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セルツェ   作者: でるた
幽霊
22/29

-12-

誤字等は後日なおします

「では、携帯電話をお借りしてもいいですか?」


 女性警察官を名乗る石橋は、親近感の抱ける微笑みを浮かべて要求した。


 運転席の女性的な容姿の秋山と呼ばれた男が、車内のドアを全て施錠し、助手席で柔和な表情を浮かべていた赤坂は、いつの間にかノートPCを取り出し、慣れた様子で操作している。


 あからさますぎる彼女らの変化に、木村穂波は警戒心を露にしたが、石橋は初見から変わらぬ笑みで見つめてくる。


「な、何故ですか?」


「捜査に必要なんですよ」


 おずおずと、鞄から携帯電話を取り出すと、石橋は無言の微笑で手を差し出してくる。奪い取ることもなく、あくまでも穂波の自主性を尊重してくるのは、何か意味があるのだろうか。


 しばしの逡巡(しゅんじゅん)の後に、穂波は携帯電話を手渡した。


「ご協力に感謝します」


 石橋は満開の笑みを見せて、受け取った携帯の画面ロックを解除させて、赤坂にそれを渡す。


 同時に秋山がギアを入れる。


 ノートPCに携帯を接続し、何やら操作を始めた赤坂の手元は見えないが、一瞬見えたノートPCの画面には、ダウンロードバーが見えた。


「あまり不安がらなくても大丈夫ですよ。悪いようにはしませんから」


「言うことを素直に聞けばな」


 運転席の秋山が初めて言葉を発したかと思うと、車が動き出した。法定速度を大きく超過しているのは、免許証を持たない穂波でも分かる。


「な、なに!?」


 驚きに悲鳴を上げて、逃げ場を探すが、走っている車に逃げ場など無い。ドアにはカギがかかっているし、内側のドアロックは操作できないように破壊されている。窓も同様に、あるべき場所にスイッチがない。


「暴れないでくださいね?私も手荒なことはしたくないですから」


 車は停止することなく、標識や表示を無視して国道に出た。


「ダウンロードが終わった」


「GPSが怖いですから捨てましょうか」


「SIMカードだけ捨てとけ」


 石橋と秋山が賛同するように頷き、赤坂が穂波の携帯に入っていたSIMカードを二つに砕き、窓の隙間から投げ捨てる。


 穂波の携帯はGPSによって自己位置を両親に定期的に送信しているが、それはSIMカードが生きていればこそだ。穂波は一瞬だが、携帯の中のアプリ等のデータを最初に心配したが、GPS機能の事はついぞ意識しなかった。


「ど、何処に──」


「そんな慌てないで下さいね。ちゃんとご自宅には帰宅させますから」


「ふざけないで!何なのよ!こんなの誘拐じゃないですか!」


「そうですね。これでは誘拐ですね。あ、鞄も渡していただいていいですか?」


「嫌です!」


「一瞬で嫌われたな」


「信頼も一瞬で築ければ、失うのも一瞬とは……。警察手帳ってのは便利なもんだ」


「信用度なら大日本帝国(我が国)のパスポート並みだな」


「困りました……」


 笑う赤坂と無表情に言う秋山。石橋は眉尻を下げて困った様子を見せながら、僅かの黙考の後に、悪びれた様子無く言う。


「では、こうしましょう。渡さないと、二度と家に帰れないと言うのはどうです?」


「お、脅したって……」


「脅しだなんて……。脅しとは、実際にその手段を行使しないから意味があるんですよ。私は嘘はつきませんから、当然私が言っている帰れないとは、生きて帰れないと言う意味ではありません。生死は問わず、どんな形になっても帰ることが出来ないと言う意味です。死体には使い道が多いので、無駄無く有効利用しますから。あ、ドナーカードとか有りますか?出来れば希望通りに社会の役にたちたいでしょうから」


「…………」


「自主積極的な協力に感謝します」


 美少女と言って差し支えない石橋の裏表ない笑みに毒気を抜かれそうになるが、穂波はこの短い間で、彼女を一切信用できないと理解した。


 いや、彼女だけではない。車内の三人は、間違いなく警察官ではないだろう。


 穂波は昔見たアクション映画の、敵役を思い出した。主人公を拘束した敵は、手際よく連絡手段を奪って、あらゆる手段で尋問するのだ。彼女らの手慣れた手腕は、それを彷彿とさせる。映画では主人公の仲間が救出しに来て、ご都合的なヒーロー補正で敵を倒していたが、現実は非情で、穂波は主人公でもヒーローでもないし、頼りになる仲間もいない。


「降りてください」


 京城府の郊外を一時間程走った車は、穂波の知らない建物の中で止まった。恐らくは廃棄された工場であろう。剥き出しの鉄骨や屋根板には、錆や(つた)や染みが目立つ。窓ガラスは砂塵や風雨で酷く汚れ、ヒビや割れが目立つ。


 恐らく京城府を出てしまっただろうが、土地勘がない地域では、概ねの位置すらわからない。


 石橋に促されて車を降りた穂波は、その場の埃っぽさに顔をしかめた。


 見た限りでは、彼女ら四人以外に人影は見当たらない。


「ついてきてください」


 石橋に促されて、数歩後を歩く。


 僅かながら逃げようとも思ったが、背後に続く赤坂を見て、その意思は砕かれた。


 石橋に追従して歩くこと数十分。一体何処へ連れていくのかと警戒を強めた頃──警戒したところで何も出来ないのだが、目的地に着いたらしい。そこは窓がない、薄汚れた部屋だった。椅子が二脚と机が一つある部屋だ。申し訳程度に、ベッドマットが床に置かれている。


 一つしかない入り口から入り椅子に座らされると、石橋だけが部屋に残る。


 石橋は、穂波の前に机を挟んで座った。


 部屋のドアが音を立てて閉まった。


「暫くこの部屋で生活してください。必要な物があれば、可能な限り揃えますし、食事もトイレもちゃんとありますから。基本的には部屋の中でなら自由に生活していただいて結構です」


 出会ってから微笑みを一切崩さない石橋は不気味だ。言葉遣いだけは丁寧だが、行いは常軌を逸している。


 ここに来て、恐怖と言う感情が、穂波に襲いかかった。








 今任務での偽名である秋山を名乗る篠崎優2等軍曹は、木村穂波を拉致した足で、京城府警察本部へと向かった。盗難車両にSISの偽造ナンバープレートを着けたシルバーのセダンを警察署の駐車場に堂々と停めて、剱持大尉から預かっている書類の入ったビジネスバッグを掴む。


 西陽が強くなってきた時刻。ポリスのサングラスをかけて、スーツのジャケットのボタンを外し、ガラスの反射で軽く身嗜みを整えてから、正面から堂々と立哨の脇を通って警察署に入る。


 広めに作られたエントランスの署内案内板を確認。


 警察署の中は、対テロ対策で構造や案内が不親切なことが多い。無記名の部屋が多いのも、民間人を立ち入れさせないための措置であり、知られてはならない物があるから。


 非常口の場所や階段の位置を一瞬で記憶し、部屋の防犯カメラや警備の位置を目で追うのは、習慣化された最早癖のようなもの。


 案内板の地図を頭に暗識(あんしき)し、それでいて受付に歩む。


特務情報局(SIS)の者ですが、先日の銃撃事件でお話があります。担当の方はいらっしゃいますか?」


「し、少々お待ちください」


 SISの名前は公安や軍には強い。平の職員や兵士ならば、まずもって判断に困り上司を呼ぶか、ネームバリューに負けて要求を飲んでしまう。事前のアポイントメントが無かろうと、お役所勤めの人間は比較的あっさりと通してくれるものだ。何より、昨今世間を賑わせる事件に関連しているならばなおのこと。


 受付にいた中年の巡査部長は、奥で暫く何事か上司と話した後に、上司と共に戻ってくる。


「SISの方と言うことですが、事前のお約束等は──」


「していません。急ぎですので、場所さえ教えていただければ此方から向かいますが」


「いえ、只今確認しますのしばらくお待ち下さい」


 SISと言うだけで、その人の役職や階級も知らない若者に、上司の警部はあくせくしている。誰も、他所の組織の内情までは知らないものだ。


 SISとは言うが、優の立場はその指揮下で活動する陸軍下士官に他ならない。何かあれば、責任の一部をSISが肩代わりしてくれる以外、何も権限は持っていない。言うなれば、虎の威を借っているだけなのだが、差し引き無しで使える威ならば、遠慮なく使ってしまったほうがいい。


「SISの連絡員とはお前か」


 受付で待たされること十分少々。横から不意に声をかけられた。


「はい」


 横柄に優を呼んだのは、スーツを着用した壮年の警察官だ。


「ついてこい」


 キャリア組のエリートなのだろう。姿勢良く歩く姿に、家柄の良さが伺える。後を追従しながら、陸軍ならばどの階級に該当するのか漠然と考える。


 連れられたのは、まさしく優が要求した通りに、捜査本部の置かれた会議室だった。現在までの捜査で判明している情報が掲示された白板の前で話し込む警察官達の中に、その人はいた。


 連日の暴力団関連の事件に起因する忙しさを肌で感じられる捜査本部。事件に関与した男が、まさか歩いてでむいてくるとは夢にも思うまい。


「お連れしました」


 優を引率した男が言った。


 白板の周りに居た男達が、一斉に優を見た。







 松岡光彦警部補は、国内のテロや犯罪の守護者の頂点たる公安警察で、暴力団対策に熱を燃やした時期があった。今でこそ京城府警察本部の刑事だが、その手腕は見事であったと、彼の同僚はいう。


 国内の公安警察、国外の対外情報局、と言われる程度には、公安警察の権限は国内においては大きい。しかし、同時に国外に関しては、ほぼ一切の権限がない。有っても、それには膨大な手続きを要する。公安警察はあくまでも国内の警察機構なのだ。


 松岡は、今日半島に暗い影を落とした件の事件に関して、SISから連絡員が派遣されてきた事で、成る程捜査が行き詰まるのも頷けると、合点がいく思いだった。同時に重大な越権でもあると腹も立つ。


 国外活動に多大な制約と権利の少なさがある公安だが、SISもまた国内活動に関しては権利が無いに等しい。活動には公安または警察庁が任命した警察官の立ち会いが必要だ。その制約(ルール)を無視したSISの越権に、件の組織は今更ながらの謝罪と進行中の現任務(オペレーション)への捜査員の派遣、及びSISが逮捕拘束している国内犯罪に関与した重犯罪人の身柄引き渡しを提示し、公安はそれを承諾。同時にSISからの拘束中の二名の職員の釈放要求に、事件解決を警察機構の手柄とすることで合意した。納得いかない現場で働く松岡達だったが、悲しいかな、組織に所属する以上は、命令により行動しなければならない。一部反発していた者も、守秘義務とSIS連絡員の冷たい微笑に尾を隠した。


「上に確認をとった。留置中の二名を釈放する」


 捜査本部長の一言は、捜査本部が置かれた会議室に、異様によく通った。


「ありがとうございます。(わたくし)どもSISと致しましても、このような不手際の再発防止に勤めると共に、公安委員会との良好な協力関係構築に一層努力して参ります」


 白々しさよりも清々しくすら感じる、開き直った定型文。捜査本部長が散々嫌味を言ったところで、柳に風と受け流し又は無視した図太さを持つ、無神経とすら言える態度。一般に連絡員や調整役に宛てられる人物とは、その組織の要求や意見を代表して伝えるため、それなりに信用の置ける実積と職責の有る人物が当たるものだ。まだ若年の彼も、それに類する人物の筈だが、SISは組織間の調和を望んで居ないのだろうか。


「我々警察としても、良好な関係を作りたい。此方から派遣する捜査員は上と協議した後、決まりしだい連絡する」


「早急な連絡をお待ちしております」


「誰か、彼を案内してくれ」


 捜査本部長の言に答えた暴力団対策部長は、短く松岡を呼んだ。


「松岡」


「はい」


「彼を応接室に案内して」


「分かりました。どうぞ此方へ」


 営業スマイル(微笑)を浮かべたままの連絡員を伴って、暴力団対策部の隣部屋にある応接室に案内する。


 松岡はSISの職員や工作員を見たことがなかったが、SISを知る仲間は誰しもが口を揃えて、見た目は普通の日本人だったと言う。刺々しい事もなく、有りがちな殺伐とした雰囲気も無い。街中に溶け込み、自然体で人付き合いの良さそうな、善良な人々だったと。


「あれがSISの連絡員ですか?何か想像してたのと違いますね」


 と言うのは日高だ。暴力団対策部の部屋から羽目殺しの窓を隔てた、ドア一枚で行き来できる応接室を、ブラインドの隙間から覗く日高は、期待外れだとぼやく。彼の中のSISがどんな存在かは知らないが、想像したのは、きっと軍事工作員か何かだろう。捜査本部に居なかったため、後から話を人づてに聞いた日高は、あの連絡員の厚顔無礼な態度と図太さを知らない。


「綺麗な(ヒト)ですね」


「男だぞ、あれ」


「え!?」


「女みたいに振る舞ってるけど、男の仕草かも混ざってる。それに背広きた女なんていないだろ。それより、板東達をつれてくるぞ」


「そうっすよねー…………。折角の重要参考人だったのに」


「変わりに過去の未解決テロ事件の犯人と関係者と情報を引き渡してくれるんだ。ただで釈放しないだけましだよ」


「けど、その未解決事件って時効ですよ?そんなん今更っすよ。逮捕したならその時点で引き渡ししろって感じっすね」


「時効だろうと使い用はあるんだ。それに、SISは別で情報が欲しかったんだろ。国外テロリストとの繋がりとか、武器の入手敬老とか。情報開示じゃなく、当事者と情報くれるなんて、奮発してるほうさ」


 同所内の留置場に向かい、勾留担当の職員に二人の釈放を伝える。既に職員にも話が通してあったようで、余計な詮索も無くすんなりと手続きは終わる。同時に、留置の際に採取された個人データが、警察庁のデータベースから削除された事を知らされ、雲の上の話だと思っていた、公安委員会も巻き込んだ組織間の取り引きが事実である事を理解し、急に実感が湧いてくる。


 留置場の狭い檻の中から連れ出された、ここ数日で見慣れた男女二人は、互いに顔を見合わせてから、松岡と日高を見つめて、ニヤリと口かどを上げる。


「やっと釈放?」


「意外と長かったですね」


 勾留時に着ていた私服に着替えた二人は、どう見ても荒事の世界を歩く人種には見えない。


 連絡員の男もそうだったが、SISとは案外こういった一見して分からないような風貌の人々が、工作員として選ばれるのだろうか。様々な国や地域の雑踏とした中に溶け込み、自然な装いで工作活動に当たるには、確かに利にかなっているのだろうか。


「で、迎えはどこ?」







「遅かったじゃない」


 再開して、最初に彼女が言った言葉に、優は薄く苦笑を浮かべた。


 檻の中に居ても、憎まれ口は健在か。


 留置から解放された三角と西谷の表情は面白いほどに正反対だが、内心は共通しているのは理解しているため、優は何でもないとそれを許せる。何せ、篠崎優本人は、ただ言われた通りに手続きを踏んだだけなのだから、彼にかかる苦労は微々たるものだ。強いて何か苦労をあげるなら、多数の警察官からの憎まれ口や酷い侮蔑(ぶべつ)の視線を受けたぐらいのものである。


 今だって、彼の背後には、(くだん)の事件の捜査関係者が、忌々しげに三人を睨んでいるのだ。


「色々話は有るんでしょうけど、先に帰る準備でいい?」


「ああ」


 勾留間取り上げられていた私物品が、京城府警察本部の所轄警官から返されるが、拳銃やナイフといった武器に関しては、優が預かる事になっていた。剱持大尉からの指示である。警察に対する見せの部分が多分に含まれるが、二人には大きな罰則(ペナルティー)となる。特殊訓練を受けた彼等はペンの一本で人を殺せるため、攻撃手段としての武器は素手でもいいが、自衛手段として考えた時には、それらが無いのはあまりに頼りない。


「拳銃は暫く預かる。二人はこのまま、空港から一番早い便で本土送還だ」


「そういう事ね…………」


「まあ、ですよね……」


 武器が無い二人は、積極的に攻撃的な行動は取れず、また自衛の面では明らかに手段が限定されるため、大人しく指示通りに守られながら動くほか無い。


 剱持が二人を信用していないのではない。二人が優れた工作員故に、こうして無害化しなければ、その他の関係機関が安心しないのだ。剱持大尉は二人を現場から外す決断をしたのも、これが一因に含まれる。ただし、一番の理由は矢張敵に二人の情報が入手された可能性が大だからだろう。


「落ち込むな。帰っても完全に任務から外れる訳じゃない。裏方でサポートしてくれ」


 落ち込んだ様子の二人に、軽薄な励ましの言葉を送る。


 二人は今回失敗した。


 一人の失敗(ミス)が重大な事故(ミス)に繋がる彼等(レイス)は、誰もそれを慰めたりはしない。










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