仰げば尊し。
あれから一年の月日が経った――――。
『第43回 ○○高等学校卒業証書授与式』
俺は体育館の壇上に貼られたそれを見つめたまま、三年前の入学式、新入生代表として挨拶をしたシューイチの姿を思い出していた。
「シューイチ……」
俺達は今日、○高を卒業する。
「あれ? 湊、お前このあとシューイチのとこ行くんだろ?」
卒業式後の教室。
同級生や恩師との別れを惜しんでいつまでも帰りづらい雰囲気の中、高瀬が話しかけてきた。
「ああ、行くよ」
「んじゃ、これ」
そう言って差し出したのは派手な装飾が施された手作りの卒業証書と寄せ書きだった。
「こ……れ……」
「クラスみんなで作った。ほら、そこの空いてるとこにお前のメッセージ書いて、シューイチに渡してくれよ」
照れたように頭をかく高瀬の後ろで、クラスのみんなが笑っている。
「みんな……」
「湊が泣いてどーすんだよ」
「シューイチに宜しくな」
「今度遊びに行くって言っといて」
そう口々に言いながら俺を真ん中に自然と円陣を組む形になる。
高瀬が、それじゃあ――、と言って大きく息を吸い込んだ。
高瀬の大声が教室中に響く。
「クラス32人、本日をもって解散! さよなら、そしてありがとうございました!!!」
俺はシューイチのいる『Tetto rosso』に急いだ。
あの事故後、暫くしてシューイチは高校を退学した。
今は清野さんを手伝って施設の管理や、洋食レストランでウエイターのバイトも始めた。
記憶は断片的にだが、何かの拍子にフラッシュバックするようで、そんなときは決まって苦しそうに頭を抱える。
俺はいつもただ黙ってその手を握りしめることしか出来ない。
赤い屋根にクリーム色の壁、ドアの前には『洋食レストラン Tetto rosso』と店の名前が書かれた手作り風の看板が見えてきた。
ドアを押して中に入ると、チリンチリンとベルが鳴り、
「いらっしゃいませ」
いつも通りシューイチの声が迎えてくれる。
店の中はまだランチタイムということもあってどの席も埋まっている。
『そこ座って待ってて』
シューイチは入り口から近いカウンター席を指差して唇の動きだけでそう言った。
「お、湊君いらっしゃい」
「赤塚さん、こんにちは」
レストランのオーナーの赤塚さんとは、すっかり顔馴染みになってしまった。
三十代半ばのいわゆる超絶イケメンというやつだ。
しかしその外見から想像出来ない三枚目な気取らない性格が功を奏してかどうかどうかは知らないが、ここに来る大半は女性客らしい。
「脩一君、コーヒーちょうだい」
「脩一君こっちもねー」
「脩一くーん」
どうやら理由はそれだけじゃなさそうだ。
主婦仲間と思われるグループに笑顔で応えているその姿を見ていたら、仕事だと解ってはいてもなんだかすごくモヤモヤしてきた。
「湊君、そんな心配しないで」
赤塚さんが側に来てそう耳打ちした。
「俺がちゃーんと見張ってるから。誰も君の脩一君にチョッカイ出さないようにね」
「い、いえ、そんなつもりじゃ!」
赤塚さんはイタズラっぽく口元に笑みを浮かべると、俺の肩を叩いて言った。
「いいから、いいから」
俺は真っ赤になって、赤塚さんが淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。