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それぞれの夢のかたち。

『卒業式終わったら店に来てほしい。見せたいものがあるんだ』


 俺はこの日シューイチが働くレストラン『Tetto rosso』でコーヒーを飲んでいた。

 時々向こうのテーブルの女性客がチラチラとこちらを見る。

 制服姿の男子高校生が一人カウンターでコーヒーを飲んでいる姿は目立つのだろう。


「脩一君、そろそろあがっていいよ」


「はい。お先に失礼します」


 ランチタイムを過ぎて店内が落ち着いてきた頃、赤塚さんがシューイチに声をかけた。

 三杯目のコーヒーを飲んでいた俺にシューイチが笑いかけてくる。


「悪い待たせた」


「そんなのいいよ。おつかれ」


「今コート取ってくるから待ってて」


「じゃ、先に出てる」


「ああ」


 赤塚さんにお礼を言って店の外に出ると、間もなくしてシューイチが出てきた。


「湊、今日卒業式だったんだろ? おめでとう」


「ありがとう」


「春からは大学生だな」


「ああ」


 この春、俺は大学に進学する。

『俺、教師になりたいんだ』そう言ったとき家族の誰一人として本気にしなかったが、シューイチだけは『湊ならいい先生になりそうだな』と言った。

 そして俺は試験に見事合格した。

 自分でもちょっと驚いた。


「これ、卒業祝い」


 そう言ってシューイチは俺の目の前に小さな箱を差し出した。


「え?!」


 箱を開けて中を覗くとフルーツがたっぷりと載ったタルトが一切れ入っていた。


「赤塚さんに教えてもらって俺が作った」


「シューイチが?!」


「俺さ、Tetto rosso でキッチンに立たせてもらえることになったんだ。今までもウエイターの仕事の合間に簡単なの教えてもらってたんだけど、案外楽しくてさ。本格的にやってみようと思う」


「オマエ器用だもんな。ほんとありがとう。スッゲー嬉しい。あ、見せたいものってこれか」


「ああ、それもあるけど」


「?……」


「湊、この後ひま?」


「別になにもないけど?」


「お前に見てもらいたい所があるんだ」


「見てもらいたい所?」


「俺の家」


「いえって……、施設(いえ)?」


 シューイチは首を振った。


「俺さ、独り暮ししようと思ってるんだ」


「え?!」


「赤塚さんの紹介で店の近くにアパートを借りたんだ。まだ契約したばかりだから何もないけど」


 すぐそこだから――――。そう言って歩き出すシューイチの背中を何だか複雑な気持ちで見つめたまま俺も後に続いた。





「ここだよ」


 歩き始めて15分程、古びたアパートの前でシューイチは立ち止まった。


「二階の206号室」


 シューイチがドアを開て俺を振り返った。


「どうぞ」


 まだ何もないワンルームの部屋の中はがらんとしていて少し肌寒い。

 靴を脱いでフローリングに足をのせたとたんにヒヤリと靴下を通して冷たさが伝わってくる。


「店から近いし、施設(いえ)にもバス一本で行ける。家賃も安い。まだ何もないけど暫くは店と清野さんの手伝いで、ここには寝る為だけに帰ることになる」


「だったら、だったら今まで通り施設(いえ)から通えばいいじゃないか。何で独り暮しなんだよ。まだ記憶だってちゃんと戻ってないのに。もし何かあったら」


 誰もいないこんな寒々としたところに一人で帰ってくるシューイチの姿を想像したくなかった。


「決めてたんだ」


「決めてたって……」


「記憶をなくす前の俺が決めてた事なんだ。高校を卒業したらあそこを出るって。その為に準備もしてた」


「でも今は状況が……」


「まあ、高校は中退したけど大体は計画通りにいってると思う」


「計画ってなんだよ。せめてもう少し……」


「俺さ、母親のことで過去の自分に同情するのはもう止めたいんだ。これからは、俺が決めた道を俺の意志で歩いていきたい」


「シューイチ……」


 そこで俺は高瀬から預かってきた手作りの卒業証書と、寄せ書きを鞄から取り出した。

 実をいうと渡そうかどうか迷っていた。


「これ、クラスのみんなから」


「卒業証書……」


「こっちは寄せ書き。見たら笑うぜ、みんな勝手なこと書いてるわ。ほら、これなんか」


 そう言って指差したところをシューイチが覗き込む。



『あなたが戻ってこないせいで、クラスの平均点が10点以上も下がったわ。それに、ライバルがいないと勉強も楽しくないって初めて知った。後にも先にも私がライバルと認めたのは貴方だけ。――天満(てんま)



「あいつテストの度にお前にライバル心燃やしてたもんなー。だからって寄せ書きにまで書くとは。ブレないわ、ホント」


「……天満……」


「髪が長くて、背が高い……」


「…………」


「……シューイチ、もし辛いなら」


 そう言った俺にシューイチは穏やかな笑みを返した。


「ありがとう。マジで嬉しい。俺ってちゃんと高校生やってたんだな」


 何か安心した――――、とシューイチは言った。


「時々不安になるんだ。記憶を無くす前の俺って普通に生きれてたのかなって。辛い記憶も楽しい記憶も全部ひっくるめて俺のはずなのに、思い出すのが怖くなる時がある」


「シューイチ……」


「でも……、俺の世界に湊がいてくれてよかった。俺の傍にいたのが湊で本当によかった」


「俺は何もしてないよ」


 シューイチが静かに首を振る。


「お前がいなかったら俺はとっくに壊れてた……」


 部屋の中はいつのまにか薄暗く、俺とシューイチの影が細長く壁に伸びていた。

 冷たいフローリングの上に立っていたせいでひどく寒い。

 シューイチの両手が俺のかじかんだ手を包み込んだ。


「湊へのこの気持ちは今の俺のものなのかな? それとも……」


 シューイチが徐々に近づいてきて俺は壁に追い詰められた。

 壁に背中が当たったと思った瞬間、唐突に唇を塞がれた。

 触れたところからシューイチの体温がじかに伝わってきて、俺は思わず震えた――――。

















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