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セルツェ   作者: でるた
幽霊
19/29

-9-

 西谷が久しく見なかった篠崎優2等軍曹の神がかり的な射撃に身震いしたのは、合流地点に示された地下鉄駅に脇目も振らずに駆け抜けていた時だ。


 駅まで残り二区画の地点で、彼らは敵に挟み撃ちにされる形で足止めされていた。民間人や警官の存在も構わず、ひたすらに三人を襲う短機関銃から発射される銃弾には、公安と事を構える覚悟が感じられる。手持ちの銃弾も残り僅かになり、いよいよ危機感が焦燥となりはじめた西谷は、道端に停められたセダン車のエンジンルームを盾に、辛うじて無傷でいた。


 小林は弾が切れたHK45CTをホルスターにしまって、手持ちぶさたに車の陰に隠れているし、三角もたった今弾を撃ち尽くしたようで、西谷の隣で深いため息と共に頭を抱えている。


「もうヤダー!帰りたーい!!」


 警察も及び腰で手が付けられず、敵も火力を弱める様子を見せななか、三角が弱音を吐いて投げやりに叫んだ数分後。いよいよ西谷のSP2022のスライドが前進するのをやめてしまうと、敵は射撃を止めて、彼らを追い詰めるように、慎重に距離を詰め始める。処刑を待つ捕虜の気分だ。


 いよいよ後数メートルで、執行人()の銃火にさらされ、刑が執行される。そんな折りだ。何の変哲もない型落ちした白のシビックが、激しいスリップ音と共に、刑場に乱入してくると、東側の5.45ミリ弾を使用する自動小銃特有の銃声が、ビル群に轟いた。


 東側規格の小口径の被覆鋼弾フルメタルジャケットは、目前まで迫っていた敵の背後から襲った。


「構わず走れ!」


 途切れた銃声。倒れる敵。響く優の叫び声。


 西谷と三角は、味方であるかぎりにおいては、優を全面的に信用している。走り出した彼らから僅かに遅れた小林は、数歩後方から追従する。


 運転席から身を乗り出した青井と、サンルーフから身を乗り出した優は、射線上にいる西谷達には構わず、発砲した。


 射撃訓練中に、的の横に生身の隊員が仁王立ちしているのはしばしば有るが、それは停止した的に限る。移動的に対しては、生身の隊員が仁王立ちしていることはまずないが、優の銃撃に躊躇いはない。


 西谷は、優を信じている。彼が出来るのは、一心不乱に、可能な限り真っ直ぐ走る事をだけだ。だから、自分の耳が時折拾う、被覆鋼弾フルメタルジャケットが作る風切り音は、決して(あた)るはずはないと確信して、シビックまでたどり着けた。


 後部座席の中央に立ちサンルーフから身を乗り出す優の左右に、挟む形で乗り込んだ二人。西谷の足元には、三角が今任務のために持ち込んだHK416が、弾倉がささったまま無造作に転がっていて、彼はそれを拾い上げると、薬室を確認して、直ぐ様射撃した。


「小林早く!」


 三角に急かされて小林が助手席へと乗り込むと、直前まで射撃していた青井は、何時の間にやらシフトを後退位置に入れていて、急発進で後進離脱させる。その際、緊張で息が上がっていた小林に、MP5A5を投げるように渡したのは、何事にたいしても丁寧で優しい彼女らしさがない。


 車は、暫くは前後反転したまま走っていたが、優が車内に降りると、見計らった様に、走行したままタイヤを擦り付けて反転、本来の前進状態に戻った。


「助かったわ。ありがとう」


「ほんと助かりました」


「大した事じゃない」


 そう言って、熱を持ったAKS74UNの弾倉を替える優には、照れ隠しも気取った様子もなくて、彼からすれば本当にさしたることもない出来事だったのだろう。味方と重なった敵を味方に中るかもしれないと躊躇することなく撃ったり、揺れる車両から動く敵を撃ったりは、優の中では頑張ってようやく完遂する行為では無いのだろう。


「俺は一之瀬(一さん)とこ寄ってから向かう。お前らは青井と直で剱持さん達と合流しろ」


「やっぱり、あのホテルは撤収?」


「SISの息がかかってないホテルだからな。あそこで揉め事があったらホテルに迷惑だ」


「一応配慮はするのね」


「剱持さんが気にするからな」


「あんた相変わらず剱持さんには従順なのね」


 三角の言に優は答えない。彼は自分の答えづらいことと知られたくない話題には、いつも閉口してしまう。この話も、彼には都合が悪いのだろう。






 優が途中下車して、作戦本部として使用するSISの秘密基地にて真鍋達と合流したことで、ようやく彼には安堵した。真鍋達は目立った抵抗にも遭遇せず、至って平穏な帰路に着けたらしい。


「無事で何より。一之瀬と優も撤収を終えてこちらに向かっています。疲れただろうから、ゆっくり休んでください」


 丁寧にも、出迎えたのは作戦責任者の剱持大尉だった。表情の読みづらい微笑みは、心なしか明るい笑みに見える。


 SISの秘密基地とは言うが、外観は国立の総合病院だ。職員専用のエレベーターで、特別な許可があるもののみが立ち入り可能な地下に降りると、SISの施設に繋がる。主に、特別収容施設として用いられ、非合法な尋問や身柄の拘束が行われ、SISが拘束し、行方不明となった人物の四割はここで拘束されたか、処分されている。余談だが、処分された中で、健康な個体は臓器ドナーとして有効利用されている無駄の無さは、地球に優しく、何も知らない無垢な人々の健康に貢献している。


 剱持大尉が出迎えたのも、病気の看護師に扮したSIS職員に先導されて地下に降りた、エレベーターホールだった。


「氷室はどうなりましたか?」


「現在取り調べ中ですが、協力的ではないですね」


「見ていっても?」


 と言うのは青井美空2等軍曹だ。特殊戦技教育や特殊作戦教導隊で行われたパルチザン交渉や尋問訓練では、教導官にスカウトされる程に、交渉事や捕虜尋問は得意分野らしい。らしいと言うのも、それら訓練を実施している彼女を、誰も見たことがない上に、見たものも話そうとはしないのだ。


 剱持大尉は一瞬考える素振りを見せたが、その決断は即決に近かった。


「許可します。可能なら青井に尋問を変わってもらうかも知れませんね。三角も一応来て下さい」


 見学が許されたのは、氷室と直接話をした三角と、期待の新人青井だけだ。


 西谷達と別れて、青井と共に剱持の後を追随せる。すれ違う人は少なく、壁はクリーム色で床はライトグリーン。目に優しい配色は、しかし国家の敵には優しくない。廊下に並ぶドアは全て閉めきられたもので、標札の類いも一切ない。ただただ同じ光景が続く中で、剱持が入った部屋の中は、照明が落とされ、壁に嵌め込まれたマジックミラーから射し込む光以外に、光源となりうる物は、ホタルスイッチの緑光のみ。


 マジックミラー越しに見る尋問室では、正に今、三角達と会談した時よりも老け込んだようにやつれた氷室が、レイスの隊員に殴られているところだった。顔は腫れ、鼻血が首まで濡らし、歯も欠けた氷室からは、ふでぶてしさが薄れていた。


「短時間でよくやるわ」


 真鍋達が氷室を連行してまだ二時間経っていないが、短時間でも人の顔が造型を変えられるのには十分な時間だ。


「目が生きてますね」


「強い精神を持っていますよ、彼は」


「些細な情報と物があれば、心は簡単に折れますよ」


「やってみますか?」


「いいんですか?」


 一瞬、青井の目に剣呑な光が宿った。








 三角は断言してもいい。尋問室に入った青井は、それはいい笑顔だったと。


「こんばんは、初めましてですね」


 尋問室は殺風景な部屋だ。部屋全体が無機質で武骨な灰色のコンクリートが剥き出しになっていて、無駄に深く作られた洗面台や、何のために使うのか理解したくない拘束用バンド付きの手術台の様なベッドや、分厚い防弾ガラス越しに一方的に観察されるマジックミラーの他は、スプリンクラーと部屋の隅の小さな排水口と水密扉にも似た(いか)つい出入口だけ。


 青井の尋問が始まったのは、優と一之瀬が無事に撤収して、秘密基地の病院地下に降りてきたしばらく後だった。一息入れながら尋問でも見学しようとしていた優に、青井が補佐を頼んだ時は、流石の三角も彼に同情した。


 その中央で、四つ足の鉄製の椅子に手足を手錠で括られ、自由を奪われた氷室は、新たに現れた青井と、その補佐として入室した優を、やつれた顔の中に有って、しかしまだ生気を感じる力強い瞳で怨めしげに睨み付ける。


「最初に自己紹介をしましょう。私は青井で彼は篠崎。あなたは氷室さんで間違いあませんね?」


 氷室は無言だったが、青井は構わず続ける。返事などどうでもいいのだろう。


「今からいくつかの質問をしますから、知っていることは、正直に答えてください。この場での証言次第で、あなたの今後の扱いが変わってきます。──先程あなたを担当していた二人は暴力的だったようですね」


 氷室の表情に険しさが増す。青井は浮かべた微笑みを深い笑みに変えて続ける。


「安心してください。自分で言うのも可笑しいですが、私は温厚な方ですから。殴ったりして怪我をするのも嫌ですしね」


「どうだかな」


 口の中が切れて居るのだろう。白い床に血が絡んだ唾液を吐き捨てた氷室。腕組みして傍観する体勢を取っていた優はそれが気に入らないようで、眉尻がピクリと動く。


「私が暴力的に見えますか?」


「人は見かけによらない」


「あなたのように……ですか?」


 「少し調べました」。そう前置きして、彼女はバインダーを見せる。SISにかかれば、数時間で個人情報は粗方手に入るし、二日で秘密も暴かれる。この場合において、大日本帝国憲法はその効力を発揮することはない。特務情報局(SIS)の法を逸脱した活動を、対外作戦班(4th-Wraith)同様に政府は黙認している。


「中々使える情報ばかりですよ」


 氷室は状況を理解していない様子だが、青井は構わず続ける。


「四人家族なんですね。京城府出身で両親は夫婦で不動産を経営していて……あぁ、妊娠八ヶ月の妹さんが居るんですか。幼い頃から大層妹さんを可愛がっていたそうで。異性関係は……クラブ愛の一番人気と恋人関係ですか。写真を見る限りお綺麗な方ですが、今日は出勤なさっていなかったんですね」


 ニコニコと、いっそ爽やかとすら言える微笑みを浮かべて、つらつらと書き込まれた情報のほんの一部に目を通す青井は、そこで一度氷室を見つめて、満面の笑みを見せる。


 情報の上辺だけでも、氷室は青井が言わんとする事を理解した。悪かった顔色は一層血色悪くなり、蒼白を通り越しそうであるが、それでも彼は頑なに口を閉ざす意思を見せる。


「私がその気になれば、貴方の大切な物がどうなるか分かりますね?」


「だから何だ!俺が貴様らに屈するとでも思ったか!何が温厚だ。この悪魔め!」


「いいえ。私も貴方が簡単には口を開かないと分かっていますから。こんな手段もありますと言うデモンストレーションの一貫です。ただ、見せたいものはまだありますよ……」


 優に視線を向けると、彼は頷き、携帯電話を少し操作して、氷室に液晶画面を見せる。


 そこに写るのは、ボロボロと大粒の涙で泣き腫らした顔の、綺麗な女性を映したカメラ通話の画面だった。明るい茶髪は乱れ、着ていた薄い部屋着も乱暴に破かれて下着が見え隠れしているし、細身ながらぽっこり膨らんだ腹部から、女性が妊婦とわかる。恐怖に体を硬直させた女性の頭には、武骨な軍用拳銃が突きつけられている。


「これ、誰だか分かりますよね?貴方が私の質問に正直に答えて頂ければ、彼女は無事に解放しましょう。ですが、少しでも私達に非協力的であれば、その都度、彼女の爪を剥がします。十本剥いだら、次は指を折ります。折ったら次は切断します。その次は同じ要領で足の指を。次は歯を折りましょう。さあ、私達の質問に正直に答える気になりましたか?」


「ふざけるなっ!!こんな事をして楽しいのか!妹は関係ないだろ!!」


「楽しいか楽しくないか、それはどうでもいいんです。必要だからやるんです」


 唾を撒き散らし噛み付かんばかりに吠えた氷室だが、その叫びは虚しくも、冷然とした青井と優には響かない。青井は席を立ち、氷室の背後に回りながら、鈴を転がすような声音で唄うと、背後から彼の耳元に口を近づけて囁く。


「それと、ふざけるな?関係ないだろ?ほざくな屑野郎。ヤクザ風情がパンピーみたいな戯れ言吐くな」


 その声音は、それまでの無垢な少女のそれではない。


 その声音は、酷く荒んだ醜女(しこめ)の如く淀んだ悪意に満ちていた。


 その声音で、彼女は囁きながら氷室の右人差し指の爪に、自らの爪を差し入れ、無理矢理剥がした。


 激痛に叫ぶ。


 神経の集まる指先は、剥き出しの痛覚を空気に撫でられ、ジクジクと心身を蝕む。


「今のは最初のペナルティーです。私の質問に対する答えではなかったのですが、今回は初回限定特典で、彼女がこれから味わう痛みのほんの一部を体験していただきました」


 氷室の正面に戻り、笑みに釣り合う無垢で可憐な調子に戻すと、青井は手を叩いて、悪魔の悪意を天使の笑みで隠ながら、私刑執行を宣言した。


「では、尋問を始めましょうか」







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