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その瞳にうつすものは。



 3日後、シューイチが一般病棟に移ったという知らせを担任から聞いた俺は、その後の授業をボイコットして病院へと向かっていた。


「授業サボって会いに行ったのバレたらシューイチ怒るだろうな」


 それでもいい。それでもいいから元気な顔が早く見たい――――。

 俺は逸る気持ちをどうにか抑えて、シューイチが入院している病院までの道のりをバスに乗り継いだ。





 『飯田脩一』と書かれた名札が付いた個室のドアの前、ノックしようと右手を上げた瞬間ちょうど花瓶を手に戻ってきた清野さんに呼び止められたのはつい先程の事だ。

 脩一君に会う前にちょっとだけいいかしら――――。

 俺たちは病院のロビーの椅子に並んで座っていた。


「ぎゃくこう…………?」


逆行性健忘ぎゃくこうせいけんぼう、いわゆる記憶喪失っていうのかしらね」


 清野さんの落ち着いた声が告げたその病名の意味を理解するまでに少しの時間が必要だった。

 『記憶喪失』という言葉は聞いたことがある。

 ここはどこ、私はだれ? っていうあれだろう?

 まさかシューイチが?

 俺は信じられない思いで清野さんの顔を見つめた。


「全部ですか? 何もかも全部覚えていないんですか? 自分が誰かも、……俺の事も?」


 清野さんは目を伏せて下唇をかんだ。


「そうね。たぶんあなたのことも……。でもね、担当の先生の話では一過性のものだろうって。時間はかかってもいつか必ず思い出すって」


「いつか……」


 あの日、駅で別れた時のシューイチの顔が頭に浮かんだ。

 列車が来ても改札の前で立ったままこちらを見つめていたその姿が、どうしようもなく胸を締め付ける。

 俺は真っ白なリノリウムの床に映る自分の影を見つめたまま無意識に拳を握りしめていた。


「脩一君、お母さんの記憶もないの。いつかすべて思い出す時またそのことで苦しむかもしれない。せっかく治りかけていた傷なのに。だからお願い……」


 清野さんの温かな手が俺の拳に置かれた。


「だからお願い。その時はあなたが脩一君のそばにいてあげて」


「俺……が?」


「そう、あなたが。脩一君、あなたと出会ってから随分変わったわ。無口なのは昔からだけど、それでもあなたの事はよく話してくれてた」


 そう言いながら何かを思い出すように清野さんはクスリと微笑んだあと俺の肩を叩いた。


「さあ、脩一君の所へ行ってあげて! 私はナースステーションに寄ってから行くから」





 俺はシューイチのいる病室の前で軽く深呼吸をした。

 コンコン――――。

 ノックをするが中から返事はない。

 俺は静かに病室のドアを開けて中に入った。


「シューイチ?」


 窓からの明かりを受けて、白いカーテンに影が映っている。


「眠ってるのか?」


 俺はカーテンを回り込んでベッドに近づいた。


 そこには、少し青ざめた顔で瞼を閉じるシューイチがいた。

 頭と腕に包帯を巻き、点滴を繋がれたその姿が痛々しい。


「シューイチ」


 小さく声を掛けると、薄く開いた唇が僅かに動いた。

 布団の上に力なく置かれた手に自分の手を重ねると、微かに指が動いてやんわりと握り返してくる。


「俺はここにいるよ。お前のそばに」


 シューイチの冷たい頬をそっと指で撫でた。

 俺はそれでもなお眠ったままのシューイチの上に屈みこんで、乾いた唇にキスをした。


「ん……」


 シューイチが微睡(まどろみ)の中から目覚めて俺を見る。

 その瞳が何だかとても綺麗で、無垢なもののように思えて、守りたい――。とそう強く思った。


「アンタ……、誰?……」


 シューイチが(かす)れた声でそう尋ねた。

 そして俺は、その瞳を見つめ返して言う。




茅島(かやしま)(みなと)だよ。君の……親友、かな。まだ今のところは」


 カヤシマ ミナト…………?

 そう呟いたシューイチがゆっくりと瞬きした。









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