバッグの中に押し込む。
ローテーブルの上にいるお留守番組のテピちゃんたちが心配そうに私を見上げていた。
私も心配だ。
「じゃあ行ってくるね。すぐ帰ってくるつもりだけど、順調に行ったら買い物もして帰ってくるかも」
「テピー」
「テピテピッ」
「テーピッ」
テピちゃんたちが天板の上でワイワイと動き回っている。身振り手振りをしてから走り回ったり、つぶらな目をキッと険しくしてテピテピと短い手を動かしたり、謎の攻撃である「てっ」をしてみたり。どうやら、「道中気を付けて」的なことを言っているようだった。
「うん、よくわからないけど気を付けていってくるね。お守りも持ってるし、シノちゃんもいるし」
「テピ!」
「じゃあお留守番よろしくー」
「テピー!」
わいわいと手を振るテピちゃんたちにいってきますと言って玄関へ向かう。大人しく水に浸かっているニンニクがヒゲ根を振っていたので、手を振り返してから外へ出た。
外廊下の階段を降りて道路へ出ると、近くで大家さんが犬を連れて立ち話をしていた。
「あら? 由衣美ちゃん、もう大学なの?」
「あ、新学期はまだなんですけど、ちょっと復習に」
「えらいわねー。あのワンちゃんたちは元気?」
「はい、昨日会いましたけど元気いっぱいでした」
「よかったわねー」
預かっていた子犬をお客様に返したことを大家さんに報告すると、大家さんは残念そうな顔をしていたものの、散歩などで出会うとちょくちょく話しかけてくれるようになった。
巨大なお客様は相変わらずジャーキーをお求めにいらっしゃるし、子犬たちもちょくちょく一緒に来るので思う存分モフモフさせてもらっている。しかしそのせいか、大家さんの飼っている犬は私に撫でられるとき妙に緊張した態度になるのだった。
神妙な顔をしている犬をひと撫でしてから駅へと向かう。
電車に乗って座席に座ると「シノチャンモ撫デルベキ……」と小さく繰り返して主張されたので、トートバッグに手を入れてシノちゃんを撫でつつ、大きいバッグを覗き込んでヒナたちの無事を確かめるという作業に追われることになった。
前にシノちゃんと電車に乗ったときは謎の存在に驚かされたりもしたけれど、今回は何事もなく大学の最寄り駅に着いた。前にシノちゃんがボコボコにしてくると出掛けていったおかげなのか、それとも神社のお守りの効果か、偶然かはわからないけれどありがたい。そのまま歩いて見慣れた校門をくぐった。
構内は予想通り閑散としているものの、やはり人はちらほら歩いている。
「とりあえず、中庭に行こうか。人が少なそうだし、そこで休憩しよう」
小声で話しかけると、トロピカルな頭がちょっとだけトートバッグから覗いた。それを手でそっと隠しつつ中庭へ入る。
校舎に囲まれた中庭は学期中の昼休みなんかは結構人が多いけれど、今は誰もいなかった。いい感じに草木が生えているので、バッグを覗き込んでゴソゴソしていても怪しまれなさそうだ。
周りを見上げて窓際にも人がいないことを確かめて、より目立たないベンチを探す。
いい感じのベンチを見つけたところでふと振り返ると、いつの間にか後ろに人が立っていた。




