積極的
「えっ?ちょ、先輩!?」
「なんだ、そんな驚いた顔して。昨日されたのをし返しただけじゃねえか。」
朝。俺は予定通り集合場所に行って、そして、俺から手を握った。……緊張する。こいつ、こんなことを平然としてたのか……と思うとちょっと怖い。
「え、でも、え?」
「え?じゃねえよ馬鹿。………いいだろ別に俺からやったって。」
ちょっとかっこつけたセリフを言ってみる。……馬鹿馬鹿しい。言った後すぐ後悔したわ。……俺には合わねえな、うん。
「…………でも…。」
「でも?」
ちょっと期待する。こういう時はなんらかのいい言葉を期待してしまうのだ。……まぁ、一昨日屋上で裏切られたわけだが。
「先輩からは……気持ち悪いです。」
「え!?そこスパッと言う!?ちょっとは俺の気持ち考えて!?」
やはり、というべきか俺の声がそこら中に響き渡る。ていうか、マジで刺さるんですけど!?予想通り裏切られたんですけど!?そこまでキッパリ言わなくてもいいじゃん!?もはや手をつないでる意味が分かんねえよ!?……あ、それはこいつが俺の手を好きだからか。って、いやそういうことじゃねえよ!俺が言いたいのは…!……俺が……言いたい……のは………。
「恥ずかしくて言えねえ…。」
「え?何か言いました?」
「……いや、何も。」
やっぱり、言えるわけねえっつの……!
*
そんなこんなで登校を乗り越えた俺は、いつものように授業を受ける。……やはり一番後ろは素晴らしい。俺が、「教師」という魔王から放たれる「現実」という名の暴力を、華麗に回避できているのも、きっとこの席の賜物であろう。
…………白木のやつ、あんなキッパリ言わなくてもいいじゃねえか。
俺は内心、へこんでいた。まぁ、それぐらいダメージがデカいってことだ。自分の好意を気づいてもらえないのがここまで辛いとは思ってもなかった。………って言ってもまだ3日目だけどな!…………はぁ。昨日はあんなに……だったのによ。ちょっとシリアスな雰囲気の中、俺から手をつないで帰ったのによ。……俺の勇気返してくれマジで…。
「では、この時の主人公の勇気を具体的に説明しなさい。
………じゃあ、京坂。答えは?」
「報われない努力だなぁ…くそ…。」
「……正解…だが、今度からはちゃんとした説明文で頼むぞ。」
「え?え?」
俺が独り言を呟くと、何故かクラス中に苦笑いが起こる。
何が起こったのかよくわからなかったが後から聞いた話によると、国語の教師の質問の答えが俺の独り言で正解だったらしく、妙に深刻そうな顔をしていた俺が若干話題になったらしい。………奇跡も起こるもんだなと思った。
*
まぁそんな奇跡もあったが、それ以外には特に何もなく放課後を迎えた。昨日と同じように図書室に向かう。
「うっす、こんちゃ。」
「あ、先輩。こんにちは。」
やはり先に来ていたようだ。仕事が早い。
「さて、始めるか。」
俺は司書室に荷物を入れて、作業に取り掛かろうと本棚へ向かった。だが。
「今日は、お休みにしません?」
仕事熱心な白木から、意外な言葉が発せられた。
*
「先輩、これ読んでみません?」
「ん?日本人から見たロシア?また奇妙なの持ってきたな。」
お休みにする、と言い出した白木の目的は読書だったらしい。読みたい本があったようだ。………だが、日本人から見たロシア……って、なぁ。
「へぇ、最低気温-72度か。もはやどれぐらい寒いとかわかんなさそうだな。」
「あ、こんな建物かっこいいですよね…!いいなぁ…外国。」
「まぁ日本の建物はビルか屋敷だからな。」
「なんて大雑把なんですか…。」
えっ、と思うような本のタイトルだったが、2人で読むと意外に面白かった。図鑑形式だったのもあって、俺はちょっと懐かしさも感じていたが。
「そーいや、ロシア人の名前って特徴的ですよね。」
「ああ、確かに。『チョフ』とか『スキー』とかつけてればいいんだからな。」
最後の方のページになると、ロシアの有名な歴史人とかが出始めた。やっぱり、「チョフ」とか「スキー」とかがやたら多い。
「じゃあ先輩は……優チョフ。」
「奈緒スキー……。」
「なんですかねこの違和感。」
「………い、いや、別にそういうわけじゃねえからな!?」
「え、はい?何言ってるんですか先輩。」
自分たちの名前を当てて、俺は一気に顔が真っ赤になるほど恥ずかしく感じた。気づいた方もいるであろうが、そこは察してほしい。俺は何を言ってるんだろうか……。
しかしこのロシアの本で終わるはずもなく、まだまだ今日という読書の日は続くのであった。