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参謀本部人事部補任課長の飯塚薫少佐にとって、それは出来レースを眺めているようで、人事に携わる人間としてはあまり気分の良いものではない。
参謀会議にて行われる匿名書類選考を終えた時点で合否は出ているようなものなのだ。
特殊戦闘作戦部の人事は特殊だ。各部隊から選出された候補者の経歴による書類選考、筆記試験、体力試験、現役特殊部隊員による口述試験(面接)、をパスした隊員を、中央情報隊による身辺調査、参謀会議による最終書類選考、その後更に口述試験により適正を判断され、特殊戦闘作戦部への転属者のリストに加えられる。特殊戦闘作戦部からの指名隊員の審査の場合は、うって変わって書類選考と口述試験だけが行われる。指名されている時点で、体力や能力面では問題視されていないのだ。
参謀本部の会議室では、スクリーンに候補者の一人が、椅子に座って、正に回答している最中だった。フロアが離れた別室で、ビデオカメラ越しに話す候補者に対して、質問する面接官の現役特殊部隊員や参謀本部作戦部特殊戦闘課の参謀将校の声も、スピーカー越し。候補者と面接官が直に顔を会わせることはなく、また面接官の声に対しては秘匿がかかっているため、候補者は誰が話しているのかわからない状態だ。
特殊戦闘作戦部からの指名を受けた候補者の女性の様な整った顔立ちの2等軍曹は、終止落ち着いた様子で、ビデオカメラに向かって話す。略綬や賞詞や従軍記章が並ぶ上に、レンジャー、空挺、遊撃、スキーと四段徽章をとめた、年不相応に飾り気の多い冬制服に身を包む彼は、参謀会議の特殊部隊員人事の議題の際、にわかに話題に上がった青年だ。冷然とした碧眼の眼差しの、表情希薄な麗人のごとき2曹は、こちらの質問に対して最低限の情報で簡潔に答える。
部屋の末席に着く飯塚は、受験者の2曹の目付きに、知らずに怖気を感じていた。制服の袖を少しめくって見れば、毛が逆立って鳥肌がたっている。
「不気味な目だ……」
隣に座る佐官が呟く。
飯塚はまったくその通りだと、佐官の抱いていた不気味さに合点した。
カメラ越しにも関わらず、まるで見透かされているかのような眼差し。硝子玉やドールアイに見つめられている気分だ。
その呟きを聞いてか、特殊戦闘課長の妹尾少将が漏らすが、言い得て妙ではある。
「まるで人形の様だな」
確かに、彼の眼差しや表情は人形のようではあるが、中央情報部の調べによれば内面は人並みに感情が豊かながら、常に冷静さを欠かないとある。
「もしも中身のない人形だったら、奴はここに居ません。あいつは機械ですよ。それも、自ら思考して感情すらある、とびきり優秀な殺人機械です」
そう答えるのは、特殊戦闘作戦部司令部人事部長の安達弘樹中佐だった。特殊戦闘作戦部の人事全般を任される彼は、特殊任務に参加したこともあるベテラン隊員だ。飯塚とは陸軍士官学校同期の仲で、その卓越した指揮能力や勤務成績は優良と記憶している。
「なんだ、知り合いか?」
「ええ。彼の入隊前からよく知っています。まだロシアの工作員だった頃から」
「選考のためにも是非聞いてみたいな」
「それはご勘弁を閣下。特務情報局から固く口止めされてますので」
ならば仕方がない。妹尾少将は諦めるが、飯塚はその内容を知っていた。確かに、言えたものではない。当時ロシアに不利益を働く他国の高官を拉致や暗殺して、CIAにすら危険視されていたなど、今更言える筈がない。
「ただまあ、資料に有りますとおり、彼はイラク派遣期間中に武装勢力の攻撃による負傷で観測手を失っていますが、同僚の死に涙を浮かべる程度には感情がありますから、過去の血も涙もない冷酷な彼とは違うようです」
「成る程……。それで、彼の特殊戦闘作戦部での配置先は決めているのか?」
大抵の場合、候補者の半数はこれまでの試験結果から適性を判断され、既に概ねの配置先が仮確定している。グアムでの特殊戦技資格を取得した候補者ならば、内々示くらいは決まっているはずだ。
特殊戦闘作戦部の隷下部隊、つまり陸軍が特殊部隊として公に存在を認めた組織は、一般に三個部隊とされている。敵地で特殊工作や対テロ戦闘を行う絵に描いたような部隊の特殊作戦群と、教導任務や装備戦術研究を主に行う特殊作戦教導隊と、後方支援及び作戦に必要な情報収集活動を行う特殊作戦支援隊の三つだ。
指名される隊員の多くは、特殊作戦支援隊の中でも実際に戦闘行為を行う第2大隊や、特殊作戦群に配置されることが多い。
「既に指名隊員の配置先は内々でですが決まっています。正式にはまだ時間がかかりますが、来月には辞令書を交付したいと思っています」
「意外と早いな」
「遅延無く業務をこなすのが特戦部の主義ですので」
恐らく、彼は第2大隊に配置されるのだろう。
飯塚が知る彼の印象には似合わない部隊だが、彼の経歴は、矢張いささか難があるのだ。