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セルツェ   作者: でるた
始まり
6/29

-6-

「10、101!これ以上の戦闘継続は不可能だ!敵がそこまで迫ってる!」


『しばらく待て。現在回収部隊が急行中』


「どれだけ待てばいい!何分だ!!」


 海老原が無線機に怒鳴り散らすかたわら、優は至近に敵の弾着が集中するなか、狙撃スコアの上書き作業におわれていた。手持ちの7.62ミリ弾は既に残り四発しかなく、それも海老原が無線機越しに相手を怒鳴りつけている僅かな間に撃ち尽くしてしまった。


M24(24)弾切れ!捨ててくぞ!」


「捨てるな!許可が下りてない!」


 既に当初の拠点を放棄し逃げ出した二人だが、如何せん遮蔽物が少ない上に多勢に無勢。逃げる手段も限られる。夕日を背にして狙撃位置を確保していた二人を、敵は執拗に追いかけてきた。執念深く、そして過剰とも言える火力により。


 数百メートルは離れた位置に停車されたピックアップトラックの荷台に据えられた対空機関砲が唸りをあげた。


「あれは無理!」


 たまらず伏せて身を隠し、背嚢に括り付けていたヘルメット(MICH2000)をかぶり、89式5.56ミリ小銃三型を手繰り寄せる。レイルに載せたホロサイトを起動させる。


 悲鳴のように海老原に叫び、海老原も悲鳴を無線に叫ぶ。罵詈雑言すら電波に乗せて発信しそうな鬼気迫る形相。生唾を飲んで、地面がまさに爆発している中、彼は海老原の四倍率の照準器が乗った89式を奪い、単発で五発程発砲した。


 正確に放たれた5.56ミリ弾が対空機関砲に跳ねて、その射手にも一発だけ命中する。続けざまに、三発だけ第201空挺歩兵連隊から無断で拝借した小銃擲弾を、じっくりと狙い、撃つ。


「お前も下手くそか!」


「次は中てる」


 宣言し、打ち出した小銃擲弾がピックアップトラックに命中したのは三発目だった。山なりに打ち出された小銃擲弾が荷台に命中し、対空機関砲を破壊すると、驚異度は大幅に減る。


「さすがトヨタ。頑丈だな」


 海老原が牽制に射撃していた筈なのにも関わらず、壊れる気配がなかったピックアップトラックだが、しかし擲弾には敵わない。爆発炎上したピックアップトラックに二人はたまらず拳を打ち合わせる。


 しかし、喜びを共有するのもつかの間。敵の攻撃の手が止むわけではない。


 対空機関砲を黙らせた次は迫撃砲と対戦車榴弾(RPG-7)だった。迫撃砲弾落下する独特の落下音に、とっさに身を伏せる。


「迫撃砲を狙う!」


 運良く砂を被るだけに留まった優は、海老原に対戦車榴弾(RPG-7)の無力化を任せて、単連射で迫撃砲の射手を狙う。平時における基本射撃のように遠方の標的に対して射撃するような射撃で、迫撃砲の装填手を狙う。


 5.56ミリ弾で狙うには距離が遠いが、それでも優は健気に戦う。


「弾切れ!装填!」


「カバー!」


「……──装填よし!」


 背嚢の内側に固定した弾嚢から30連弾倉を引っ張り出した海老原が装填したのを認めて、優も片手で脇のポーチから弾倉を引き抜き、弾切れに備える。


「迎えは!?」


 空の弾倉がダンプポーチ一杯になると、いい加減命の危機を感じ始めた。バディーに問いかけるが、返事は芳しくなかった。苦々しい顔で射撃を継続する海老原の顔は、如実に現実を叩きつける。


「クソが……方面軍に災いあれ」


 そもそもの作戦に無理があるのだ。敵勢力の解明に勤めつつ、可能な限り遅滞戦闘に勤めよなど、生還を期待していないことの現れではないか。そんな命令を示達(じたつ)する組織など滅んでしまえばいい。


「暇な俺達に方面軍が下賜(かし)してくださったんだ。喜べ」


「喜べる状況かよ。俺は我が身が可愛くて仕方がないんだ。──また一人排除」


「今ので150人突破だ。おめでとう!」


「そんなに誉めるな」


 無駄口を叩ける程度には敵が減ったが、それはけして彼らの努力により敵を排除したためではない。


「敵が減ったな」


「逃げたんだ。ここでいたずらに戦力を拘束するよりも、街の奪取に戦力を投入したほうが建設的だからな。指揮系統が生きているんだ。首狩りに失敗した」


「仕方ないさ。配当弾薬分は刈り取ったんだろ。敵が意外と優秀だったんだ。お前のミスじゃないさ────って、お前血が出てるぞ!?」


「ああ、迫撃砲の破片だろう。痛くない」


「バカ!気づいてたなら自分で治療しろ!」


 お互いに肌が見える部分は血が滲んでいるが、海老原が指摘した優の傷は破片や銃弾が掠めた小さな傷とは訳が違った。赤黒くテラテラとした小指の先程の鉄片が突き刺さる左腕を伝い、手袋や戦闘服を血で染めていたのだ。下手に破片を抜いて傷を悪化させ、出血を強いる愚は犯したくはない。簡単な止血用に救急品袋(メディカルポーチ)に突っ込んでいたゴムチューブを取り出そうとする海老原に、それを拒絶するように彼の手を払う。


「破片が残ってるから出血は少ない、応急措置はあとでいい。それよりも移動するべきだ。敵が減ったなら少しでも移動しよう」


「動いたところで平地ばかりだ」


「ここにいたって殺されるだけだっ────」


 言った直後に肩を割くような刺激に俯せる。至近で生じた爆発はRPG-22による爆発だった。爆風が乱暴に二人を地面にたたきつけ、ついでといわんばかりに彼らの耳を致命的なまでに破壊する。耳の奥で雷鳴が轟くような錯覚と、狂った三半規管によるグラグラと揺れる地面に、二人は呻きをもらすばかり。


「あぁ、耳が……」


「ああ、クソッ。言いあってる場合じゃないな。今ので背中の感覚がおかしくなった」 


「平気か?」


「駄目とは言えないだろ」


 悪態をつきながら、仰向けに寝返った優が見た海老原は、左の足の膝から下が真っ赤に染まり、おびただしい出血で地面を濡らしていた。


「……待ってろ、止血する」


 自らの負傷具合を認めても、海老原は取り乱さずに冷静だった。あるいは一見平静を装っている優が取り乱しているため、かえって海老原は落ち着いているのかもしれない。


 優の体にも、爆発により飛び散った破片は突き刺さっていたが、それは今すぐ生命に影響を与える怪我ではない。ソビエト製の個人携帯対戦車弾であるRPG-22は、海老原の右側方に弾着したようだったが、それでも彼らは生きている。


 ゴムバンドで装具のモールウェビングに固定していた止血帯(CAT)をむしり取り、海老原の左大腿部をきつく縛り上げるが、彼は止血帯を奪い取り、自ら止血帯を実施した。止血に伴う痛みに呻きながらも、海老原は全て自身でこなした。マジックペンで止血した時間も記入し、ついでに救急包帯も、大きな裂傷部位に巻く。


 負傷者が発生した無線を入れるべく受話器を取るが、コードが半ばから千切れた無線機は、敵の銃撃により破壊されていた。


「すまない、移動ができなくなったな……」


「無線も死んだ。……これで死んだら責任とれよ」


「悪かったよ。天国まではおぶってやるから」


「その足で?」


 思わず乾いた笑いが漏れると、海老原は自分の銃を探しはじめた。弾薬も残り僅かで、怪我だらけで満足に動けない筈だが、それでも彼は戦うつもりらしい。


 つばを吐き捨てて、口腔に含んだ砂利を吐き出した優は、海老原の小銃を探して周囲を見まわし、舌打ちをもらした。爆風で樹脂製の銃床がぽっきりと折れてなくなった89式小銃三型が無造作に銃口から砂漠に突き刺さっていたのだ。思わず写真でも撮りたくなる光景に渇いた笑いすら出てこない。


「だめだ、壊れてる」


「まじか…………一つ、妙案を思いついた」


「……言うな。どうせろくでもない事なんだ」


 顔色も青を通り越し白くなり始めた海老原の顔が、夕日に照らされて一瞬血色がよく見えたのは気のせいだろう。徐々に弱々しくなる彼の覇気に満ちていた声も、聞き取るのが困難になってくる。救急品袋メディカルポーチから救急包帯を取り出して、優は自身の傷にそれを巻きながら、海老原に微笑みかける。


 海老原の表情も、実に穏やかだった。


 二人の正面で一方的に攻撃してくる敵が、遂に側面を回り込もうと動き出す。それまでも何度か試みていたようだが、そのことごとくを優が狙撃で阻んでいたのだ。最初に認めた優は、海老原に覆い被さるようにして姿勢をとり、89式を射撃する。薬莢が砂に埋もれ、弾は敵集団を捉えるが、一人の射撃による抑止効果などたかが知れたもの。移動標的建ちは、構わず疎らな射撃で弾をばら蒔きながら走っていた。


「回られた!」











 青井あおい美空みそら3等軍曹は、高鳴る鼓動を抑えるように、大きく一度息を吸い込んだ。戦闘偵察連隊本部管理中隊所属の衛生兵である彼女は、特殊任務を付与されて孤立した状態の味方部隊の救出任務に自ら志願し、Mi-35ハインド攻撃ヘリの兵員室で揺られている。救出部隊の大半は本国に置ける戦闘偵察連隊の本部管理中隊に所属する隊員たちだ。イラク派遣に伴い各中隊から抽出された隊員で二個中隊と連隊本部を形成しているが、今回は海老原2等軍曹及び篠崎2等軍曹と縁の深い本部管理中隊の隊員と、彼らがイラクで所属する第1中隊の隊員たちが志願している。負傷者が居た場合のための救護要因として、戦闘救難部隊である空軍特殊部隊の特別救難隊がUH-60JAに搭乗し、随伴しているが、彼らのお世話になることがないことを切に祈るばかりだ。


 攻撃的なシルエットのMi-35ハインド攻撃ヘリ二機とUH-60JAブラックホーク汎用ヘリ一機による三機編隊は、間も無く夜間飛行に突入しようという頃、同じ機体に搭乗していた機関銃手の赤羽隆盛伍長が声をあげた。


「煙だ!赤い発煙だぞ!」


 上下に開く兵員室の扉の、上だけ開いた半開き扉から伺えた赤色の煙は、一縷(いちる)の望みのようであった。


 赤色の煙が自然に発生するなどあり得ざる話だ。ヘリコプターを認めた彼等が、わざわざ発煙筒を炊いたのだ。つまり、彼らはまだ生きているかもしれない。


 青井は小銃に弾倉を半装填した。


「篠崎2曹、生きてますよね……」


 青井の隣に座る最下級隊員である沖田上等兵が不安気に呟く。


 戦闘偵察連隊イラク派遣隊員の中で最も序列が低い沖田は、基地に居る間の大半を優と共に過ごしていた。中性的な顔立ちで気が弱い彼は、女性的顔立ちで誰もが認める実力を持ちながらもそれを鼻にかけない寡黙な優に強い憧れを抱いていた。優も彼とは頻繁に会話して、時折笑顔すら見せていた程である。沖田にとって優はヒーローどあり、苛烈な戦場で数少ない心の拠り所だったのだ。


「あの人たちは簡単には死にませんよ。少なくとも、私が知っているあの人達は、忍耐力が人一倍あって辛抱強くて粘り強い人達です」


 青井よりも一つ年下の沖田に微笑む。


 そう、彼等がそうそう死ぬものか。演習で単身対抗部隊の一個連隊を足止めするような狙撃組だ。


 ハインドが大きく機体を振って旋回を開始し、同時に機首の下方に取り付けられた旋回機銃が轟きを上げる。輸出仕様のMi-35ハインドを日本陸軍向けに改修したハインド──言うなればMi-35改であるが──は、旋回機銃を従来型の23ミリ複砲身機関砲GSh-23を、弾薬の互換性を考慮した20ミリ三砲身機関砲のM197ガトリング砲への変更から始まり、各種アビオニクス関連から兵装全般に至るまで、各部を換装している。


 その日本陸軍仕様のMi-35ハインドによる機銃掃射は、地上の民兵に対して猛威を振るう。20ミリの砲弾が地面ではぜる様は見ていて壮観だが、同時に敵に同情の念を抱かずにいられないだろう。


 青井は三々五々に逃げ惑う民兵を見ても、蟻に向けるほどの同情も湧かなかったが、攻撃ヘリの偉大さには敬意を払ってもいいと思う。陸軍が持つ少ない航空機であり、地上戦においては彼等が居るだけで鋼鉄の王者たる戦車すらもが蹂躙される。優はしばしば砲兵を地上の神と喩やするが、ならば攻撃ヘリは空の神であろうか。


 (アッラー)の名のもとに武器を取った聖戦士(ムジャヒディーン)が、空の神(攻撃ヘリ)に神罰を受けるのは、なんたる皮肉か。


 戦闘軌道で敵部隊に肉薄する二番機の支援の元の、一番機のハインドが固定脚で地面に降り立ち、腹から兵士を吐き出す。一番機に搭乗していた青井は、弾かれたように飛び出すと、すぐさま狙撃組の元に駆け寄った。


「海老原を運べ!緊急だ!」


「了解した。そっちは自力で帰れるな?」


「戦闘を継続します。海老原を頼みます」


 一足先に到着した空軍の戦闘救難部隊に満身創痍の海老原2曹を緊急搬送するように指示する優は、救難隊員の中尉に海老原の状態を端的に伝えて、彼の持ち物を乱暴に渡す。救助の感動も希薄な様子で、普段無感動で冷然とした眼差しは戦意に満ちている。


「向かえに来ましたよ!帰りましょう」


 機関銃手の赤羽伍長が77式7.62ミリ機関銃を膝立ち(ニーリング)で構えながら、笑顔を浮かべる。優の緊張を解そうとした、彼なりの気遣いだろう。遅れて到着した沖田兵長はまだそれほどの余裕はなく、強張った面持ちだが、助けになりたいという思いは感じとれる。


「ハインドで来るとは思わなかった」


チヌーク(CH)がよかったですか?なんなら帰ってとってきますよ?」


「まさか。思わぬ攻撃力に感涙にむせぶのも吝かではないほどだ。ありがたい。ありがたいついでに、小銃弾を分けてくれ。撃ちきって拳銃しか残っていないんだ」


 赤羽の軽口に泣き真似すらしておどけて見せる優は、日頃では考えられないほどに上機嫌だ。脳内麻薬が彼を興奮状態にしているのだろう。酒の席でも見せない様子に、青井は面食らうが、(おもむろ)に突き出した彼の手を見て正気に戻る。


「怪我してるじゃないですか!」


 その手は身に付けたグローブまでベッタリと血がにじみ、袖も赤黒く染まっていた。青井は弾嚢に伸ばしかけた手を止めると、彼の腕をとって叱りつけた。


「このくらいならまだ動く。それより弾だ。弾倉よこせ」


「何言ってるんですか!いいからこっちに来て下さい!」


 全身を使った全力で優を引っ張り、砲迫で穿たれたであろう穴に引き込むと、受傷部位を確認して、素早く救急品袋(メディカルポーチ)しら止血帯を取り出し、彼の腕に強く縛り付ける。


「動脈は傷付けてませんけど、破片は帰るまで抜きませんよ。他に傷はありますか?────いいです、私が確認します」


 優が何かを言うよりも先に遮って、青井は彼の体を触りながら細かく負傷の有無を確認する。大なり小なり怪我だらけの彼は、それでもまだ戦う事に固執しているようで、左手に持つ拳銃を強く握っていた。


「どんな具合だ?」


 回収部隊指揮官として指名を受けた木崎少尉が駆け付けると、優は一瞥して顔を背けて、苦し気に眉をゆがめる。陸軍幼年学校を卒業し士官学校へと進んだ若手の少尉は現場経験に乏しく、現場一辺倒の優のような人間には好かれない。陸軍士官学校での成績だけで評価されて戦地に派遣するのは、現場をひっかきまわすだけで厄介者に他ならない。


 常々持論をそう公言している赤羽や下川と同様の考えを、口には出さないが内心で抱いているのが態度で見て取れる優だが、木崎少尉はこれでなかなか融通も利くし現場に慣れようと下士官の話によく耳を貸す柔軟さが備わるいい士官だ。エリート志向の選民思想に汚染された高学歴な士官学校出の若手将校とはいささか以上に別種の人種だ。それがまた、優には気に入らないらしい。


「海老原2曹は特殊救難隊(PJ)に後送を依頼しました。篠崎2曹も負傷していますが、命に直結する負傷はありません。ただ、この場の救護員として言わせていただきますと、戦闘継続は控え、軍医の診断をもらうことを進言します」


 治療をしながら木崎少尉に上申する青井は、手元に意識を向けながら優の目を見つめるという器用なことをしていた。口頭で言い聞かせながら目で訴える。きっと、優は戦闘の継続を訴えるだろうが、昨年に看護師資格を手に入れた青井はそれを許したくはない。


 木崎少尉はしばしば迷うそぶりを見せながら、優の全身を観察して、頷いた。


「篠崎2曹については状況はどうあれ一旦帰来報告の指示が出ている。基地に帰投し、そこで事後の指示を受けるように」


「……了解」


 いくら木崎少尉が嫌いであれ、階級の尊重、命令指示系統の重要性を軽んじられるほど、優は浅慮ではない。青井は胸中で安堵の息を吐き、胸を撫で下ろす。


 杞憂が一つ減った。


 Mi-35によるゲリラ狩りが一段落して、降下してくる。彼女らは一発の銃弾も撃つこともなく、その場を立ち去ることになった。


 ヘリに乗り込み、優の隣に座った青井が彼に問いかけた。「何をそこまで戦いたがるんですか?」と。優はそれに、機外を眺めながら無言で答えた。手には、沖田兵長から受け取った弾倉が、強く握られていた。









 74式戦車の105ミリ施条砲しじょうほうが夜のイラクに轟きをあげた。


 敵が主防衛地域の前縁に当たってから、味方部隊の射撃は止むことを知らないらしい。戦車や装甲車に車載された機関銃から打ち出された曳光弾が尾を引く先には、すっかり数が減った敵散兵がまるで訓練標的を相手にするがごとき気軽さで蹴散らされ、時折轟く戦車砲が対戦車榴弾で敵の車両を豆腐を握りつぶすように破壊する。


 上空からの監視と的確な射撃誘導、そして索敵体制が整っていれば、訪れる敵など大した脅威とはなりえない。


 全く、自分が参加しない戦争とはなぜこうも気楽で安堵でき、そして面白くないのだろうか。矢面に立たなくていいという事は実にありがたいが、同時に面白みが少ない。全身から感じる緊張と興奮と、脳から分泌される快楽物質に身体が酔う感覚がない戦争とは、まったくもって不愉快だ。近代戦はボタン一つで敵を倒せる時代に映り替わりつつあるわけであるが、いったいそれのどこが戦争といえるのだ。個人の定義の問題であるが、そんなものは全く持って戦争とは呼べない。闘争とは、常にアグレッシブでエキサイティングでなければ。


 腹の中に精鋭たらん戦闘偵察連隊の隊員を孕んだMi-35ハインドの機銃掃射とロケット弾による爆撃も。型落ち気味の空軍のF-15J戦闘機によるピンポイントの500ポンド爆弾の爆撃も。彼らは自らの仕事を期待以上にこなしすぎている。


 これでは我々の仕事がないではないか。


 高機動車の車長席に座ってすでに何杯飲んでいるかもわからないコーヒーで、苦い思いを一緒に流し込んだ巴は、欲求不満でどうにかなりそうだった。右足がストレスでリズムを刻みだし、何度目かもわからない舌打ちとため息が漏れ、車内に置きっぱなしの何度見たかもわからない雑誌を流し読んで後部に投げ捨てる。


 入ってくる無線も単調な定時連絡のフレーズが目立ち始める。


 銃声も途絶え始めた。


「まったく……ままならないものね」


 舌打ちとともに吐き出した呟き。


 彼女らがバグダードに戻るのは、その後一日が経過してからだった。










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