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セルツェ   作者: でるた
始まり
7/29

-7-

────時間はしばし遡り、ラットバでの戦闘の前。


都心部にあって孤島のように存在する軍事組織は少ないながら存在するが、その中でも重要度としては最上位に位置するのが市ヶ谷台に存在する国防省だろう。軍属ではない事務職員の国家公務員である国防省の役員や議員たちからなる組織であり、少ないながらも軍属も職員として事務作業を行う国防省は、陸海空軍の懐事情を手中に収めたお役所である。各軍の防衛計画や軍が入手した対外情報、その他、国家機密にあたる情報や文書の宝庫だ。憲法上国家防衛の最上位に位置する国防省であるが、物語は国防省ではなく、その向かいに隣接する形で敷地を構える陸軍参謀本部から始まる。


 道を挟んで隣には海軍軍令部、その向かいには空軍総監部と、三軍の最上級組織が睨み合った三竦みの状態をを形成している。ある意味日本で最も安全であり、ある意味もっとも厳戒警戒が敷かれているともいえる交差点だが、陸軍参謀本部はそんな四個組織の中でも、もっとも厳しい警備体制が敷かれている。厳しく入出門が管理されており、アポイントメントがない面会は一切お断り。怪しい人物は敷地が居であろうとも任意同行という形で強制的に連行され、小一時間は尋問されるし、警備部隊が怪しいと判断した場合には、武器の使用すら許可されている。上記の駐屯地警備体制は陸軍の全施設で一般化されているが、参謀本部のそれはもはや異常とすらいえる。実際に、民間人への危害がなかったわけではないのだが、国防省からの体制見直し要請にも頑として屈せず、これまでの一度たりとも見直されようとしたことはなかった。


 そんなある意味異常が正常な状態の参謀本部の会議室の中でそれらは議題に上がった。


 傍聴のためにクラシックミュージックが流れる会議室に連なる参謀将校が難しい顔をして話す内容は、昨今マンネリ化し始めたイラクでの治安維持活動(テロリスト狩り)に関する派遣計画。そして次年度の上半期かみはんき人事に関する案件。


 現状日本が抱えている戦争としては比較的大規模な派遣をしている陸軍のイラク方面軍は、その総数をすでに五千人に上る。戦車五十両、ヘリコプター三十機、車両千両以上。その派遣部隊も、全国の部隊からの人員を抽出しての派遣である。海軍は空母を含む一個艦隊、空軍は爆撃機、輸送機、戦闘機、無人偵察機を合わせて六十三機。実際に派遣する以前の計画よりは三軍ともその総数を大幅に削減しているのだが、それでも日本国内の軍事力に比して大規模な派遣といえた。国防の観点から言えば、本国の防衛力を大きく削いでいる。特に海空軍は日本が島国である観点からも国防の矢面に立つ立場上、戦力の出し惜しみが著しかったのだが、それでもこれだけの数をそろえられるのだから、日本の国防力もなかなか捨てたものではないだろう。


 一週間後には陸軍のイラク方面軍の一部交代人員が派遣され、それに会わせて海空軍の人員と艦隊も交代が派遣されるが、その人員が大幅に削減されることとなっていた。これは国防省からの意向であり、陸軍も順次派遣規模の縮小を指示されている。事実、地上戦力としての要である戦闘車両の削減、歩兵部隊の部隊規模縮小化など、細部にその兆しを表して、体制変更の準備を進めている。次年度末には派遣部隊は大半が撤退を完了させ、一部の人道支援と後方支援要員を残す計画だ。しかし、それらは既に決が出た議題であり、今回会議の中でも争点となったのは、もっぱら特殊な立場の隊員──すなわち大臣直轄部隊である戦闘偵察連隊や特殊部隊の後方の派遣に関する話だ。大臣直轄部隊に含まれる前線部隊は、直轄とは言いつつも、実質その管理は参謀本部が手綱を握っている。大臣が有事の際に直接出動を指名することができるだけでの組織なのだ。


 実質の特殊部隊に類する戦闘偵察連隊と実際に特殊部隊と銘打たれたこの二個部隊。開戦当初(派遣開始)から現在まで継続的に人員を入れ換えつつ派遣されているこれらを、今後規模縮小に合わせて撤退させるかが、争点となった。


 あえて結果だけをのべるならば、イラク方面軍は前線部隊は完全に撤退させる方向で話がまとまった。規模縮小後の特殊部隊運用はメリットが無いことと、運用形態に無理があるという指摘が多かったが、何より参謀本部は現状、イスラム圏よりも東及び東南アジアに意識を向けているためだ。


 昨今、中華民国と日本の関係は冷え込んでいる。外交関係は無論、日本近海における軍事演習や度重なる領空侵犯、朝鮮半島を介した国境沿いでの大規模演習など、あからさまな挑発行為が見受けられる。こうした行為に対して、日本は問題解決を努めて外交努力により改善せんと努力するが、軍は武力衝突事態に備えて、戦力の整理を実施し、事実上の臨戦態勢を整えつつある。


 望むと望まざると、勃発の可能性を孕む以上は備えているのが軍隊だ。極東有事における防衛計画に戦闘偵察連隊は不可欠な部隊だ。彼らをイラクで遊ばせておく余裕は無い。


 懐刀は肌身にあってこそその意味をなす。


 一つの案件に決が出ると、会議は休憩を挟んで、次年度の上半期人事に関する案件に変わる。ここで議論される案件は、大概が参謀本部に勤める将兵や高官の昇任や移動についてだが、時に部隊推薦枠や逆指名による特殊部隊の移動についても議論される。


「では、特殊部隊の上半期人事についてですが、お手元の資料をご覧下さい」


 陸軍の頭脳ともいえる参謀本部は、陸軍の秀才が集う。その判断によって国防力が変動すれとあっては、そこに勤める参謀将校やその他将兵の人事は厳しい査定と徹底した調査の上で、候補者を匿名により厳正に査定される。


 参謀本部人事部、つまり陸軍人事のトップがふるいに掛けた候補者も、しかしこの会議な決によってはバッサリと切り捨てられてしまう。


 参謀本部人事部補任課課長の飯塚(いいずか)(かおる)少佐は、居並ぶ高官達に臆することなく、プレゼンテーションを始める。


 参謀本部から転出する者と、新しく外から入ってくる者、内部での人員の入れ替えや、昇任と表彰。基本的な人事の話は、不気味なほどに人事部が上げた名簿通りに話が進む。


 だが、物事はそう簡単に進まないものだ。


 それは、特殊部隊の人事に話が移って、しばらくしてからだった。


「この隊員は不味いんじゃないか?」


「ああ。この若さでこれだけの貢献は評価に値するが、しかしこの経歴はな…………」


「しかし、既に特殊戦技教育(グアム教育)を終えた隊員ですし、思想的欠陥も見られないならば、採用してみるのもありなのでは?」


「いや、しかし愛国心に疑問が残る」


 高官達が渋面を浮かべたのは一枚の資料の一文のため。


 それは特殊部隊からの逆指名隊員の資料だった。氏名に秘匿がかかった資料には、その人物の経歴は勿論、家庭環境や交友関係や人に言えないあれやこれやプライベートな情報も包み隠さずだ。


 陸軍の情報収集部隊である中央情報隊によって赤裸々に調べ上げられ作成された情報は、国内でテロ行為が可能な技能を有した隊員としと特殊部隊員となった時点で、警察庁の極秘名簿に追加さる。当然陸軍の名簿にも追加されるが、これらは最重要秘密に指定され、特別な要請がない限り閲覧も開示もあり得ない。因みに余談であるが、テロ技能を有した隊員として、レンジャー隊員も名簿が作成されているが、こちらの秘密指定は幾らか緩く、過去に犯罪捜査のために限定開示されたこともあるが、特殊部隊員のそれは開示されたことはほぼ無い。


 飯塚は最初、特殊部隊から逆指名隊員名簿を受け取った時点で、こうなることは予想できていた。それでも、もしかしたら彼にチャンスを与えても良いのではないかと、名簿の真ん中にそれとなく紛れさせた。


────矢張突っ込まれたか。


「如何に優秀な隊員でも、流石に同盟国とは言え他国の諜報機関に席をおいていたとなると……………」


「しかし、過去五年以上接触は無いなら、最早関係は断ったのでは?」

 

 一介の人事部員にすら目に留まるのに、参謀本部の高級将校の目に留まらない通りがあるだろうか。


 資料には確かにこう書かれている。『過去にロシア連邦共和国対外情報庁ザスローン部隊に所属。暗殺任務に関与した疑いあり』


 ザスローン部隊はロシア対外情報庁の極秘部隊と言われているが、その実態は謎に包まれた存在だ。暗殺任務や破壊工作が主任ではないかと言われているが、ロシアの特殊部隊の中で最も機密性が高い組織のため、全貌は分からない。しかし、機密性の高さでは恐らく諸外国でも上位に食い込むであろう国家の特殊部隊に居た人物が、果たして日本の軍人をやって居るだろうか。


 中央情報隊の調べによればその謎は、日本の対外情報機関の特務情報局(SIS)が掴んでいるようだが、資料開示の問い合わせに対して、SISはただ一つの情報以外、全ての情報開示を拒否した。その一つは、その隊員がロシアに通じていないという事実のみ。その根拠すら開示しない。しかし、日本最高の情報収集能力を有するSISが保証するのなら、問題は無いのだろう。


 だからこそ、そこに私情は有ったが、飯塚は彼を名簿に追加できた。


「過去に何処に居たとしても、私は彼の経歴は評価してもいいと思いますがね」


 そう言ったのは、参謀本部作戦部副部長兼ねて特殊戦闘課課長、妹尾(せのお)(はじめ)少将だった。見かけこそ好好爺然とした線の細い中老の男で、孫に甘いお祖父さんのようであるが、身につけた冬制服には彼のそれまでの実績を称える略授や徽章の数々で飾られている。


 まさに鶴の一声とはこの事か。


 妹尾少将は、陸軍の訓練計画や作戦計画、軍備、防衛計画を司る参謀本部作戦部の次長の地位は、参謀本部の高級将校の中でも上位のポジションだ。更には特殊部隊の訓練計画に押印する立場の人。実質特殊部隊のトップがだ。その人が、件の隊員を評価していて、人材として欲しいと言うことは、最早採用を決まったも同然だ。


「精鋭足る戦闘偵察連隊の中にあって多くの作戦に携わり、若くして旭日章と武功章を叙勲、イラク方面軍司令から金鵄勲章の推薦を受け、最多狙撃記録更新、空挺レンジャーと冬季遊撃レンジャー持ちで特殊作戦教育も履修している。ザスローン部隊での特殊任務経験すらあるベテランではないか。優秀過ぎて逆に不気味だが、優秀過ぎる隊員を凡人の中に埋もれさせるのも勿体ないだろう」


「しかし、やはり他国に通じている可能性は危険では?過去に何度もロシアに渡航しているようですし、来月予定で渡航申請が出ています」


「これについても、SISが尾行して問題はなかったと回答を受けています。本人も、渡航計画通りに行動していたそうです」


「SISが保証してくれているのだ。問題なかろう。わたしはむしろ、この2等軍曹を遊ばせておくほうが愚策であると思うが?」


 その言葉が決定的なものとなった。結局、名簿はそのまま採用される運びとなった。通例では名簿の半数が採用されれば多い方なのだが。


 





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