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セルツェ   作者: でるた
幽霊
24/29

‐14-

 昨今、特殊部隊の流行はマルチカム迷彩だ。数多の企業が同様の迷彩や類似した迷彩を制作し、各国ともがそろってそれらを愛用している。大日本帝国陸軍特殊部隊でも、マルチカムは多用され始めた。特殊作戦群は統制して全身をマルチカムでコーディネートしているし、一般部隊でも装具の一部にマルチカム迷彩の装備品がぶら下がっていたり。対外作戦班の中でも、最近はマルチカムの装備が見られるようになっている。


 かくいう優も、古き良き帝国陸軍のOD単色ズボンにタイガーストライプの上衣だが、防弾チョッキ(プレートキャリア)とベルトキットはマルチカム迷彩だ。この場に揃った対外作戦班の人間は、皆が優と同一のマルチカム迷彩の装備を着用している。揃って買ったわけではないが、皆行き着く先は同じだった現れだ。


 狙撃銃の20連弾倉に7.62ミリ弾の実包を込める優の周りは、皆マルチカム迷彩ばかりだ。


 武器庫として使用していた部屋の隅で先程まで手榴弾の安全ピンをビニールテープで止めていた小林など、まだ購入して日が浅いマルチカム迷彩のプレートキャリアのポーチに、嬉々として爆発物を詰めている。


 この場で違う迷彩が居るとすれば、警察官の二人組くらいなものだ。軍人でもない彼等は戦闘服が無いため、動きやすい袖の長い私服だが、装具はSISが使用する黒一色を借用している。海外の警察や民間軍事会社の社員のようである。


 彼等に予備でSISから借用した短機関銃(MP5A5)の取り扱いを説明している一之瀬の世話焼き具合は感心する。


「警察さんも難儀ですね」


「何?」


「拳銃以外撃ったこと無い見たいですよ」


「初めてか……」


 小林に言われて、改めて警察官二名を見るが、成る程確かに慣れていないようだ。


「平安北道って聞いたことあるか?」


 ガチャガチャと短機関銃(UMP45)槓桿(こうかん)を動かして、動作の具合を確認する真鍋1曹が言う。対外作戦班が所在する横須賀駐屯地の部屋割りでは隣の部屋で仕事をしている真鍋1曹とは関わりが希薄だった優は、無言を回答とした。聞いたこと無いため、分からないのも無言の理由だが。


「聞いたことありませんね。警察の方が詳しいんじゃないですか?」


 三角と青井を含めた対外作戦班に在籍する数少ない女性隊員の春原3等軍曹が、鉄製の弾箱に敷き詰められた5.56ミリ弾が詰まった樹脂製弾倉をテーブルに並べながら言った。対外作戦班に所属するだけあり、彼女も知力体力ともに優れた隊員だ。細身な青井や三角と違って、体格に恵まれた勇ましさが有るが、女性らしさも兼ね揃えている。彼女を見ていると、執務室で優の隣の席に居る同僚の2等軍曹を連想する。


 不意に話を降られた警察官の二名は、馴れない短機関銃に緊張した様子で、強張ったままの声で答えた。


「あ、いや、我々も管轄外だとそれ程では……」


「昔仕事で少し行きました」


 警察官のうちの一人、三十半ばの切れ長な目をした男は知らぬと答えが、同じ年頃の肩幅の広い男の方は、多少知っているようだった。


 肩幅の広い男は、京城府警察本部で話をしたため、よくおぼえている。職業柄意識していなくとも、他人の顔は一度見たら覚えているが、話をすれば確実だ。名前は松岡だったはず。切れ長な目の男は、剱持の紹介によれば岸と言った。


「どんな所?」


 真鍋1曹が松岡に問う。


 部屋の隊員達が、作業の手を止めずに耳を傾けた。


「地方の長閑な田舎って感じです。畑と田んぼばっかりで、典型的な日本の田舎ですよ。まあ、日中戦争頃からゲリラに悩まされていた地域なんで、自治体独自に自警団があって、今でも闇で買った武器を使って、自警団が活動してます。あの辺り、と言うか中国側の国境線沿いは、昔から自警団が治安を守っていたため、今でも警察は厄介者で爪弾きされていますから、殆ど警察が機能していません」


「それって大丈夫なのか?」


「事件とか起きないわけ?殺人とか強盗とか」


「そこは田舎の凄いところで、地域の横の繋がりによって、何かあっても近隣集落の自警団が、連携して解決してしまうんです。殺人とか強盗とかの凶悪犯罪になると、発生しても自分達で犯人を私刑(リンチ)にして山に捨ててしまうので、まず発覚しません。自警団だけではどうしようもない様事件でなければ通報もないですから、書類上は犯罪発生率は物凄く低いです」


「何それヤバくね?」


「それ、ドンパチやってたら間違いなく自警団来るやつだわ」


「闇で買ってて、許可無しで武器所持してるんなら、逮捕しなくていいの?」


「確かに。捕まえちまえば」


「そうも言ってられませんよ。彼らの存在が犯罪抑止になっているのも事実ですし、何より現場を押さえて検挙しても、別口で彼等は同じものを入手します。何より、恨まれて、此方が襲われたら、警察に彼等に対抗する術がありません。地域の若者は警察に入るよりも、自警団で農家(いえ)の仕事を手伝う傍ら治安維持する方が人気ですし、地域の人間でないと、下手なことんすると此方も私刑(リンチ)にされかねない」


 松岡の話を聞くに連れて、隊員達の表情はげんなりとしたものへと変わっていく。


「マジかよ……」


「面倒な土地だな」


「その話がマジなら人数足りないだろ」


 誰かが呟いた、人的戦闘力の不足はもっともだ。協同する国境警備隊(JBP)は国土交通省の外局の一つで、独自の装備調達によって、装甲歩兵戦闘車や軽装甲車を保有する準軍事組織だが、今作戦においては一個班しか参加しない。これは陸軍で言うところの一個小銃分隊に相当し、戦力としては宛に出来ない。非公式作戦であるため、大型の装甲車両の参加も期待は出来ない以上、小銃手五名程度の増員。SISの軍事工作官は基本的にSISの情報工作官の護衛であって、戦闘になったならば宛に出来ない。作戦参加の優達は、予定では八名だったが、重要な戦力の二人が帰国。三角と西谷の不在が存外大きい。


「人手不足はいかんともし難いな」


 一之瀬が自分の自動小銃を準備しながら独り言る。


「剱持さんに具申したら、本国から二名だけ人を寄越してもらったらしい」


 独り言に真鍋1曹が答えた。最初に反応したのは春原3曹だった。


「誰?」


「暇なやつだろ」


「鷲見とか南条さん?」


「南条さんは無いだろ。あの人来たら最高だけど、忙しいだろうし。まあ、鷲見は暇だろうな」


「暇なやつなんか居ないだろ」


「そりゃそうか」


 常に実務と訓練に追われる特殊部隊に、暇人など居ない。残余の手余り人員が居るとすれば、訓練に参加せず事務仕事も処理した、己の義務を果たした勤勉な隊員位のもの。そんな人員が今の対外作戦班に存在するかと言えば、否だ。


「結局誰が来るんです?」


「ああ。それは────」


 自前の狙撃銃に弾倉を挿して、半装填状態にした優の問いに、真鍋1曹が答えようとした時、部屋のドアが開き、快活な声が飛び込んだ。


「俺っ、参上!!」


「千葉ちゃん!」


 自信に満ちた切れ長な三白眼と、厳つい左顎からの縦傷の、鼻筋の通った二枚目は、対外作戦班の若手エース、千葉英次2等軍曹その人だ。


 防弾ヘルメット(MICH2002)のNVマウントにPVS15暗視装置を固定していた春原3曹が、英次の顔を見るなり喜色を示す。そんな春原に笑顔で答えた英次は、既に装備を整えて、何時でも仕事に取り掛かれる状態だ。


 優は英次に無言で挨拶し、英次もそれに力強く頷いて答える。


 信頼が確立された親友は得難いものだ。数少ない優の交友関係にあって、英次は特別な位置にある。それは英次の中でも同じだろう。


 彼らの間に、言葉は要らないのだ。


「俺の相方は?小林?一之瀬さん?それとも優か?」


「お疲れさま。出迎えが無くてすまなかったな。英次の相方(バディー)は小室伍長だ」


「よろしくお願いします」


「よろしく」


 小林とは反対側の部屋の隅で、無言で黙々と無線機を弄っていた小室伍長と英次が固く握手をかわす。西谷と三角が抜けたことにより、彼らの編成は大きく変わった。西谷とバディーだった小林は、同じく三角とバディーの一之瀬と組む。実質捕虜として監禁中の木村穂波の監視に青井と下山1曹が引き抜かれた現状、バディー不在は小室伍長と優だ。


「ってことは、もう一人は優のバディーか」


「あと一人は誰?」


「それならすぐ来るぜ」


「私よ」


 英次が開けっ放しのドアを示すのと、もう一人の補充人員が、ドアの影から現れるのは同時だった。


 飾り気のないストレートのミディアムヘアと、少し高めの身長の、女性隊員。執務室においては優の隣のデスクである2等軍曹は、優が普段愛用するのと同じ自動小銃SR-16を携えて、優と同一の防弾装備(プレートキャリア)を装着して、ニコリともせず、入室する。


「あ、早瀬さんじゃないっすか」


 壁際の小林が言った。


 見方によっては不機嫌にも見える表情の早瀬巴2等軍曹は、部屋の面々を見て安堵したように息をつき、薄く笑みを浮かべる。


「久しぶりね。私のバディーは?小林?」


「自分は一之瀬さんとです。早瀬さんは篠崎さんとバディーです」


「よろしく」


 本国から空軍の定期便で追送してもらったSR-25狙撃銃の、のっぺりとした銃身に、減音器(サプレッサー)を装着した優は、立ち上がり、巴に握手を求める。変化に稀薄な表情はそのままだが、彼なりの誠意の現れだ。


「よろしくお願いします」


 差し出された左手と変化の無い表情を一瞥してから、巴も笑顔で答える。


「これで全員揃った」


「相変わらず、人数には不安がありますけどね」


「正規軍相手じゃないんだから、ヤクザ相手なら勝てるでしょ」


「訓練されたゲリラだったら辛いけどな」


 ケタケタと笑う彼等は、作戦地域に入ってからも、ユーモアを欠かさない。草木も眠るような深夜の移動間、車内で簡単な任務説明を巴に行い、認識を統一させて、現地で再度SISの工作員から詳細な説明を受ける。会談は、村落から少し離れた、廃村で行う。


 待機場所とされた廃村の家屋の中を徹底的に清掃──盗聴監視機材の排除を行い、今時珍しい囲炉裏(いろり)を囲んで、時間まで交代で仮眠をとる。徐々に暖かくなってきた季節だが、夜は少し冷える。


「寝ないんですか?」


 防寒着を布団代わりにかけて眠る隊員達の中で、一人眠れずに起きてドライフルーツのブルーベリーを摘まんでいた優に、縁側で夜空を眺めていた巴が気付いた。警戒員として一人起きていた彼女は、数分前からずっと空を見ている。


「車で寝すぎた。そっちに行っても?」


 移動間、簡単な認識の統一をした後は、優は到着まで一切起きなかった。仮眠は十分すぎるほど取っている。


 首肯した巴の傍らに腰掛けて、優も空を見上げる。雲一つない快晴の夜空。新月の夜は星がよく見える。大陸の空気は澱んでいると言うが、国境沿いでも朝鮮の田舎は例外らしい。


「何か見えるか?」


「どこで見ても、星空はあまり変わらないと思いまして」


「そうか」


 星空を見上げる美麗な横顔。


 暗がりでも、彼女の黒髪は輝いて見える。


「何を食べてるんですか?」


「ブルーベリー。目に良い」


 「食べる?」とジップロックに入れたブルーベリーを差し出すと、彼女は数粒取って、口に含んだ。


「甘っ……」


「果物だから」


 ドライフルーツとは往々にして甘い。巴には甘すぎたようだ。傍らにおかれたチタン製のコップに淹れた、僅かに湯気が昇るコーヒーを一口含んで、口腔を洗う。


「飲みます?」


「作ってきたやつ?」


「出発前に淹れてきました。粗挽きのホット」


「いただこう」


 カバンから出してた保温ポットに付属された蓋を兼ねたコップに注がれたコーヒーは、いれたての香りがする。 一口含めば、その味の良さはインスタントでは味わえない本物と分かる。


「美味いコーヒーだ。ありがとう」


 礼を言いつつ巴を見ると、彼女は一瞬驚いた様子を浮かべてから、クスクスと声を殺して笑った。







「なぜ、金龍は話し合いに応じたんでしょうか……」


 SIS情報工作官である蒲原に、剱持は疑問を投げ掛ける。


 作戦地域から離れた国境警備隊の分屯所の一室は、快適な設定の空調に反して居心地が悪い。陸軍の人間が剱持以外には居ないからだろう。


「組織の要求が変わったのでしょう」


 胡散臭い笑みを浮かべる蒲原。中年男の嫌らしい笑みだ。


 それまで一切話し合いに応じなかった金龍が、何故今になって話し合いに応じたのか。組織の拠点襲撃や流通網への介入及び遮断などの工作活動は、数年単位で行っていたが、頭目の(キム)泰愚(テウ)の娘を拐った程度で、組織としての方針が変わるとは考えづらい。長年の工作が実ったとも言うが、それまで一切変わらなかったのだから、急な方針変換はまずないだろう。


「そんなに急に変わらないのでは?そもそも、娘を拐われたMr.ドラッグが、一切表に出てこないのも可笑しいのでは?」


「変わりますとも。陸軍でもあるでしょう。頭が変われば、指示も変わります」


「幹部の入れ換えがあったと?」


「粛清と言うのが正しいですかね。不要は切るのが金龍です。我々の工作活動に対処出来なかった幹部会のメンバーを対象にやったみたいですよ」


 独裁者の手口はいつも一緒ですね。蒲原は嗤うが、剱持は笑えない冗談だと一蹴(いっしゅう)する。スターリンもヒトラーも、代表的な独裁者とは、往々にして厄介だ。


「内部に情報提供者が?」


「良識有る友人は何処にでも居ますからね」


「その友情が本物なら安心です」


「心配は分かりますが、信用できる情報です」


「では(キム)泰愚(テウ)は?何故未だに情報が出てこないのでかす」


「…………」


 不要に部下を危険にさらしたくはない。蒲原は無言。剱持の不安は解消されず、しかし時間は経過する。








「美味いコーヒーだ。ありがとう」


 言われた一瞬驚いたが、既視感は巴にイラクの一場面を思い出させた。彼は客人扱いの同乗者で、巴はホストの分隊長。彼はイラクでは名の通った狙撃手で、一杯のコーヒーを求めて夜中に起こされた。


「ラマディの時も同じこと言ってましたね」


 当時は安眠を妨害されて苛ついたが──。


「……そうだった?」


 今度は彼が驚く番だった。目を丸くして巴を見てから、不意に表情が薄くなる。イラク派遣時に市街地防衛戦を共にした、第1戦闘偵察連隊のエーススナイパーも、どうやら記憶に残っていたらしい。


「ええ。そうでした」


 くつくつと笑いながら、巴は自分のコップに二杯目を注ぐ。


「覚えていたんですね」


「一度会って話せば忘れない」


 そうだった。巴も優も、そういう仕事に就く業界人だ。この業界は、望まざると人を覚えてしまう。


「そうでした。でも──」


 ──光栄です。


 巴の言に、優は同意するように頷く。


 他人に認められるのはいいものだ。特に芸に秀でた実力者に認められるのは、最良と言える。


「イラクでの話は聞きました。無線機を聞いた時は不安になりましたが、無事に帰還したと聞いて安堵しました」


 ほのかに空気が暖まったのを見計らって、話題を切り出す。空気を重くするのは承知だが、言わずにはいられなかった話題の

一つ。これだけは、彼に言わなければならなかった。


海老原(バディー)は助からなかった」


 優の表情に変化はない。いつも通りの、憮然とした無表情だが、雰囲気が多少暗くなったように感じる。


「それでも、あなたは生きています。あなたのお陰で、私達は楽ができました。殉職されたバディーの方は残念でしたが、私はあなたが生きていて救われた気持ちです。こうして直接お礼が言えます。ありがとうございました」


 言う機会は何度かあった。同じ執務室で隣のデスクなのだから。


「……帰国後の叙勲式でも会ったな」


 言えなかったのは、単に切っ掛けが掴めなかったから。


「気付いてましたか。本当は、あの時は挨拶に行こうとしたんですがね……」


 篠崎優と言う人は、声をかけづらい雰囲気があった。


「お互い主賓で暇ではなかったから仕方ない」


 巴は功八級瑞宝章と功七級青色桐葉章を、優は功五級金鵄勲章をそれぞれ同じ日に叙勲した。軍人の初叙に関する規定が階級を省いた功労を重視した基準に変更されてからと言うもの、下士官や兵卒の受勲者が増えた。優や巴も、階級や年齢に比して、(はい)する勲章が高級なのは、この基準のためだ。


「ああいう場は初めてでしたが、肌に合いませんね。落ち着かなくて苦手です」


「確かに下士官には慣れない世界だな。次があったら会食は辞退しよう」


「そうですね。知人だけの細やかな祝杯が良いです」


「早瀬に次があったなら、その時は上質なボトルを奢ろう」


「なら私も、篠崎さんの次の時は、美味しいモノを一つ」


「それは良い。お互い楽しみにしておこう」


「そうですね」


 彼は意外と、話してみると悪い人ではない。


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