新学期、新生活5
新学期までもうすぐ。
「ピーッ!」
お客様の、普通の2倍ほどの長さがある右手がカウンター越しに伸ばされた瞬間、金の殻をパンツのように履いているピーちゃんが素早くジャンプしてその腕をたかたかたかっと駆け上った。そして肩の手前で腕を踏みしめて飛び上がると、けりけりけりっと小さな足で異様にのっぺりしたお客様の顔を攻撃し、そのはずみでくるりと一回転してこちらの方へと落下する。私がその姿を慌ててキャッチするのと、床からのびた巨大な手がお客様の胴体を鷲掴みにするのが同時だった。お客様は長い腕を後ろになびかせつつ、開いたドアの外へと投げ捨てられてドアが閉められた。
「ピッ」
「……あっ、お財布と品物忘れてる」
まあ忘れていったというか、強制退店でしまう暇もなかっただけなんですけども。
黒い袋の中から代金を取り、カウンターを回って手さんに近付く。
「手さーん、商品とお財布渡したいんだけどいいかな」
敵意を向けているのか、扉の方に指をワキワキ動かしていた手さんに話しかけると、木製の手がそっと私の手からお財布と注文された品物を受け取った。親指の先でドアノブを捻り、開いた先にその2つをブンと投げてバンと閉める。
今ドアの隙間からヨロヨロ起き上がるお客様がちょっと見えた気がしたな。生きているようで何より。
「久しぶりに悪質なお客さんだったねえ」
ありがとう手さん、と声をかけると、グッと綺麗なサムズアップが返ってきた。
「しかしピーちゃんは日に日に逞しくなるねぇ……」
その場で跳ねながらピーピーとドアに向かって鳴いているピーちゃんは、私の言葉にふわふわの胸を張ってドヤ顔をした。背後のケージの中では、銀ピーちゃんとふわピーちゃんが何事もなかったようにジュンキンアワホをぷちぷち食べる音が響いている。割と人間離れしたビジュアルのお客様の存在にぎゅっと固まって怯えていたのはテピちゃんだけだった。
ヒナはまた一回り大きくなった。
殻を食べたから成長したのか、成長したから殻を食べ始めたのかはよくわからないけれど、その身を守っていた殻が小さくなるに連れてピーちゃんたちは心身ともに活発になっている。
アイドルの握手券よりもあこぎな商売でヒナ目当ての客から金を巻き上げていたピーちゃんは、最近はもう飽きたらしく、ヒナに興味を示すタイプのお客様が来ると隠れて出てこなくなった。そればかりか、厄介なお客様には威嚇したり攻撃したりするようになったのである。
反撃されたり逆に掴まれたりしたら危ないと心配だったけれど、うちの守護神である手さんと絶妙な連携プレーによってお客様には平和的にお帰りいただいている。
「お断りの手間が省けて楽っちゃ楽だけど、あんまり危ないことはしちゃダメだよ。まだヒナなんだし、この辺のお客は強いから変に刺激しちゃダメ」
手に乗せてそう言い聞かせると、ヒナはぽわぽわな頭をくりっと傾け、つぶらな目をぱちぱちさせて「ピィ?」と鳴いた。
めちゃくちゃ可愛い。
あざとい攻撃も身に付けているあたり、外の世界でも立派に生きていけるのではないかと思ってしまう。
ピーちゃんほどではないにしろ、銀ピーちゃんもこの前無遠慮なお客様に撫でられそうになりその指をギリィ……と静かにクチバシで捻っていた。シャイで隠れ上手なふわピーちゃんはお客様こそ避けているものの、私が両手を合わせ小さな隙間を作って呼び寄せると、ぐいぐいとかなり強い力でこじ開けて隠れる。
度胸のピーちゃん、素早さの銀ピーちゃん、パワーのふわピーちゃんという感じだろうか。
親はなくとも子は育つものである。しかも逞しく。
「うーん、もうちょっと落ち着いてくれたらお留守番してもらえるんだけど……」
成長した分、フリーダムさにも磨きがかかっているので、やっぱり大学に行く間家に置いておくのはかなり不安だった。出掛けている間に部屋を散らかすくらいならまだいいけれど、玄関を開けた隙に脱走とかされるとめちゃくちゃ困る。
「せめて講義中の90分間だけでも静かにバッグに入ってくれたらね……できる?」
あざとく目をぱちぱちさせていたピーちゃんは、ピョンと私の手から降りてカウンターを走り回りさらに飛び降りて床を走り回り、そして止まってピッと私を見上げた。
うん、静かにする気はさらさらないな。
ふうと溜息を吐くと、お店のドアの外がなんだか騒がしくなった。
ガシャガシャと大きな音が沢山鳴っている。
「またお客様みたい。ほらピーちゃん、ケージ入って」
ちっちゃい羽をパタパタさせて戦闘する気満々なピーちゃんを持ち上げると同時にドアが開いた。
ガシャガシャという音が大きくなり、そして止まる。
ドアの向こう側にいたのは、西洋甲冑の集団だった。
「……」
団体様のご到着である。




