うれしはずかし。
――――2月14日。
そう。あれは2月14日、去年の出来事。
世の男も女も、イケメン君もそうでなくても、彼女がいてもいなくても、なんだかソワソワしてしまう、その名もバレンタインデー。
俺のクラスの女子はというと、少しぽっちゃり狭山さんと、天然系の加藤さん、シューイチに次いで成績学年トップクラスの天満さんの3人だ。
クラス32人中、女子はたったの3人というムサ苦しい事態になっているのは、この学校がもともとは男子校だったからだ。
そんなわけで、クラス中のヤローたちが何となく落ち着かない中、シューイチは相変わらず涼しい顔で小説を読んでいた。
「シューイチ、何読んでんのー?」
覗いてみれば『シャーロックホームズの緋色の研究』だ。
「それまた読んでんの? ほんとホームズ好きだね」
シューイチは本から顔を上げると、じっと俺を見た。
「え? なに?」
「いや、べつに」
「気になるじゃん」
少しの沈黙の後、うるさそうに顔をしかめてシューイチは言った。
「俺が好きなのはジョン・H・ワトスンだよ」
「あーはいはいそうでした。ワトスン君ね」
「ホームズにとってワトスンの存在は必要不可欠なんだ。彼がいなければホームズは……」
シューイチが話の途中で口をつぐんだのは、狭山、加藤、天満が揃って俺たちの横に立ったからだ。
「シューイチ君たちにもこれ」
そう言ってにこやかに差し出されたのは、お徳用ファミリーパックのチョコレート一握りだった。
「あ、どうも……」
「どういたしましてー。 あ、お返しとかいいからね」
その言葉を真に受けてはいけないことを本能で察知した。
「はい、これは高瀬君の」
「えー、これってお徳用のチョコじゃーん!」
察知できない高瀬が後ろでブーたれていた。
来年彼は義理チョコすらゲットできずに泣くことだろう。
俺は机の上に散らばったチョコレートを一つ自分の口に入れようとしたところで、シューイチに手首を掴まれた。
そしてそのまま、俺の指ごとチョコを咥えた。
一瞬、シューイチの唇が指に触れてドキリとする。
「ごちそーさん」
ペロッと舌で唇を舐めた後、相変わらず涼しい顔で再び読書を始めた。