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セルツェ   作者: でるた
幽霊
21/29

-11-

 京城府警察暴力団対策部は、一昨日から眠ることを忘れて、捜査員が忙しなく動き回っていた。朝鮮半島最大の指定暴力団である旭真会の本部が所在する京城府は、暴力団が関わる事件が頻発する。近年では、中国や東南アジアに活動拠点を置く密売組織『金龍(ジンロン)』の進出による組織間抗争により、治安の悪化が甚だしい。連日にわたる金龍(ジンロン)の事務所への銃撃事件や構成員の射殺事件は、抗争によるものとされている。


 だが、捜査本部が置かれた京城府警察本部の刑事である松岡(まつおか)光彦(みつひこ)警部補は、昨日銃砲刀剣()類所持等()取締法()違反で逮捕した男女を見てから、暴力団抗争の捜査路線に疑問を抱いていた。二人は同時に、一昨日に発生した旭真会系のクラブでの銃撃事件の容疑者としても浮上している。二人から押収された拳銃と実包の線状痕や口径が一致したが、彼らは黙秘を貫いている。所持していた物からも身分が分かる物はなく、名前と性別以外判明していない。何か言うとすれば、電話の許可を求めるくらいだ。


 警察庁から派遣された捜査本部長は、この男女を一連の抗争に関与した暴力団構成員として起訴したいようだが、京城府で長らく暴力団と戦ってきた松岡は、二人が構成員ではないと感じている。荒事に慣れた人間特有の落ち着きと暴力に対する抵抗の無さは纏っているが、暴力団の人間にはない毅然とした雰囲気を感じられる。何より強く感じられるのは、男から漂う同業者の臭い。公安警察と言われても、抵抗なく受け入れてしまいそうだ。


「松岡さん、例の二人組の銃、過去に三件の使用例が上がりました」


「なに!?」


 書類片手に、松岡のデスクに歩み寄って来るのは、後輩である日高巡査部長だ。


 日高は持っている書類の束から、ファイルを一つ渡してきた。松岡は奪い取る。


「警察庁のデータベースに今回の銃弾に残った線状痕を照会かけたら、女──板東でしたか?彼女の銃が国内の関連性の無い三件の事件で合致しました。東京、神奈川、大阪で、何れも未解決の案件です。平壌府の金龍事務所襲撃事件の被害者からも、同一の銃弾が検出されてたみたいです」


 ファイルの中身は、今回の事件に使用された銃の詳細な分析結果や、当該銃が使用されたと推測されている事件の細部資料が幾つか。


「男が使っていた銃は初犯か」


「それが、こっちも平壌府の事件で使われてるんですよ」


「どっちもか……」


「女の方は本島でも使われてますから、ヤクザと断定するには不可解ですよね」


 旭真会は朝鮮半島では確かに巨大なヤクザ組織だが、しかし本島へは勢力を伸ばしていない。そこには巨大ヤクザ組織間の不可侵協定があるからだ。旭真会は武闘派で知られるが、しかし本島の別組織と抗争をして不要な損害を出すような脳筋ではないし、旭真会が事件に関与した事例もない。


 ますます、事件は単純な組織抗争の路線から外れてくる気がする。


「どういう事だ?辻褄が合わない」


「はい。こちらが気付いていない第三の勢力がいるんでしょうか?」


「そうとしか説明できない。クラブで起きたの事件で二人は旭真会と銃撃戦をしているが、金龍の事務所の射殺体からも二人の銃弾が出ている。銃だけが一緒で別人の犯行とも思えないし……」


「クラブでの銃撃戦には少なくとも四人以上まだ仲間がいるはずです」


「乗り捨てられた車からは別に二種類薬莢が出てるしな」


「さっさと自供して(吐いて)くれれば楽なんですが……」


「口が固いのは何時ものことだ」


「地道な証拠品集めですかね……」


 犯罪捜査は常に証拠と証言集めからなるパズルゲームのようなものだ。ドラマのような劇的な推理なり、閃きなどありはしない。二人が重いため息が口をつくのも無理はない。


 日高の持ち込んだ捜査資料(ピース)がまた一歩、事件(パズル)の全景を浮かび上がらせる。資料一つで捜査の進展が左右され、はたまたひっくり返されるのだから、犯罪捜査とは面白い。ゲームは苦労するほど、終わった後の達成感が快感だ。仕事終わりのビールの味も、その瞬間だけは一層格別に旨いのだ。


 







 その日の朝も、彼女はいつも通りの日常を過ごしていた。


 起床、登校、夕方まで学校で授業を受けて、夜は予備校へいき、帰宅、就寝。木村穂波の日常は休日以外は概ねその通りに時間が流れるが、その日は違った。


 いつも通りに学校へと向かう通学路を歩いていたときだ。


「すみません、木村穂波さんですね?」


 唐突に呼び止められた穂波は、その女性を認めて不思議がった。大学生くらいの年齢、あるいは高校生かもしれないが、着なれた様子のスーツ姿は可憐な顔付きによく似合っていて不自然ではない。愛らしい、庇護欲のあるその女性は、徐に懐から、京城府警の警察手帳を見せる。


 下校する学生が多い通学路から、少し外れた予備校へ続く通りは、気付けば自分とその女性以外の人影がない。


(わたくし)こう言うものでして。お話を聞きたいので、少々お時間いいですか?」


 柔らかい物腰の女性は、柔らかな人当たりのよい笑みで穂波を促す。予備校の授業後まではまだ大分時間がある。多少ならば問題ないだろう。


「構いませんよ。予備校の時間までになりますけど」


 穂波は特に抵抗なく、その女性警察官に同行を許した。


「ありがとうございます。立ち話も何ですから、クルマでお話でもいいですか?」


 直ぐそこに停めているから。そう言って女性が示した先には、シルバーのセダン車が停車してある。暖房でもたいているのか、エンジンはかけっぱなしだ。


「狭いところですが、すいません」


 女性はドアを開いて、後部座席をすすめた。助手席側を塞ぐようにして壁ギリギリまで寄せたかたちで停車しるセダン車の前二席には、男性が二人。そのうち一人は性別の判断が難しい程中性的な容姿だったが、着ている服はスマートな紳士服だった。どちらもスーツ姿で、穂波を認めると助手席に座る肩幅の広い体つきのガッシリとした男が、軽く会釈した。


「木村穂波さんをお連れしました」


 穂波を助手席側に座らせた女性が、後部ドアを閉めて、鍵をかける。車内の雰囲気が一変した。穂波は知らずに拳を握って、じっとりと汗を浮かべていた事に気付くのに、暫くの時間を要した。


 運転席の男が大きくため息を漏らした。


 それが合図だったのだろうか。話は不意に始まった。


「木村穂波さん」


「はい」


 口火を切ったのは、助手席の男だった。男らしい、低い威厳ある声だ。


「本人確認のために、身分証か何か見せてもらえますか?出来れば生年月日が記載されている──」


「学生証なら」


「それで結構です」


 模範的な優等生は、学生手帳と学生証は常に持ち歩いている。鞄から取り出したそれは、隣に座る女性が柔らかく取り上げた。彼女は素早く学生証に視線を走らせ、助手席の男に短く頷く。


「ありがとうございます」


「本人で間違いないな」


「はい」


 女性が頷く。運転席の男が、ため息をついてハンドルの寄りかかった。


「初めまして、私は赤坂、運転席の彼が秋山、彼女は」


「石橋です。よろしくお願いします」


 赤坂と名乗った助手席の男は、穏やかな微笑で警察手帳を見せる。


「話しと言うのは、あなたのお父さんについてでして」


「父が何か?」


「木村さんなんですが、現在我々が捜査中の事件に関与、或は巻き込まれた可能性が浮上しまして──」


「お父さんが!?だ、大丈夫何ですか!?」


「こちらとしてもまだ、事実関係を調査中でして、本当に事件に関連があるのかはわかりません」


「お父さんの無実を証明して、早く保護したいのは私達の本心でして、捜査にご協力いただきたいんです」


「は、はい!私に出来ることなら」








 数分前に交わした松岡と日高の思いとは裏腹に、取調室の机を挟んだ向かいに座り、無言を貫く『板東はるか』と名乗る女に、松岡はため息を漏らした。


 金髪にブリーチした派手な見た目の女で、ピアスに指輪にチョーカーと、装飾品で飾っているが、どれもがパンクファッションに合わせた造形だ。美人と言って差し支えない顔立ちだが、その表情は人を小バカにしたように薄く笑みを浮かべている。


 胸元から左右に伸びる翼のトライバルタトゥーに目が行きそうになるのを堪えて、女の茶褐色の瞳を見つめる。


「こんにちは、板東はるかさん。体調とか、異常ない?」


「…………」


 穏やかな口調で語りかけるが、自らを板東と名乗った女は、一切口を開かない。それどころか、笑みを一層深く浮かべた。


「ご飯は?食べてます?」


「…………」


「昨日も聞きましたが、これは貴女の銃で間違いないですね?」


「…………」


 口をつぐんで開かない『板東はるか』の返答は期待しない。しかし話は聞いているようだった。


 松岡は構わず続ける。


「この銃で撃った銃弾が、過去に三件以上の犯罪に使用されています。心当たりは?」


「…………」


「黙ってないで何か答えろ!」


 立ち合っていた日高が声を荒げて机を叩く。刑事ドラマにありがちな行いは、筆記する女性警察官がビクりと肩を揺らした他、部屋の中への影響が少ない。しかし、『板東はるか』はため息をこぼし、呆れたように日高を見上げる。


「……黙秘権を行使しているだけでしょ。感情的に怒鳴らないでくれる?」


 黙秘をつらぬく板東が今日初めて話した。望まぬ言葉だ。


「黙秘ばかりだと困るんですよ。答えてくれないと、貴女がやってないことまで貴女の罪状に加えられるかもしれないですから」


「好きしたら?」


 挑発的に笑う女に、松岡の受難は当分続きそうだった。


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