繁忙期とお休み31
「……あの、話ってなんですか」
穏やかに微笑むユウから少し視線を外してしまいながら、私は尋ねる。
するとシノちゃんが声を上げた。
「チョット苦シイノヨ〜」
「あ、ごめんね」
「塩辛コロッケ出ルカト思ッタケドネ〜」
緊張のせいで、シノちゃんを抱く腕に力を込めすぎたようだ。
塩分高そうなものを食べてきたシノちゃんは酔っ払いなので、あんまり負荷をかけて吐かれても困る。そっと抱き直すと、ぐでんと力を抜いたまま「ネェ〜ヤサシク寝カシテ〜」とまた調子に乗った発言をしている。
大きなクチバシを開けて栄養ドリンクでも突っ込んでやりたい。
と思ったところで、前方から視線を感じた。
「……あ、この鳥は、知り合い……のペットというか……」
「コンニチワ〜シノチャンダヨ〜」
腕の中で仰向けのまま足をワキワキさせているシノちゃんの元気のいい挨拶を、クチバシをそっと押さえて遮っておいた。
「そっか。由衣美が預かってるの?」
「そんな感じです」
ユウは日本語堪能なシノちゃんについてはあまり気にならないのか、えらいねといった以外には特に言及してこなかった。私がユウの立場なら深く突っ込まざるを得ないシチュエーションだと思うけれど、気遣いのできる人は他人のプライバシーを探らないのかもしれない。気遣いができる人は普通他人の家まで勝手に来ないと思うけども。
ゴロゴロ、とまた遠くで雷が鳴る。
雲行きはそれほど怪しくないけど、シノちゃんも酔ってるし早く帰りたい。
そう思っていると気持ちが通じたのか、ユウが改めて話を始めた。
「まず、時間を取ってくれてありがとう。突然押しかけてごめん。ルイたちが図書館で見たっていってたから大学で会えないかと思ったけど、忙しいみたいだったから……由衣美、もう新しいバイト決まったの?」
「はい、まあ」
あまり答えたくないなと思いつつ、曖昧に頷く。大人しくなったシノちゃんは、腕の中でごく小さく「カンパチ〜……エンガワ〜……」などと呟いていた。
「そうなんだ。辞めるの急だったから心配してたんだけど、連絡も取れなくなったし……あのさ、由衣美が辞めたのってもしかして、俺のせい、かな」
バレてた。
本人を前にしてそうですとハッキリ肯定するのも気まずいので、私ははあとかまあといった音を発しつつ、曖昧に頷いた。誤魔化しても仕方ないけど、あなたがイヤで辞めましたと苦手な人にそのまま言えるほどの度胸もない。
怒ったり困ったりされるかなと罪悪感が湧いてちょっとユウの顔を見上げる。するとなぜか、そのどちらでもなく、むしろホッとしたような微笑みを浮かべていた。
「そうだったんだね。……じゃあ、やっぱりわかってたんだよね」
「え?」
「由衣美も『こっち側』の人なんでしょ? だから俺の力に気付いたんだよね」
「え、いや、力って」
「わかってたんでしょ? 俺がみんなに好かれてるように見えるのは、あの力のせいだって」
いや、全然わかってなかったんですけど。ていうか今もわかんないんですけど。
黒くて曲がったクチバシを微妙に開けたままのシノちゃんが「ゴマダレ〜……マヨポン……」と呟いているのを眺めつつ、いやいや、と考え込んでしまった。
いやいやいや。なに、「こっち側」って。「あの力」ってなに。
『汝の敵はヒトではない』
魔王さんの言葉が脳裏に蘇る。
もしかして、もしかするのだろうか。
もしかしてユウは、迷宮よりのタイプのひとなんだろうか。
疑わしく思いながらもユウを見ると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「やっぱり、由衣美はわかってるんだね。よかった」
「いや、あの」
「ごめん、嬉しくて。ずっと確かめたかったんだ。この『力』がわかる人に出会えたの、初めてだったから」
「いやそれ違」
心底嬉しそうな表情をしているユウが、あまり空いていない距離を縮めてくる。思わず後ずさると「お願いだから逃げないでほしい」と言われてしまった。
いや、逃げるでしょ。
心の中でそう突っ込むけれど、酔っ払いオウムを抱えたままの後退りよりも、成人男性の歩幅の方が当然ながら大きい。手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで詰められて、私は自分の顔が引き攣ったのがわかった。
「どうしても気になって仕方なくて、由衣美と話したくて……あのさ、よかったら」
「ハイハイハーイ。そこまで」
「えっ?」
今なにか、地球で聞こえちゃいけない声がしたような。
会話にしては近過ぎる距離にいるユウよりも、そっちに意識がいって横を向く。
日本の狭く侘しい公園の中に、キラキラなヴァンパイアが存在していた。
輝く金の髪に、澄んで綺麗なブルーの目。深い緑のローブに杖。宝石のような目と視線がかち合うと、キラキラな顔をさらにキラキラさせたその人は、テヘッと言わんばかりな仕草で私に手を振った。
「来ちゃった」




