ありがとうの意味、その2。
「新入生代表、飯田脩一」
「はい」
壇上に立ったシューイチと一瞬目が合った。
俺はそっと拳を握って見せる。
「草花が一斉に芽吹き始める春の暖かな日差しの中、我々新入生一同はこうして本校の生徒の一員と――――――」
後ろの方で誰かが小声でボソボソと話しているのが聞こえてきた。
「あいつが入試トップで合格した奴か」
そうそう、そんでもって俺の親友ー。
スゲーだろ。
俺は心の中でほくそ笑んだ。
――――入学式当日。
俺は晴れてシューイチと同じ○高の生徒になった。
こうしてシューイチが新入生を代表して挨拶しているのを、周りの奴らに自慢してやりたい欲求をどうにか堪えていた。
「――本校で多くの貴重な経験と――――――…………」
シューイチの少し低めで落ち着いたトーンの声が体育館に響く。
あいつの声ってなんか好きなんだよなー。
落ち着くっていうか……、ふだん無口だから感じるプレミア感っていうか、なんかこうドキドキ……。
ああ、俺ってもしかして――――勉強詰め込みすぎて脳みそ飽和状態なのかも。
「……飯田だっけ?」
後ろの席の誰かがまだ何か言っている。
「飯田……名前なんて言った?」
「さあ?」
シューイチだよ、シューイチ。
いいから黙って聞けよー。
シューイチが話してんだからさー。
心の声でそう抗議してみたが、相変わらず小声でぶつぶつ言っている声がやけに耳障りだ。
本気で文句を言ってやろうと後ろを振り向きかけた時。
「あいつ、なんか見覚えあるんだよなー」
あれ? シューイチの知り合いなのか?
俺はそっと振り返ってみたが、そこに知った顔はなかった。
「あー、言われてみれば俺もそんな気してきた」
「だろー? そーいえば中学の時に転校して行った奴いたじゃん」
「いたっけ?」
「いたよ。そいつに顔が何となく似てる気がするんだよなー」
「えー? ぜんぜん覚えてない」
「だけど名字が確か…………」
俺は何となく嫌な予感がして、それ以上聞こえないようにシューイチの声に集中した――――――。
入学式後、俺はさっそくシューイチの許へと急いだ。
「シューイチ、おつかれ! 代表挨拶スゲー良かったよ」
「そーでもねーよ」
「俺なんかお前が話してる間中、ドヤ顔してたと思う」
「なんでお前がドヤ顔すんの?」
「俺もよく解んないけど、鼻高々っていうかさー」
シューイチは珍しく照れたように俯いた後、
「ありがとう…………」
と言って、俺の髪の毛をクシャッと撫でた。
「お前ってホント…………」
「……?」
シューイチは頭がものすごく良いくせに、肝心な時に言葉が足りないと思う時がある。
お前ってホント……おかしな奴?
お前ってホント……面白いやつ?
お前ってホント…………………。
俺はシューイチになんて言ってほしいんだろう……?
なんとなくだけど、さっきの奴らが話していたことはシューイチに言わない方がいい気がした。
それにもしも俺に話していない何かがあるのなら、それは、シューイチ自身の口から聞きたい。
あの時の俺は確かにそう思った。
それは今も変わらない。