小さいヒナと大きなお客22
翌朝は、ピーピーの大合唱で目覚めることになった。
「ピーッ!」
「テピッテーピ!」
「ピッ」
「テーピー……!!」
もし騒音で追い出されたら、財宝鳥の羽を換金して引っ越そう。ちょっといいとこに住んでやろう。
足の生えた卵たちを見て私はそう決心する。
ヒナたちはあちこち動き回り、それを止めようとしてテピちゃんたちが追いかけ回る。卵の大きさがそもそもテピちゃんたち2匹分よりちょっと大きいくらいなので、好き勝手に動き回るヒナにテピちゃんたちは大苦戦していた。視線を上げると、台所のシンク台のところでカフェオレボウルに入ったニンニクがヒゲ根を数本出して、ペチペチとボウルの縁を叩いてはこちらに手を振っていた。
「衣装ケースからどうやって出たの? ジャンプ?」
ワシっと掴んで金色の卵に尋ねると、足をジタバタさせながらピーピーと鳴いている。殻に空いた穴から足を出しているので可動域は少なそうだけれど、ヒナたちは全員衣装ケースから脱走していた。プラスチックの箱に残されていたのはテピちゃんたち数匹だけだった。他のテピちゃんたちが外に出るために踏み台となったチームのようだ。
今掴んでいるのは、穴の形からして最初に生まれたピーちゃん。
衣装ケースへと戻してから、ヨタヨタ歩き回っているもう1羽を掬い上げる。
銀色の卵から足とクチバシを出しているヒナは、ちょっと高い声でピィピィ鳴いて足をジタバタさせたけれど、柔らかい足を手のひらに乗せると大人しくなった。
「踏んだり蹴飛ばしたりしちゃうかもしれないから、歩き回ったら危ないよ」
ジュンキンアワホをひと粒摘んでクチバシに持っていくと、ピィと鳴きながら食べる。お腹が空いていたのか、衣装ケースに入れると大人しく落ちているアワホを啄み始めた。戻りたそうにしていたテピちゃんたちも衣装ケースに入れると、ヒナたちの世話を頑張り始めた。
「もう1羽は?」
部屋を見回すけれど、残ったテピちゃんたちはオロオロと動き回るだけだ。耳を澄ましてみても、衣装ケースの中からしか鳴き声が聞こえない。
「テピちゃんたち、スキマとか探してくれる?」
「テピ!」
手分けしてベッドの下やら洋服ダンスの裏やらに入ってもらいながら、私もうろうろと残った金の卵を探す。枕やら掛け布団やらを持ち上げて確かめ、キッチンの方へ行くとニンニクが激しく踊っていた。
いや、何か主張しているらしい。
「……ヒナの場所探してくれるなら、今だけ出ていいよ」
水を張ったカフェオレボウルからザバッと体を持ち上げたニンニクが、隣に置いてあったキッチンタオルに着地して水気を切りつつダカダカと歩き出す。シンクのフチを歩き、そのまま垂直に両開きの戸を歩く。ダカダカと音を立てて、カトラリー類を入れている引き出しの方へ近付くと、一番下の引き出しのところでタンタンとヒゲ根でそこをタップした。
「え、ここ? この中にヒナいるの?」
垂直方向のままのニンニクがちょっと左右に動き、やっぱり一番下の引き出しのところをタカタカとリズミカルに叩いた。ちょっとどいてもらってその引き出しを開ける。
「うわ、ほんとにいた」
収納として作りつけになっている4段の引き出しの一番下は、大きなものも収納できるように少し深くなっている。ボウルだけを入れているその引き出しの手前の隅っこにヒナが隠れていた。
どうやってこの引き出しを開けたのか、何もないのにどうジャンプして入ったのか、さらにきっちり閉められたのはなぜか、色々と疑問はあるはずだけれども、隠れているヒナを見るとそんな疑問は吹き飛んでしまった。
「ふわふわしてる!」
昨夜、1センチくらいしか開いていなかった卵の穴が、随分と大きくなってクチバシどころか完全に頭が見えていた。
ふわっふわの真っ白な物体がうとうとしている。
「うわー、ヒナこんななの? すごいかわいい」
両手でそっと掬い上げると、目覚めたヒナがピーピー鳴きながらヨロヨロと動く。
鳥らしい羽っぽさはなく、ポワポワの毛が生えている。真っ白なので、黒くてつぶらな目がより目立って愛らしかった。
しばらくウロウロしていたけれど、曲げた指の方へと近付くとその影に隠れるようにきゅっともたれてまたうとうとし始める。
「え、かわいい……」
撫でようとそーっと手を近付けると、起きてピッと鳴いてから、その下に隠れるように頭を出してまた寝てしまう。小刻みな呼吸に合わせてふわふわした頭が揺れていた。
めちゃくちゃかわいい。
「テピーッ!!」
集まってきていたテピちゃんたちが、床に座った私の膝あたりをちっちゃい手でぽこぽこ叩いていた。ぎゅっと抱きついたり、ズボンをくいくい引っ張っているテピちゃんもいる。
「いや待って。見てほら。かわいい」
「テーピッ!」
むきーと怒っていたテピちゃんたちにヒナを見せると、ポコポコ叩いていた手がだんだんとゆっくりになり、マシュマロっぽい体に付いていたおめめがヒナに釘付けになっている。
「テ……テピ……」
「かわいいでしょ」
床の高さまでヒナを乗せた手を下げると、そろそろとよじ登ってきたテピちゃんたちが、まだ残っている殻の部分にきゅっと抱きついていた。ニンニクは横向きのままヒゲ根をもじもじさせている。
迷宮基準からしても、このヒナはやっぱりかわいいようだ。
「ほんとかわいいね……ちょっと写真撮ろう。テピちゃんたちも一緒に写りなよ」
「テピ!」
「私も撮ってほしい。ボタン押せる?」
「テピー!」
ふわっふわなヒナを起こさないように開催された写真大会は、他のヒナたちの抗議のような鳴き声でうるさくなるまで続行された。




