魔法使いと。
ある国にそれは美しいお妃様がおりました。
誰もが見惚れるほどの美貌を持つお妃様の隣には、平凡な王様がいます。
お妃様を手に入れたいと、魔法使いがあの手この手を作戦を変えて突撃をします。
けれどお妃様はそのすべてを上手にかわし、時には牽制をしながら反撃をして跳ね除けていきます。
なぜなら、お妃様は王様をこの上なく愛していたからです。
強い絆で結ばれている二人の間には入ることはできないと気づき、魔法使いはお妃様を諦めるかわりにその子供を望むことにしました。
王子でも姫でもどちらでもいい、お妃様にそっくりな子供が欲しくなったのです。
お妃様と王様に諦めたと思わせるため、魔法使いは二人の前に姿を現さなくなりました。
平和な、安心な日々を過ごすこと数年、ついにお妃様は一人の愛らしいお姫様を産みます。
お妃様にそっくりで、王様の瞳を持つお姫様。
ずっと機会を窺っていた魔法使いがついに姿を現します。
「ありがとう、お妃様。そのお姫様を奪いに来たよ」
満面の笑みを浮かべる魔法使いがお姫様に手を伸ばす瞬間、お妃様が我が子を守ります。
ずっとお妃様は考えていたのです、どうして魔法使いが姿を現さなくなったのか。
最初の数日は不安で、心配から眠れぬ日々が続いた。
次第にその日々が続き不安が消えるころ、ふとお妃様は気づきます。
魔法使いがお妃様という執着を捨てる気になった理由を。
もしかしたらという不安が生まれ、お妃様は怖くなりました。
きっと、から始まった心配はいつしか絶対に、という確信をもって。
だからお妃様は懐妊がわかってから出産後、きっと魔法使いは姿を現すであろう。
それが現実になった時のお妃様の気持ちなど、魔法使いには一生理解できぬであろう。
諦めたふりをして好機を探していた魔法使いは、お妃様にその行動を読まれていたことに不満を抱く。
生まれてすぐにお姫様はほかの魔法使いに祝福を貰っていた。
寸でのところでお姫様を守ることができたのも、その祝福が関係している。
けれど、それまでである。
いくらお妃様が守ろうと、魔法使いはどんなことをしてでもお姫様を浚いに来るであろう。
お妃様と違い、魔法使いのお姫様を見つめる瞳が異なることに気付いてしまった。
ただの執着という妄執でお妃様を狙っていたのではない。
それに気づいてしまうと、お妃様はなんであろうとお姫様を守ろうと躍起になる。
やり方が以前と異なりたちが悪くなっている。
困ったお妃様は、このまま城で暮らすよりも安全だろうと森へと逃がすことにしました。
もちろん、諸々の面倒ごとや暮らしに必要なそのすべてを整えてから。
まず魔法使いにわからぬように姿を変えさせて。
絶対にあなたは幸せにならなくては駄目。
そう言い聞かせて魔法使いから逃がしてあげたものの、不安は常に付きまとっていた。
この国随一と呼ばれるほどの実力を持つ魔法使いを思えば、完全に逃げ切ることなどできないのかもしれない。
けれど一縷の望みを捨てることもできなかった。
幼いころから魔法使いに狙われ続けたことから、お姫様はすっかり男の人が苦手になっていた。
お妃様は王様、ほかの魔法使いから守ってもらうばかりの生活は思いのほかお姫様の精神を傷つけ、自分の殻に閉じこもってしまうほど追い込まれた結果となっていた。
他者へ向ける優しさとは何であろう。
ずっとそう考え続けていたのは、魔法使いがお姫様に優しかったことが原因である。
さらに言えばお妃様は魔法使いを毛嫌いしていたものの、お姫様は魔法使いの存在を自分を求める人間、として認識してしまったことだろうか。
優しく声をかけられ、決して傷つけることのない魔法使いを見ていて気付いたのは、お妃様を大事にする姿。
自分とは違い軽口をたたきあう仲であることが、見つめるしかなかったお姫様の心に傷作っていた。
このまま逃げ続けた先で暮らしていく日々の中、お姫様は本当に魔法使いと切り離して自分が幸せになれるのか不安だった。
すべてのお膳立てがすみ、よりよい環境で暮らしていくお姫様だったが、日々が過ぎるうちに心の変化が訪れる。
魔法使いのせいで男の人が苦手になっていたお姫様だったが、それよりも大きな声や音のほうがダメであった。
なので豪快で粗野な男の住む率の高い田舎で暮らすには不便であった。
偽りの姿は王様に似て平凡で、事情を知らぬ若い男たちのからかいの対象となっていた。
物静かで口答えのしない、地味な娘。
けれど若い娘は田舎に住む男達には大事な存在で、かたくなに交流を立っているお姫様をなんとか構いたくてからかってしまうのです。
そのせいで気づけばお姫様は苦手意識を持っていただけのそれが、針が振り切れてしまったように男嫌いになっていた。
ある時、ついに感情が爆発をして叫んでしまった。
いつものように、男の人がお姫様を構いたくて声をかけた。
苦手から一歩引いて接する姿が庇護欲をそそり、つい大声で話してしまった。
びくりと体を震わせるお姫様に、男の人が笑う。
この田舎に住むに似合わぬ少女であると。
馬鹿にした響きを感じ、お姫様は初めて腹を立てた。
誰が好き好んで怯えたままで逃げてばかりでいると思うのか。
それもこれもすべて自分ではない誰かのせいである。
あの、魔法使いであると怒りが込み上げてきた。
「私だってこのような性格などになりません」
大きな声をあげたのは初めて出会った。
その声は聞こえてはダメなものへと届いてしまった。
高ぶった感情により、隠していたはずの魔法が解けて、魔法使いにお姫様の居場所を知られてしまったのだ。
魔法使いは隠されてしまったお姫様をずっと探していた。
けれど本当はいつか必ず見つけ出すことができると確信していた。
生まれる前、お妃様のおなかにいるときからずっと感じていた波動を、魔法使いは微弱であろうと感じ取れるように神経を常に研ぎ澄ませていたから。
その波動を間違えることはないから、魔法使いはお妃様の抵抗を甘んじて受け入れて探していたのだ。
もしも見つけることができたら、もう容赦はしない。
誰であろうと遠慮もせず、手を伸ばそう。
「見いつけた」
嬉しそうな声がお姫様の耳元で聞こえてきた瞬間、魔法使いに抱きしめられていた。
驚き、慌てて逃げ出すお姫様に、魔法使いは余裕な気持ちで離したものの、村の男の後ろに逃げてしまう。
何も知らぬ男は、先ほどとは違い本当の姿に戻ったお姫様に驚きつつも、頼られた喜びから守ろうと気持ちが昂ります。
しかし、当然ながら男に魔法使いが敵うわけもなく、あっさりとお姫様は奪い返されてしまった。
抱きしめてくる腕の力は強く、お姫様は今度は逃げ出すことはできそうにない。
「もう逃がさないよ、お姫様。君に鈴をつけたから、姿を変えようとも僕にはどこにいても見つけることができる。もしも逃げ出そうとしても、魂そのものに鈴をつけたから、僕からは二度と逃げることはできない」
残酷な言葉がお姫様の耳から入り込んでくる。
まるで毒のように苦く、甘い。
呪詛のような言葉のはずが、お姫様の耳に通れば違う言葉に変換していく。
けれど、それを認めるわけにはいかない。
「いい加減にしてください。あなたがお好きなのはお妃様のはずです。いくらお妃様に似ているとはいえ、私に執着なされるのはおかしいです」
その言葉に、魔法使いが首をかしげる。
お姫様が苛立ったように睨んでもどこ吹く風、飄々と見つめてくるだけだ。
「君が何を思ってその言葉を紡ぐのかはわからない。でもね、僕にはもうお妃様は必要ないよ。だって、君を見つけたから」
「私はお妃様とは違います。あんなにもお妃様を望んだはずのあなたが今さら、私などを求めるはずがありません」
完璧なお妃様と、村の誰もが話しているのを聞いていたお姫様は殻に閉じこもり、何もできない自分と比較して卑屈になっていた。
きっと魔法使いがお姫様を望むのは、お妃様の代わりを求めているからだと。
答えにたどり着いてしまえばそんな悲しいことはない、道を正してあげなくてはならない。
けれど魔法使いはさらりと口にする、お姫様の望む言葉を。
「本当に君はかわいいね。でもね、これだけはしっかりと理解してもらわないと困るよ。僕はお妃様よりも君のほうがいいから決めたんだ、君が認めたくなくて現実逃避をしてそう口にしたとしても、残念だけど諦めてもらおう」
そう言って言葉を切り、じっとお姫様を見つめる。
その瞳から真摯な気持ちが伝わってきて、魔法使いの視線を外せない。
「僕は君を求めている。だから、お妃さまより君を選ぶよ。あの憎き王様と同じ茶色の髪さえも、僕はもう君を彩るものだと思えば嫌いにもなれない。愛しいという言葉以外思い浮かばないほどに僕は君のことが好きなんだよ、お姫様」
「嘘よ。あなたはお妃様だけを望むはずだわ。私のことはいずれ手放したくなる。だったら、もう私のことなど放置しておいて、構わないで捨て置いて」
魔法使いの言葉が真実であればいいのにと思えば思うほどに、それは毒となりお姫様の心を甘く溶かす。
嬉しいと感じて言葉にして魔法使いと手を取り合って、それからどうしたらいいのだろう。
お妃様を手にするための作戦だったと告げられて、もしも簡単に捨てられてしまったらどうしよう。
その言葉に偽りがあり、嘘だとわかれば、もうお姫様は立ち直ることなどできない。
「君の望む言葉を僕は口にしてあげるよ。絶対にお姫様を逃がしはしない。この腕の中で捕まえて、二度と離すことはないだろう」
本当に?
どろどろに愛して、離さないでくれる?
いつかお妃様に現を抜かすことはないのだろうかと疑心暗鬼にとらわれる。
絶対にお姫様は魔法使いの言葉を信じることができない。
魔法使いがお妃様を追いかけまわしていた日々が消えない限り。
気安く声を掛け合える仲を見せつけられる限りは。
これが、お姫様の受難の日々の始まり。
だってお姫様は魔法使いの言葉を信じることができないから。
幼いころに聞かされてきたお妃様と魔法使いの話が、お姫様の寝物語だったから。
認めてしまえば、きっとお姫様は捨てられてしまう。
お妃様を手に入れることができなかった魔法使いの、報復だから。
その事実が、お姫様には何よりも辛かった。
求められるのが魔法使いであればよかったのにと思うほどに。
「このロリコン魔法使い、今すぐ私の娘から手を放しなさい」
ほかの魔法使いからこの現状を知ったお妃様が城から瞬間移動をし、現れた。
抱きしめられたまま動かないお姫様を心配し助け出そうとするが、魔法使いが手放すことはない。
大事に抱きしめたまま、愛おしい表情をしてお妃様を睨む。
かつてお妃様を好きだと勘違いしていた日々を思い出す。
何百年と生きてきた魔法使いは、お妃様をやっと見つけたと思っていた。
けれど違っていた。
唯一だといえる存在はお妃様ではなく、お姫様だったのだ。
「誰に何を言われようと、この大切なお姫様は僕だけのものにするよ」
絶対に渡さない。
何を引き換えにしても手に入れたい存在。
だからお願いだよ、ずっとそばにいてほしい。
僕の言葉を信じてほしい。
魔法使いは懇願するように、腕の中に閉じ込めたお姫様を見つめる。
けれどお姫様は魔法使いが望む眼差しを向けてくれない。
疑惑の眼差しをして今にも逃げ出しそうな表情をしている。
そんなお姫様を魔法使いは手放すことができなくて、じっと抱きしめたまま動かない。
そろそろお妃様が手を伸ばしてきそうだなと思いつくと、一番いい笑顔を作った。
「信じてもらえないのはとても悲しいけれど、今までの僕の行いから見れば致し方ないのかもしれない。甘んじてその現況を受け入れるとしよう。でもね、もう君を捕まえたからこのまま浚うよ。そしてこの腕の中で君に愛を囁こう。信じて受け入れてくれるまで」
もちろんお姫様もお妃様もそれを了承するはずもなく。
救い出そうとするお妃様の手を難なく逃れた魔法使いは、お姫様を腕に抱いたまま姿をくらませた。
叫び声をあげる間もなく、お姫様は魔法使いに拐かされてしまった。
助け出すことができなかったお妃様の悲痛の叫びは、あたりを響かせていた。
昔々あるところに、孤独な心を持った少年がいました。
彼はその容姿から両親に疎まれ、愛情を貰うことがありませんでした。
村でも異質な存在となり友達もできず、寝食に困ることはなかったものの常に一人で孤独と戦っていました。
生涯愛情を知ることもなく、寂しく一人で死ぬことになると信じて疑っていなかった。
ところがある日、とある男が村に訪れると、誰にも言わず少年を浚っていきました。
彼に魔法の才能があることが分かったからです。
誰にも挨拶することなく故郷を連れ出されてしまった少年は、ますます心に孤独な暗い気持ちを抱えていきます。
けれど連れ去った男は少年を大切に守り、慈しみ、一人前の魔法使いになれるようにと育てました。
村では異質な容姿だといわれ続けていたものの、広い城下町では少年の色は珍しくもなく、むしろ顔立ちは端麗であった。
好きだと言ってくれる彼女もできたものの、空虚な気持ちは埋まらずすぐに別れてしまう。
愛情を求めているのに、それを返してくれる女性はおらず、またそれを望む相手もいないことを少しずつ知っていく。
誰でもいいのではないのだと。
一人前の魔法使いとして世に名を馳せるようになった彼は、長い年月をかけてとある女性を見つけます。
一目で彼女を気に入り、今まで知り合ったどの女性よりも美しく、胸の鼓動は本物だと疑わず、運命の相手だと決めました。
追いかけていく日々の中で、少しずつ彼女が自分の追い求める誰かではないと気づきますが、今さら後には引けず、彼女を見かけると体が動いてしまいます。
本気で追いかけていないことを彼女も感づき、お互いに惰性のように執着を続けていた。
そんな日々が崩れる日が訪れる、彼女はとある男を愛し、愛されてから結婚したのだ。
なのに二人の関係はその後も続いた。
もうやめよう、二人の邪魔をするのは迷惑になるからダメだと言い聞かせていたものの、彼に本気で相手をしてくれるのは彼女しかいなかったので簡単に諦めることができなかった。
だから。
彼女が生んだあの赤ちゃんを見た時の衝撃は、一生忘れることはできないだろう。
ああ、生まれたばかりの赤ちゃんこそが探し求めていた運命の相手だと。
彼女の容姿に惹かれたのではない、運命の相手に似ていると感じていたから簡単に終わらせることができず続けていたのだ。
その時に彼は決意します。
間違えていたことを謝り、必ず赤ちゃんを手に入れると。
けれど当然のことながら、彼女が彼を許すはずがありません。
我が子を守るのは母の役目だと言わんばかりに、彼女は彼を認めようとしません。
けれど本音は違っていた。
いつかきっと、彼女は彼を認める日が来るのだろう。
だって彼が諦めるという選択肢を選ぶはずがないと知っているから。
彼が彼女を諦めたのは、それは運命の相手ではなかったことを知ってしまったから。
初めて真摯な対応をして謝った彼を見て、それを悟ってしまった。
運命の相手だと知った彼は自分の非を認めるほど強くなったのだから。
彼は稀代の魔法使いとして世に名前を残す。
数多くの人々の救いの言葉に耳を貸し、助けを厭わなかった彼を英雄として称える国もあった。
そんな彼の隣には必ず、最愛の女性が仲睦まじく寄り添っていたらしい。
遠い昔の、お話し。
おわり。