小さいヒナと大きなお客10
翌日は、アラームが鳴る前に起きた。
テピテピキーキーとうるさかったからである。
「いや静かにしてって言ったでしょ!」
「テピー!!」
我慢できなくてガバッと起きると、ローテーブルの上でテピちゃんたちが私の方に向かって何やら手を振ったり動き回ったりしている。
「え? 何?」
「テピッ! テーピー!」
ベッドから足を下ろすと、あっちあっちと言いたげにテピちゃんたちがちっちゃな手を同じ方向へと動かした。私から見て斜め右下。
「あ、卵落ちてる」
「テピー!」
「キー!」
ラグの上に、金色に輝く卵が落ちていた。
おかしいな、と思わず首を捻る。卵は3つともいつも通りタッパーに入れていたので、プラスチックの壁で阻まれて転がれないはずだし、その上にはテピちゃんたちが山盛りになっていたので上から出ることも難しいはずなのに。
大丈夫かな、と持ち上げようとすると、金色の卵がススス、と逃げた。
「ん?」
さらに手を伸ばした私の指が触れた殻は、転がるのではなく平行移動する形でスス、とまた動く。
よく見るとその卵は、地面から微妙に離れて移動しているように見えた。
「……」
身を乗り出してさらに遠くへ行こうとする卵を捕まえる。
ピーピーと鳴き声が聞こえるその卵を動かしてみると、裏側にある大きめの穴から黄色い足が2本生えていた。柔らかそうな見た目だけれどそこそこ大きいその足は、仰向けにされてジタバタと動いている。
「足だけ出てる」
「テピッ!」
「え、これ大丈夫なの? 剥がしてあげるべき?」
孵化事情にはあまり厳しくないが、まだ殻を破り切れていない状況で足が出てしまったら、なんかこう、クチバシで割るための踏ん張りが効かないのではないだろうか。
足が生えている穴のところから殻を剥がそうとしてみるけれど、指で摘んで剥がせるような硬さじゃなかった。とりあえず手近にあったスマホを持って、角で殻をコンコンと叩いてみる。全然割れそうな感じがしない。
悪戦苦闘していると、卵の別の場所から何かがニョキッと生えて「ピー」と鳴いた。
「えっ」
「ピーッ」
別の方に空いた小さい穴から、クチバシが出ている。黒いクチバシを持つ親鳥とは違って、ヒナのクチバシは足と同じように黄色だった。
「いや、いやいや」
とりあえず卵をローテーブルの上に置くと、振動のせいかクチバシと足が殻の中に入っていく。しばらくすると、様子を見るようにクチバシが出てきて、それから足も生えてゆっくりと立ち上がった。おぼつかないながらも歩き始める殻に入ったままのヒナの周りで、テピちゃんたちが心配そうにてぴてぴとついて回っている。
足とクチバシの生えた卵状態なヒナはあてもなく歩いているようだったけれど、テピちゃんがタッパーの中に落ちていた殻の欠片をサッと差し出すと、ヒナは卵を傾けるようにしてコツコツとクチバシでつつき始めた。
「いやおかしいでしょ!! それ着たままにしとくやつじゃないから!!」
思わず突っ込むと、声のせいかクチバシと足が引っ込んで金の卵がゴロリと転がる。白い軍団にテーピッ! と抗議されて、私は卵に謝ることになった。
確かに生まれたばかり……というかまだ生まれてない卵に対して大声は良くなかったかもしれない。でもこの状態はおかしいでしょ。
卵のカラをつけたまんまの鳥のキャラクターっていた気がするけど、それだってこんなに卵の占有率が高くはなかったはず。鳥の可愛さみたいなものが出てたはず。
私の目の前にいるのはどう見ても鳥の足とクチバシを足しただけの卵である。輸入雑貨の安っぽいオモチャにしか見えない。
「えーっと……エサは食べられそうだから、いい……の?」
「ピー」
クチバシがコツコツペキペキとつついているのは、自らの周囲をほぼ完全に覆っている卵の殻だ。卵に対して斜めに生えている足とクチバシなので、地面をつつく分には問題がないらしい。さらに、私の指では太刀打ちできなかった殻を欠片とはいえ割って食べてるっぽいので、健康状態も食欲もそう悪くはなさそうだった。
いやよくないんだけど。
鳥というよりメタリックな卵形の新生物にしか見えないヒナに小松菜の切れ端をあげると、ピーピー鳴きながらもつついていた。まだあまり食べるのは上手じゃないようでちぎった小松菜がたくさんローテーブルに散らばったけれど、一応食べてはいるようだ。しばらくすると満足したのか、小さくピーピーと鳴いたヒナは、クチバシと足を卵の中に収納して静かになった。小松菜の残りをテピちゃんたちがおやつにして片付けている。
「とりあえず……トンカチか何かを買いに行こうか……」
「テピ?」
「キー!」
足の出る卵を持って外出すべきなのかでちょっと迷った。
カフェオレボウルの中でウズウズしていたニンニクはもちろん留守番にした。




