はじめての困難6
「え……ぼったくりって……えー……えええ……」
バイトに入ってそうそう私がぼったくりをしていたという驚愕の事実に戸惑いを隠せない。脱力して俯くと、足元で白いものたちもおろおろ、いやテピテピと無秩序に動き回っていた。
キラキラヴァンパイアであるサフィさんに教えられてマニュアルを見ると、最後の方の参考資料というところに「各種の相場価格」というページがあった。
お金の価値があやふやなのでよくわからないけれど、木の価格表で表示されていた一番高い品物『レイオールの慈悲』金貨2000枚の品物は、相場では金貨10枚。
「200倍って……暴利ってレベルじゃない……」
「この辺はそこそこ稼げるしガメつい奴だって多いから多少は気にしないけど、流石にこの値段はねぇ」
さーっと血の気が引く感覚がする。
言うなれば百均の品物を2万円で売りつけていたようなものだ。
上級南国果実Bも、相場で計算すると4つで銀貨1枚と書かれているのに、価格表に従って金貨2枚ももらってしまっていた。魔王さんは何も言わなかったけど知っていたのだろうか、と考えてから気付いた。
ポヌポヌ歩く犬が何も買わずに帰ってしまったのは、このぼったくり価格のせいじゃないだろうか。
「すみません。お金入ってる棚の横に置いてあったから、てっきりこれを使うものかと」
「いやこっちこそ、まさか残ってるだなんて思わなかったから。それ、ユイミーちゃんの前の店番が使ってたやつ」
「え? これ使ってたんですか? ぼったくり?」
「そうそう」
私の前任だった人は、かなり金にガメついひとだったとサフィさんが語った。
「この辺、かなり奥の方だから他に店もなくてね。だから売り買いはここを頼ることになるんだけど、それを利用して粗悪品を高値で売りつけるわ、金貨ものの品を小銭で買い取るわの好き放題。文句を言えば出禁にするし、ほんと不満が高まってたんだよ」
「最悪じゃないですか。ていうか、値段吊り上げるなんて横領なんじゃ……」
「いや、こんな奥まった場所で店やってもらってるわけだから、こっちも気持ちよく売ってもらえるならちょっと上乗せするくらいは問題ないんだよ。今までもそうだったし。でもさすがにアイツはやり過ぎだった」
この周辺で困る人たちが増え、その人たちが他の場所に行ったりして、迷宮にある他のお店にも色々と影響が出ていたらしい。それでクビになって、代わりに私がやってきたということだった。
「やれやれこれでマシになると思ったらユイミーちゃんがシレッと価格を引き継いでるんだもん。似たタイプがきたのかと思ってビックリした」
「でしょうねすいません……」
「いや知らなかったんならしょうがないし、そもそも俺も油断してたから」
アイツの私物は全部燃やしたと思ってたんだけどなー、と言いながら、サフィさんが木の板で作られている価格表をバキッと折り、持ったまま炎で燃やしてしまった。マジックか。いや、魔法か。
なんという経緯のバイトを紹介してくれたんだまじょばちゃん。大事なことは先に言っといて。
「というわけで、ユイミーちゃんには適正価格で頑張ってほしいんだけどいいかな」
「はい。こっちの価格でお願いします」
「いやこれ相場そのままでしょ。これ昔の相場だからちょっと安いし、これだとユイミーちゃんが販売で貰える利益ゼロになるけど」
「多分大丈夫です」
魔女おばちゃんに提案された給与形態は時給制だ。一応あとで確認してみるけれど、自分で利益を確保する必要はないのだと思う。
差額は自分のお金にできるといっても、元々時給1500円というだけでもかなり好条件だし、今まで大変だったお客さんのことを考えるとあんまり値上げしようとは思えない。
「いやユイミーちゃん。ちょっとだけでも取っといたほうがいい。急にこの価格にするのも後々の店番が困るかもしれないから。また値上げだって揉めてもあれだし」
「じゃあえっと……1割増しくらいでいいですか?」
「それでもだいぶ値下げしまくった感じするけどね……まあ、ユイミーちゃんがそれでいいならいいんじゃないかな」
「本当にすみません」
「いやいや、俺はまだ何も買ってないしむしろラッキーだから」
サフィさんは特に怒ってはいないようだけれど、私は割と落ち込んでいる。
毎日文句を言わずに上級南国果実Bを買ってくれた魔王さんに謝りたい。毎日しょんぼり帰っていったポヌポヌ犬にも。
「あの、もうすでに一回こっちの価格で売っちゃったんでお詫びして返金したいんですけど、なんか角生えて骨っぽくて手がいっぱいある魔王さんってどちらにいらっしゃるかわかりますか?」
「んー、確かにアホほど高い価格だけど、合意して払ったんなら問題ないんじゃないかな。あの人は前の店番のときも変わらず通ってたみたいだし。気になるんなら次来たときに何かサービスするとか? 今日の炒め物も美味かったし」
魔王、セレブだったのだろうか。だとしても、ちゃんと謝って説明しよう。
ポヌポヌ犬にも。明日も来てくれるだろうか。
私は他に間違ってやっていることがないかをサフィさんにチェックしてもらった。今日は帰って大反省会だ。




