第7話
「おや、あれは…」
城の中の窓から外を見て、大軍師は呟く。
その横で寄り添う女、教会を束ねる大修道女は彼の顔を覗き込む。
「どうやら新しい女王は、家族を迎えられないようだ。」
大軍師、ルーク・S・スランダーはそっと剣を撫で、外へ歩き出す。
大修道女は、一瞬悲しそうな顔を彼の背中へ見せた後、笑った。
一枚の紙を握りしめて。
ーー城門前。
「はぁ…パロン、お前は姫様を連れて新しい女王の所へ行け。
ここはなんとかするから。」
ヴォルフは、ツバキを見ながら心底楽しそうに言った。
それに対して、ツバキも笑顔で応えた。
「なに言ってんだ!俺も残る!」
「私も残るわ!2人じゃ無理よ!」
「はは、ばーか。誰が2人なんて言った?」
「え、だって…」
ちょうどその時だった。
軍全体が夜営をしていて、虫の声が五月蠅く感じるほど静かな城内で土を蹴る音が3つ。
「あっ!!攻撃準備!」
槍を構え直した兵士たちは既に赤い血で染まった。
来てくれたのは、黒薔薇の姉弟と、大軍師だった。
「さあ、2人ともいまのうちに!早く!」
再び頼もしい同期が促して、姫とその護衛は城内へ走り出した。
「皆さん、ありがとうございます!!ごめんなさい」
姫は涙を流しながら、心の中でとある決意をした。
新女王である姉、ポーシャの元へ向かって居る途中で母の部屋の前へ出た。
「パロン君、寄ってもいい?」
扉を開けると、ベットから体を起こしている弱弱しい笑顔を見せわている母と話す青薔薇の騎士、イザベラの姿があった。
「母様!!」
リオンは叫んで母の元へ駆け寄った。
イザベラは止めなかった。ただ一言、よかったと安堵の息をだした。
だが。
「どちら様でしょうか。私と会った事はありますか?
すみませんが、思い出せなくて。お引き取り下さい。」
母は、愛おしい娘の事を覚えてはいなかった。
「そんな!?私です!貴方の娘のリオンです!母様!!」
「…?いえ、私にはポーシャという娘しかいませんよ。
イザベラ、この方たちを外へお願い。私はもう寝ます。」
「私を見てよ母様!!アオイナ母様!」
どんなに叫んでも、母の体には届かなかず、部屋の外へ出されてしまった。
「姫様。貴方のお母様から伝言がございます。
でもまずは、ご無事で何よりでした…。」
イザベラは少し微笑みを浮かべて話し出す。
「ええありがとう、イザベラ。
それより伝言って?母はなんで私のことが分からないの?」
娘はもはや本格的に泣いていた。
「はい。アオイナ様は魔法使いでございます。
今回の戦争において、あの方はご自分の能力を使いすぎてしまったのです。
その代償で、記憶を一部失ってしまわれました。
そして伝言というのは、あの方の故郷であるドラゴンの領地へ行って欲しいということでした。
これを私に伝えて下さった次の日、あの方は記憶を失いました…」
リオンは一回鼻をすすったあと、大きく頷いた。
走って、走って、ようやく姉の部屋に着いた。
「姉さま!」
読書をしていた姉はゆっくりと本を閉じて、少し残面そうに
「久しぶりね、死んだと思ってたわ。おかえり。」
と、微笑んだ。
「ポーシャ姉さま、どうして兵たちに私を捕まえさせての?
私、ここにいちゃダメ?」
妹は震えた手を必死に隠しながら聞いた。
「邪魔だからよ。黒髪なんて…
いくら愛すべき妹だからと言ったって、それがこの国で異の黒なら愛せないわ。
この鮮やかな国、帝国の次期指導者としてね。
私にとっては、汚い虫みたいな物ね。」
「そんな…虫、だなんて。」
傍で聞いていたパロンがショックを受けたように目を丸くした。
姉は淡々と続ける。
「まあとにかく。城の中から出ないのを条件に、今晩はいていいわよ。
でも、明日にはこの国を出て行きなさい。」
「…ありがとうございます。失礼します。」
妹は、それだけ言って部屋を出て行った。
「えっ、ちょ、姫様!」
それを追う騎士。
(もっとポーシャ様に反論してもいいのに…なんで事実上の追放宣言を受け入れたんだ)
ずっと、私に居場所なんてなかった。
カレンが来るまでは。
彼女が私の専属のメイドになってから暴力を受けたり、行動の制限を受ける事も無くなった。
私の為に尽くしてくれた彼女がもういない今、元の生活に戻るだけなら。
母が私に託してくれた事があるなら。
私はこの国を喜んで出よう。
ーー兵舎
「失礼するわよ、パロン君。」
「ひ、姫様…僕が参りますのに。
わざわざ足を運ばなくても…」
剣の手入れをと慌てて止め、膝をつく。
「あはは、いいのよそんなに固く無くて。話があるの。」
パロンは、なんとなく予想がついた。
「私、この世界を旅するわ。せっかく追放されたんですもの。
もっと広い世界が見たい。
もしろん最初は、母様の故郷に行くけれど。」
その顔は、もう姫ではなく好奇心大生の少女であった。
「だからねパロン君。いままでありがとう。」
「…え」
なんで
「パロン君は追放しなくていい立場なのよ。だから、
無理に私についてくる必要なんてないわ。」
本気でそう思っているなら、どうしてそんなに切なそうな顔をするんだよっ!
「姫様っ僕は」
ぎいぃ。扉が開いた。
「君は騎士というものを分かっていないな、姫。」
入って来たのは、大軍師と隊長だった。
「お、お二人がどうしてこんなところへ!」
「大軍師様、さっきは助けて頂いてありがとう。
騎士を分かっていないって、どういう事?」
大軍師に代わって、白い騎士は答える。
「騎士というのはな、一度仕えた主にどこまでもついて行くものだ。
そうだろパロン?」
「は、はい
僕は姫様が主です。」
「ふむ。そこでこれをあげよう。」
追放書
「あ、ありがとうございます!お二人とも!」
これで主についていけるんだ
隊長は続ける。
「息子からの伝言だ。
国のことは俺に任せろだと。全く…20年早いがな」
その息子、ヴォルフはもう健やかな寝息を立てていたとか。
「パロン君、本当にいいの?
あんな無理矢理追放書…」
2人が去ったあと、姫は不安そうに言った。
「ええ、むしろお二人には感謝してもしきれません。
ずっと一緒にいられるんですから!」
やっと安心したように姫は笑顔を見せた。
ーー翌朝
リオンは着替えも剣もなかった。
メイドたちが全て処分せていたのだ。
だがどういう事だ。
ドレッサーの上には、可愛らしいドレスが置いてあった。
上には一枚の紙きれ
『あげる。』
癖の強い文字を見て、リオンは泣いた。
パロンと2人で、侵入者として地下牢にいたツバキを解放し、三人は帝国を出た。
もちろん、見送りは誰もいない。城外には。
城内では二人と親交があった人はみな、彼女たちを見ていた。
それぞれの想いを抱えて。
「ふん、結構似合ってるじゃない。」
この旅が世界を変えるきっかけになるなんて、まだ誰も知るわけもなかった。
彼女でさえも。




