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約束。(シューイチ目線)

今回はシューイチ目線でのお話になります。7話目の「うれしはずかし。」の後半と繋がっておりますので、読んでいない方はそちらもどうぞ。


「エエッ!! 脩一(しゅういち)君って遊園地行ったことないの?」


「うん」


「じゃあ、水族館は?」


「ないよ」


「動物園も?」


「でもお母さんが図鑑とか買ってくれるから」


「遊園地の図鑑はないだろ?」


「そうだけど……」


「俺さ、今度連れてってやるよ!」


「でもお母さんが……」


「大丈夫だって、俺から頼んでやるから」


「本当? 約束してくれる?」


「ああ約束な」



――――――これはたしか、俺が10歳頃の記憶。


あの時の家庭教師、名前は何と言ったか今ではもう記憶に無い。

それまで通いで来ていた中年の家庭教師が急に来られなくなって、その代行で来たのが当時大学生の彼だった。

彼はいつも陽気で、本を読んだだけでは理解できない様々な事を身振り手振りで俺に教えてくれた。

俺はそんな彼を兄のように慕っていた。

実際彼が家に来るようになってから、俺は自分でも驚くくらいよく話をしたし、いつも以上に勉強もした。

それが苦ではなかったのだ。

だからこそあの時、彼と交わした約束は当然現実になるのだと信じて疑わなかった。


「お母さん、先生はどうして来ないの?」


「ああ、あの先生はもう来ないの」


「どうして? 僕先生と約束したんだよ」


「約束?」


「遊園地に連れて行ってくれるって」


「遊園地? (しゅう)ちゃん、ママいつも言ってるわよね? 外の空気は汚れているの。脩ちゃんは病気なんだから、お家から出ることは出来ないのよ」


「僕、病気なんかじゃないよ。ほらこんなに元気だよ」


「どうしてっ、どうしてそんなにママを困らせるの? ママが一人ぼっちになってもいいの? 脩ちゃんまでいなくなったらママはどうすればいいの?」


「ママごめんなさい。もう外に出たいなんて言わないよ。ママを一人にしないよ。だからもう泣かないで」




その数日後、俺はキッチンのゴミ箱の中にビリビリに破かれた茶封筒が捨てられていることに気が付いた。

『脩一君へ』と書かれたその中には遊園地のチケットの残骸が入っていた。


たぶんあの先生は本気で俺との約束を守ろうとしたに違いない。

俺にはもうそれだけで十分だった。

あの時、ゴミ箱からこっそり取り出したチケットの欠片は今でも本のページの間に挟んである。

『シャーロックホームズの緋色の研究』

俺が一番気に入っている小説のちょうど真ん中辺り。

色あせたそれは、今日もちゃんとそこにあった。


「シューイチ、何読んでんのー?」


アイツが俺の手元を覗き込む。

柔らかそうな髪の毛からは甘ったるいシャンプーと、少しだけ汗の香りがした。


「それまた読んでんの? ほんとホームズ好きだね」


俺が好きなのは――――――――。


「ジョン・H・ワトスンだよ」



今日はたしかバレンタインデーだ。

俺だって、それがどんな日かということぐらい知っている。


アイツは呑気に、たった今クラスの女子から貰ったばかりのチョコレートを口に入れようとしていた。




少しくらいなら、意地悪をしてもバチは当たらないだろう?





 

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