奏
「えーと、今日は合唱コンクールについての―――」
あれから1週間ぐらいたっただろうか。ついに、このクラス最初の行事である合唱コンクールへ向けたクラス活動が始まる。正直、すごくいらない。クラスなんてどうでもいいし、皆が思っている以上にうちのこれはつまらない。加えて、天からのお恵みである一番後ろの席にいる俺は、回避する選択肢以外はない。さて、今日もぐっすりおやすみタイm―――
「俺、京坂伴奏がいいと思います!!」
「はぁ!?」
浜中がいきなり挙手、そして突然の指名。俺が思わず立ち上がって叫ぶ気持ちを少しは理解してもらえるだろうか…。そんなことしてしまった俺は、一斉に視線を浴びる。もちろん、悪い意味で。
「で、でも確か京坂ってピアノやってたりとか…。」
「聞いたことあるかも……コンクール入賞だったりするんでしょ…?」
「地味だと思ってたけど……思った以上にすごいらしいな…。」
「でも、それでもほかにもっとすごいのとかいないの?」
「このクラスで弾ける話聞いたの、あいつだけだぜ。」
ざわつき始めるクラスから、嫌な流れが生まれている……。何故広まったのか……。
前にも言ったかもしれないが、俺は小さいころピアノをやってたことがあった。小学6年の時、中学はいるのをきっかけにやめてしまったが。それでも、確かに最近になってまたちょくちょく嗜む程度に弾いたりしていたから、弾けないわけじゃない。
だけどな………やる気ない俺がどうしてやらねばならんのか……。もっといるだろ…女子とかさぁ……ていうか、浜中も一緒にやってたじゃねえか!!あいつ何隠してんの!?……同時期、同じように浜中もやっていたのを思い出し、心の中で全力のツッコミを入れる。
「静かに!……では、伴奏は京坂君で。」
「ちょ、ちょっと待ってください!弾くことができるなら浜中だって――」
「は?俺弾けねえし。」
ニヤニヤしながら言い放つその言葉に恨みを覚えた。………この前熱出させた時のやり返しか何かかよ……畜生。
「とりあえず、京坂君にお願いします。いいですね?」
「え、えぇ!?」
担任の有無を言わさぬ迫力とその台詞で、呆然と立ち尽くす俺に拍手が起こった。
………これほど嬉しくなく喜ばしくない拍手をもらったのは、初めてかもしれない。
*
「で、まぁ、そういうわけだ。」
「ふむふむなるほど……ではしっかり手元を―――」
「やめい!」
「ふべっ!?ちょ、何するんですか先輩!」
何故今日という日に限ってこいつに会うのか。先週までの図書室の整理期間は分かる。あいつが勝手に仕事を2人でするように仕向けたからな!……でも、何故それが終わった今日という日でも門で待ち伏せされなければいけないのか。……あ、それは俺の手が好きだからか。って、いやそういうことじゃねえよ!俺が言いたいのは、「何故伴奏者になった日なんだ!」ってことだよ畜生!学校行事関連が決まった日とか、その話題になるのは分かった話だろうが!
「お前が記録係になった時に薄々そんな予感はしていたが……。
たまにはそんな悪い期待を裏切れよ!」
「無理です!」
「決め顔すんじゃねえ!」
俺たち図書委員会は、合唱コンクールと文化祭の記録及びその記録を図書室へ納める役割を持っている。……図書室整理をたった2人でしてくれたから何か希望があれば聞くけど、とか言った委員会顧問が問題なんだよ……こいつも記録全部するとか言い出すし……はぁ…。
「いやでも、先輩やっぱり弾けるんですね……。
この指ならそうとは思ってましたが、うらやましいです。」
「最近たまたま嗜んでいただけだ。」
「なるほど……。私も伴奏者になればよかった…。」
「何故?」
「だって、先輩の前のクラスがちょうど私のクラスなんです。
そうなれば、隣で楽譜めくるついでに指が―――ふべしっ!
いたぁい…。」
「やっぱりよからぬことを考えておったかこやつめ…。」
「うぅ……。」
……何がともあれ、伴奏者になってこいつが記録……となるとかっこ悪いところは見せられないなと思った。
珍しく、やる気になってみるか………合唱コンクール。