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『バニラフラペチーノ』

作者: Emily Millet

姉はバニラフラペチーノが好きだ。

「真っ白いホイップクリームと真っ白いバニラシェイクの融合体を摂取すると、体内が浄化される気がする。」

ツタヤで文庫本買った帰りに、姉がスタバで僕に語り始めた。もう十年も前の話だ。

渋谷のスタバで、姉が高3、僕が高1だったな。

僕の記念すべき初スターバックスの日だった。

「カラダん中の暗闇みたいな何かをさ、天国から採取した真っ白い雲を飲み込んで、シャララララーって、綺麗にされてる気がすんの。わかる?」

正直、あんまりわからなかった。

ただ姉は、占いや儀式的なジンクスみたいなもの全般を否定するリアリストだ。

だからこそ、姉の言葉は、何か理屈めいたノウハウというか、

“バニラフラペチーノ理論”的なナニカを唱えているみたいに響いた。

もしくは、姉に奢ってもらったマンゴーフラペチーノが、

僕の脳天に甘く冷たく直撃しすぎたせいで、そう聞こえたのかもしれない。

「シャララララーって、なんだよソレ」

リアリスト姉の不思議発言に、なんだかわからないけど、ふたりして鼻をヒクヒクさせて笑った記憶がある。



[旦那シンガポールに出張中。暇なんだけど]

今朝、それだけ書かれたメールが姉から届いた。

お盆休み二日目の朝、やっと僕の肉体疲労は溶けてだしてくれたようで、体が軽い。

体が軽いと、好きな場所に足を運びたくなる。今日は久しぶりに、ゆっくりまったり大型書店に行こうと決めた。360度本に囲まれるなんて、最高のリフレッシュになる。

お盆休み直前まで、担当しているファッション誌のプロジェクトが数本立て込んでいた。

そのせいで、今月は寝る前の読書すらままならなくて、どれだけお盆休みを待ちわびたことか。先週なんて、そんなに働いてどうするんだよ?って毎朝歯磨きしながら失笑していた。なんせ一番力を入れた企画が『この冬、キュンとさせたい、でもまったりもしたい欲張りコーデ』だ。キュンもしねーし、まったりした時間も僕とれてないなあ、って。仕事ってなんなんだろな?

ともかく、本好きの僕が、二週間も読書しないなんて。

本への飢えは、ピークに達していた。

そもそも僕の本好きは、姉の影響が大きい。

『きらきらひかる』も『キッチン』も、『流星ワゴン』も、

『博士が愛した数式』も、姉の「よかったよ」の一言が呼び水になって、夢中で読んだ。

きっと姉は行きたがるだろうと、

[池袋のジュンク堂行く? 最近のホーム本屋]

姉の返信は、YESって文字が躍るスタンプひとつだった。


西武百貨店の一階エルメス前で待ち合わせると、姉は僕より先に到着していた。

白いワンピースに小さな肩掛けのヴィトンバッグ、

今日のファッションテーマはおそらく、

『両腕が自由に使える盛夏コーデ』というところだろう。

そして、ブランドもメイクも好きな姉は、フロアのエルメスにもコスメ群にも一切触れずに、出口へ向かった。百貨店から抜け出すと、南池袋方面へと胸を張ってずんずん歩いた。

そういう自分のテンションをあからさまにアピールするの、きっと僕にだけなんだろうな。

子供の頃から変わらないけど、若干マウンティングが強めなんじゃない?



ジュンク堂につくと、姉はすぐさま『死にがいを求めて生きているの』を見つけて、

即買い物かごに入れた。その流れるような所作は、水中で高速遊泳する人魚を思わせた。

しこたま新刊や洋書、写真集を買い物かごに迎え入れ、

万里の長城くらい長い会計の列を終えると、姉と僕は顔を見合わせて、鼻をヒクヒクさせた。

本と本屋への礼賛っていうか、戦利品へのアドレナリン噴火の合図みたいなものなんだよ。

キョーダイごとにある気がするな、そういう変な合図。

腕も足も結構限界、疲れたと姉がこぼすので、

ジュンク堂の隣にあるスタバで一休みすることにした。



姉はバニラフラペチーノ、僕はストロベリーフラペチーノを片手に、窓側ソファ席に腰掛ける。

外気温35度。

太陽光線が、もはや線どころじゃない。

太陽ヴェールになってサンシャイン池袋一帯をすっぽり覆っている。

街を闊歩する女性たちは、日傘を差し、アームカバーで指先から二の腕まで覆っていた。

男性は、膝を覗かせたショートパンツとサングラス率がすこぶる高い。ビーチサイドにも池袋にも、同じ装いで、同じ音楽を耳に埋め込んで男は出かけられる。気楽だよな。それに比べて、


「女の人は日焼けを防ぐの、大変そうだね」


窓の外をふたりで口開けて眺めながら、黙る姉に話しかけた。


「薄れるんだよね」


姉はストローを噛んだまま巻き舌気味で、愚痴るみたいにつぶやいた。

白金に嫁いで3年になる姉は、僕と二人きりだと途端に口調が不良っぽくなる。

赤い火を噴く巻き舌に、白いレースのワンピースは著しく浮いて見えた。

調和しがたい口調と装い。

でも、姉のしたいように話すさまは、なんかさ、悪くない。

いくつになっても姉と僕の時間の象徴みたいな、定点的な、それでこそ僕ら『キョーダイ』ってやつだよな、って思える。悪くない。

義兄の前でいつもお行儀よく話す姉より、巻き舌の姉の方が、僕は気が楽だ。


「なに? 記憶が?」

「ちげーし。ほら、男のショートパンツ」

「薄れる?ショートパンツ?」


子供用の掃除機みたいな音立てて、姉がフラペチーノを勢いよく吸蜜する。

カップを持たない片方の手で頬杖ついて、視線は信号待ちしている浅黒く日焼けしたショートパンツの男を見つめている。

マーケティングコンサルタントをしている義兄と、

視線の先の男は正反対、筋肉質で派手なタイプに見えた。

後ろ姿から見える男のふくらはぎは、カモシカどころじゃない、

破裂しそうに脈打つ小型爆弾を想像させた。


「希少価値がさ、薄れるっての。あんなに、膝上まで見せられちゃうとさ」


姉はたまに、オジサンのセクハラ発言みたいなことを口走る。

腰パンが流行ったころは、“あのままぐいっと下ろしたら私ケーサツに捕まっちゃうかな”、って笑っていた。そういえば、バニラフラペチーノを初めてふたりで飲んだ時、姉は当時の彼氏と別れた直後だった。


「はるか昔、ミニスカートが日本で初めて流行った時代にも、世の男性はそうつぶやいたかもね。つか、ねえちゃん何かあった?」


「ううん。ただ、」


「ただ?」


姉は窓の外に向けた視線を、手元の真っ白雲ドリンクに移した。儀式的にカップを手で傾け、緑色のストローをつまんでカタルシスチーノを体内へと取り込む。

一呼吸、吸蜜を終えると、

フウ、

姉の吐息は甘い香りがして、冷たかった。


「言うとスッキリするかなって」


どうやら浄化は済んだらしい。カップの中は殆んどカラだ。

意識しないとカップの内側にホイップクリームがこびりつくものなんだけど、

姉は適宜上手にストローで掻き混ぜて、盛られたクリームと土台のシェイクを統合させていた。

案外器用、実際的、リアリスト、思考派で工夫が上手なんだ。

僕は、汗をかいた自分のプラスチックカップを眺めた。


ストロベリーフラペチーノの赤と白が混ざり合い、ピンク色のグラデーションを作っていた。

外気温35度。

厚いガラス窓は、ぼんやり温まっている。

もう少し、姉と座って、外をぼんやり眺めようと思った。


(おしまい)

福岡は食事はなにがおいしんだろう。


夜、名物を食べに行くのが楽しみです。


ブースでアニバ乾杯予定です。


1冊目、10冊目、20冊目、35冊目、くらいで。

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