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セルツェ   作者: でるた
幽霊
26/29

‐16-

 会合現場の廃村沿いを通る老朽化した舗装路を挟む山中に、一之瀬と小林は監視場所(LP)を設けていた。簡易的なそれは、地面にマットを敷いてあるだけで、申し訳程度に偽装してある。露出した肌には黒色主体のドーランで化粧し、偽装網(カモネット)を被ってその上に草や落ち葉を振りかけ、急拵(きゅうこしら)えながら監視場所(LP)は今のところ問題はない。


 標的が道路上を通過したのは三十分程前。会合がはじまったのは十五分前。会合現場には今任務における陸軍の作戦責任者である剱持大尉もいる。作戦参加チームの先任者に楠木少佐と言うベテランが居るが、基本的に剱持大尉が全権を委任されているため、楠木少佐は京城府のSIS施設で待機している。


「襲撃が来るか賭けるか?」


 警戒とは、その任務の重要性を理解して要点を押さえていれば、案外もて余した時間を如何にして使うかが、熟練した兵士に求められるファクターだ。熟練した帝国軍人であり、精鋭たる下士官の一之瀬明義2等軍曹は、その点心得たもの。小話で時間を潰すことは、軍人ならば誰もが身につける、謂わば必須科目。


「賭け事はしませんし、それは賭けになりませんよ」


「やる前から降りるのかよ」


 対外作戦班での勤務は浅いが軍籍の身を置いて久しい小林も、抜かりなく経験によって、必須科目を履修済み。自分の仕事をしつつも、一之瀬に付き合う程度はお手の物だ。


「二人して同じ馬に賭けたら、賭けが成立しないじゃないっすか」


「現実的な賭けよりも、理想を求めた賭けに出たらどいだ?」


「可能性が限りなくゼロじゃないっすか。そんなに自分、愚かじゃないっすよ」


 望まぬ来訪者の可否は論ずるまでもない。敵は必ず来るだろう。対外作戦班の隊員の共通認識としてそれは既に確立された事実。そして、SISはそれを見越して彼等に撃滅を要望している。


 敵が来るならそろそろだろう。


 小林も敏感に戦闘の匂いを嗅ぎとり、無線や装備をチェックし始める。


「一之瀬2曹」


「来たか」


 小林が指向した小銃HK416に固定されたIRの光線を暗視装備で追った先に数台の乗用車を認めた一之瀬は、無線のPTTを押して急報する。


「不明車両確認チェックポイント通過、数5、速度50、乗員不明」


『12了解。各位、警戒』


『15了解』


「規模はどのくらいだと思う?」


「二分の一個小隊ってとこっすか?」


「多分な……」






 会合は、終始SISが主導権を握ったまま、有利に話が運ばれた。そもそもこの会合自体も、金龍内部での講和派と抗戦派の確執を利用した講和派の傀儡化を狙った物だ。SISが描いた脚本に沿った劇は、間もなく終幕を迎える。


 SISの要求は金龍の販売ルートの削減と中国への流通量増加となっているが、金龍はそれに対して多少の譲歩と協力を要求し、SISは認めた。


 金龍の講和派は現状、組織の過半数を占めているが、抗戦派の存在は今後の組織運営に支障をもたらす。屈辱を味わった抗戦派は、事有るごとに組織に楯突き、或いは独立した組織として分裂する可能性も大いにありうる。金龍としてはこれは容認出来ないことで、SISも苦労して作った大犯罪組織の操り人形が、気付いたら壊れていたでは笑えない。


『はい、オーダー入りましたー』


 会合現場にてSISの軍事工作官と共に警備に当たっている春原3等軍曹は、聞き耳立てて会合の様子を無線に流して共有していたが、度々彼女の私的な言葉が混じる。


 巴は苦笑して、優は肩をすくめて呆れを示す。


『殲滅戦は楽でいいな』


『楽だけど、面倒でもありますね』


『弾代も安くないんだぞ?』


「まとめて吹き飛ばせばいいわ」


「確かに、爆薬なら安くすむ」


 巴のぼやきに同意しつつ、備蓄の爆薬を計算する優の中で、爆発は決定事項だった。派手で印象的であり、衝撃を与えるにはもってこいだ。


「来たな」


「盛り上がってるとこ悪いんだけど、来たわよ。歓迎会はするの?」


 狙撃位置から村の入口はよく見える。


 会合場所で剱持大尉と共にいる真鍋1曹が言った。


『歓迎会は予定通りだ。村に入れるな。皆殺しだ』


「17、了解」


 廃村の入口には国境警備隊(JBP)と軍事工作官が既に小銃を構えて待機していた。敵を村に入れるつもりがないのは、彼等にも伝わっている。


『15、敵が見えたら撃て』


 民家の二階からは、ゆらゆらと近づいてくる車列のヘッドライトが確認できるが、暗視装置越しではヘッドライトが眩しく狙撃出来ない。照準器越しに覗けるように銃の上部に固定していた暗視装置を外して、脇に起き、フロントガラスの奥に居るであろう運転手の位置を、概略で狙い撃つ。


 無線への返答は、車列の先頭車両の不規則な動きで置き換える。


 車列の先頭車両のフロントに、放射状のひびと共に小さな穴が穿たれる。中で脳漿を撒き散らした運転手が、反動でハンドルに倒れ込み、けたたましいクラクションが夜闇に悲鳴を叫ぶ。ハンドルが傾き、それを助手席の男が慌てて立て直すが、それもフロントガラスに二つ目の穴が貫通すると、今度は急ハンドルとなる。


 優の"だいたいこの辺狙撃"は見事に命中した。


「流石ですね」


 巴は当然の様に彼を称賛するが、撃った本人は驚きだ。まさか、中るとは思っていなかったのだから。


 優が撃った先頭車両は速度が速すぎた。急ハンドルを切った車は、道から一段落ちた畑に転落し、倒立して、天板から地面に倒れた。


 減音器(サプレッサー)を着けた銃声は、敵のもとまで届かない。優のSR-25は、正しく銃声を殺して、亜音速弾の7.62mm弾頭を標的に導いた。


「警察さんは撃たなくていいですからね」


 自動小銃(SR-16)を単発で射撃しながら、巴が言った。慣れない短機関銃でそれなりに離れた敵撃っても、彼らが命中させることは不可能に近いからだ。


 あらかじめ撃たなくてよいと釘を刺していたいたためか、彼らは射撃はせずにただ茫然と眺めているだけだったのだが。


「駄目だ。まったく当たらないや」


「眩しい……」


 文句を言いつつも狙撃しやすいようにと、ヘッドライトやエンジン周りを狙って撃っている巴は、言うほど外してはいない。


「排除したか?」


 展開した国境警備隊(JBP)の隊員が列に対して、自動小銃による苛烈な銃撃を開始した。曳光弾が混ざらない通常弾薬による効果的な連発射撃。間隙なく撃ち込まれた数百発は、六両の車列の内半数を走行不能にさせた。残りの車両は狙撃によって運転手が排除されたため、事実上の行動不能状態だ。


「みたいです。国境警備隊(JBP)には良い射撃訓練になったんじゃないですか?」


「小銃でしこたま連射なんか、そうそうしないからな」


『制圧を確認』


 肺の空気を一息に吐いて入れ替え、SR-25の安全装置を親指で弾く。銃を手放し、凝り固まった肩を回して気持ちを入れ替えると、会合が終わった旨の無線連絡が入る。


 会合現場の民家の玄関前に、金龍の車両が集まり出した。にわかに緊張を増す民家の周囲。金龍の護衛戦闘員が、殺気だった眼光をSIS軍事工作官達に向けているのだ。優は解した緊張の糸を張り直して、銃口を男達に向けた。


『標的ゴールドが出るぞ』


「確認。車に乗った」


「動きましたね」


 廃車となった金龍の車列の脇を、縫うようにして金龍の車列が帰り行く。外的要因によって始まった内部抗争は、端から見ていると虚しさしか感じない。互いが互いを信頼しない取引は、互いを傷つけ合わずに終わった。


 テールランプが見えなくなるまで照準していた優は、再度緊張の糸を緩めた。






「撤収します」


 赤い尾を引いて消えて行く車列から銃口を外した巴は、ヘルメットに固定した暗視装置をずらした。マウントステーでヘルメットと繋がる暗視装置は、押し上げて視界から外すと、自動で通電が切れる。


「ここから警戒を継続する。早瀬は車の用意をしろ」


 一息ついて緊張を解いた優は、巴を瞥見して言った。


「了解、一人連れていきます。岸さん」


 彼の指示に文句はないから、素直に従おう。


 今の今で影が薄かった警察官のうち、公安警官の岸を選んで、着いてくるように手招く。SISから借りたMICH2000ヘルメットを被った岸は、無言で巴に付き従う。


「間近で見た感想は?」


「感想?」


「ええ。戦闘を生で見る機会なんて中々ないでしょ?」


 艶が出るほど使い込まれた民家の急な階段を慎重に降りて、岸を振り替える。陸軍ではまず好まれない黒の装備品一式を身につけた岸は、体格や精悍な顔付きから、どことなく警察特殊部隊を連想させる。


 いや、彼は正しく警察官か。


「まあな……有り体に言えば、ゲームみたいだった」


「FPSってやつ?ゲームしないからよく分からないわ」


「現実感が無かったって言えば分かるか?画面の中の出来事みたいで、自分がその場に居る実感が無かった」


 引き戸の玄関を開けて、生垣の影に隠したSUVのエンジンをかける。後席を岸に譲り、彼女は運転席へ。膝の間に小銃を挟み、ヘルメットをダッシュボードの上へ。


「いつもこんな仕事を?」


 岸が問う。


 撤収予定時間まではまだ時間がある。優もまだ降りては来ないだろう。


 巴は左腕に巻いたG-SHOCK DW-5600E-1で時刻を確認して、蒸れた髪をかきあげた。


 昔より少し伸ばした髪は、肩に届く程度はある。


 そろそろ髪を切らなくては。


「そうね……もっと過激だったり厳しい状況もあるけど、だいたいこんな感じじゃない?」


「もっとドンパチするかと思ったが、そうでも無いんだな」


「誰も好き好んで撃ち合って無いわよ」


 思わず苦笑してしまうが、誰も撃たれたい人間などいない。一方的に撃てるならば、それに越したことはない。


 岸は安心したようにため息をついた。


「成る程、ならば安心した」


「なに?私達が撃ち合い大好きなサイコだとでも思った?」


「正直な……。龍山区のクラブの一件を聞いてたら、あまりいい印象は抱けない」


「私はその時まだこっちに居なかったから知らないけど、不本意な事故だったんじゃないかしら?」


 自宅のマンションで朝食を食べていた巴は、NHKの朝の報道でそれを知った。詳しい状況などあまり知らないが、その場にいた上官同僚で楽しくて撃ち合う好き者は居ない。


「けどまあ、私ならもっとうまくやったわ」


「自信家なんだな」


「自分の能力は正しく認識しているだけよ」







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