バイト先は家から近いほうがいい1
「ユイミーちゃん、春休みバイトやるでしょ? 時給1500円」
いきなりアパートにやってきてそう言った魔女おばちゃんに、私が「……やるけど」ととりあえず頷いてしまったのはやはり遊ぶ金欲しさからである。
魔女おばちゃんは、お母さんの妹、つまり叔母だ。
本業は母曰く「海外で素材を集めて作る人気ハンドメイド作家」らしいけれど、うちでは昔から「魔女のおばちゃん」として親しまれてきた。持ってくるお土産が怪しげだったり、私たち姉妹にマジックを見せてくれたりしていたからである。黒いワンピースをきてることが多く、黒猫を飼っていることも相まって、絵本で見た魔女と同類だと思ったわけだ。
「まじょばちゃん、麦茶飲む?」
「チンしてねー」
冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、レンジに入れる。私が一人暮らししているこの部屋にも何度かきたことがあるので、勝手知ったる感じでくつろいでいた。
ローテーブルにはお土産が置いてある。マカダミアナッツの入ったチョコはハワイ土産というわけではなく、お土産チョイス能力が人並み外れ過ぎている魔女おばちゃんが、変なものを持ってこないために私が指定して買ってきてもらっているものだ。子供の頃の私と妹をギャン泣きさせたアフリカっぽい呪い人形みたいなやつは、母がいくら捨てても手元に戻ってくるらしい。
「はい。お菓子食べていい?」
「お土産だから好きに食べなー。あー麦茶久しぶり」
「まじょばちゃん、今回はどこ行ってきたの?」
お母さんとの年齢が離れているため、叔母といってもそれほどおばちゃんじゃない。
そんな年頃なのにおばちゃんおばちゃんというのはどうなのかということに中学くらいで気付いて「アリサさん」と名前で呼びはじめたけれど、本人に嫌がられた。なので私はまじょばちゃんとぼやかして呼んでいる。芸能人のちょみぱみたいな雰囲気に聞こえないこともないだろう。
「あっちこっち。ねえ、バイトいつからする? 今日から?」
「急すぎる……。どんなバイトなの? 近い?」
「店番するの。迷宮の魔女になってね。楽しそうでしょ?」
魔女おばちゃんがそう呼ばれる原因は、この夢見がちな言動もあった。
迷宮ってなんやねん。新しいアトラクションか何かだろうか。
「店番って何屋さん?」
「色々。雑貨と、もしできるなら簡単な調理もしてもらえたらありがたいなー。ユイミーちゃん、1年間一人暮らしして料理ももう慣れたでしょ?」
もう慣れたけど、人のことスイミーみたいに呼ぶのはやめてほしい。
大学に入って念願の一人暮らしはできたけど、料理が上達したかといえばそうでもない気もする。料理が好きというわけでもないので、適当すぎる同じメニューを繰り返してるような状況だ。ちなみに今日の昼ごはんはモヤシと挽肉のあんかけをご飯に乗せた適当丼である。山椒をかけたらおいしかった。
「レンジとか茹でるとかくらいならいいけど……雑貨屋で食べ物売ってるの? 適当すぎない?」
「そういうもんなのよ。ゆるーいお店だし」
テーマパークでアトラクションの近くにあるお店みたいな感じだろうか。ああいうとこは雑貨と食事は分けて売ってる気がするけれど、食事でもお持ち帰りできるプレートとかもあるしそういうものなのだろうか。しかし魔女ってどんなアトラクションだ。
魔女おばちゃんはあちこちに行ってるおかげか色んな人脈があり、私に持ってくるバイトの話は多岐にわたる。占いとかで使いそうな水晶をひたすら磨くバイトとか、謎の路地に立ってやってきた人に謎のカードを渡すとか、ずらっと並んだケーキの中からいい匂いのものだけを探し出すとか。それでもそこそこ給料をはずんでくれるので私にとってはありがたい紹介である。なぜか私がバイトしてないタイミングで紹介してくれるし。
今回も、ちょうど後期終了と同時にバイトを辞めたところだった。
「バイト先って遠いとこ?」
「すぐ近くよー。やっぱり今日から行ってみる?」
「いやだから急すぎるでしょ。もっと早く言ってよまじょばちゃん」
「人手が足りないの〜。お願い、ユイミーちゃん。魔女おばちゃんを助けると思って魔女のバイトして」
「えー、しょうがないなー」
手を合わせて頼まれると断りにくい。時給1500円だし。
私が頷くと、魔女おばちゃんはパッと嬉しそうに笑った。
「じゃあさっそく行きましょ! ママには私から言っておくね。できるだけ長めに勤務してほしいから、あっちでご飯食べて。ちゃんとキッチンあるから。ネットもあるしお客さんは意外と来ないし、結構快適よ」
「そんなとこなら他の人雇ってもいいんじゃない? 私大学始まったらフルタイムは無理だし」
「それがなかなか難しくてね〜。でも大丈夫。ちゃんと教えてくれる人がいるから!」
魔女おばちゃんによると、店番はひとりでするけど、別の場所で働いてる人がしばらく様子を見てくれるらしい。マニュアルも揃ってるのでわからないことがあってもだいじょうぶだとかなんとか。
「着替えたほうがいい? 何か持ってくものとかある?」
「大丈夫大丈夫。忘れ物があったら取りに来たらいいから」
「そんなすぐなの? うちの近くに遊園地とかあったっけ」
「すぐそこよすぐそこ」
すぐそこ、と言った魔女おばちゃんが指していたのは、私が住んでいるワンルームの壁。
何もないはずのそこに、古めかしいドアが出現していた。




