最後の告白。
今回はちょっとシリアスです。
でも萌どころは忘れません。
ずっと一人だったから――――――。
シューイチは、他人からの好意や自分自身の気持ちさえも理解できないと言った。
「俺さ、十二歳になるまで家から一歩も出た事が無かったんだ」
「え? 一歩もって、学校は?」
シューイチは黙って首を振る。
「病気とか?……」
再び首を振った後、シューイチは決意したかのように顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。
「母親が俺を家から出さなかった。外は汚くて危険だと口癖のように言ってたよ。その代りに家庭教師をつけられて、毎日ひたすら問題を解かされた。俺にとって家庭教師から聞く話と本だけが外の世界を知る唯一の手段だったんだ」
「そんなこと許されるわけ……、だって……」
「何度も保護されたよ。もちろん学校へも。……でも俺は母親の許へ帰った。自分の意志でだ」
「な……んで」
「愛してくれたから」
「そんなの母親なんだから当たり前だろ?」
「あの人は不器用だから、愛し方を間違えたんだ。俺が傷つかないように、父親のように自分を残していなくならないように閉じ込めて鍵を掛けた」
「…………」
「だから、俺はそれと同じくらいの重さで愛さないといけなかった」
シューイチは今、辛い思い出をただ淡々となんの感情も交えずに語っている。
でも俺には見える。
シューイチの心の中の癒えない傷が、だらだらと血を流し続けていることに……。
「でも出来なかった。俺には解らないんだよ、好きとか愛とか曖昧な感情がどうしても理解できない。だからあの人を傷つけた。もう誰も傷つけたくない」
「シューイチ……」
「十二歳の時に俺にはもう帰る所はなくなったから、ある施設に連れていかれた。誰とも係わるのが嫌でいつも一人でいた。中学校へ行くようになっても誰とも口をきかなかった。そのうち誰も俺に構わなくなって、俺は透明人間になった」
痛くて、苦しくて、どうしようもなく悲しかった。
でも泣くのはだめだと思って、唇をかんでどうにか堪えた。
「清野さんと出会ったのはそれから間も無くだよ。あの人は、答えが返ってこないと知りながら毎日毎日俺に話しかけてきた」
さっき初めて会った人なのに、なぜかその光景が容易に想像できる。
「清野さんの施設に移ってからも俺はほとんど話さなかったけど、一度だけすげー怒られてさ」
「あの人怒るの?」
「ああ。それはもうすごい剣幕だったよ。あそこに一緒に住んでるチビがさ、俺に自分のおやつのビスケットを一つくれたんだよ。俺は無言でそれを口に入れた。そうしたら、ありがとうって何で言わないのかって。人が誰かの為に優しい気持ちでしたことには、きちんと感謝しなさいって」
「なんかあの人らしいな」
「だろ?」
そう言ってシューイチは笑った。
「あの時、お前と初めて会った日……」
「お前が中学に転入してきた日のことか?」
「そうそう。北畑が足かけてきて俺達すっ転んだだろ? あの時の担任の怒った顔が清野さんによく似ててさー」
「なんか懐かしいなー」
「こいつらには俺がちゃんと見えてるんだなってほっとしたんだ」
その時浮かべた笑みが胸が締め付けられるくらい儚げで、俺は思わずシューイチの袖を掴んだ。
「そんなの! そんなの当たり前だろ!!」
これまで堪えていた涙がとうとう堰を切ったように溢れ出た。
俺は自分の袖口で目元をごしごしやったが、やってもやっても涙は止まってくれない。
「赤くなるだろ」
そう言ったシューイチがそっと瞼に口づける。
薄暗い駅の待合室は、いつの間にか俺とシューイチの二人きりになっていた。