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二人がホテルの自室に戻った時には、午後の七時を回っていた。監視対象の木村穂波が帰宅したならば、二人はピタリと張り付く必要はなくなり、密かに仕掛けた盗聴機と集音マイクで内部の音を聞きながら、二時間交代で休止時間を自由に使う。
部屋に帰った最初の二時間は、いつも優の勤務時間だ。青井は帰ると、直ぐに運動着に着替えて外出し、交代の二十分前に汗を滴らせながら帰って来てシャワーを浴びる。体力維持の運動だ。
今日も青井は九時前に帰って来て、シャワーを浴びてラフな格好──スウェットとパーカー姿で優と替わった。
「篠崎さんは体力練成行かないんですか?」
「今日はもう寝る」
身体を洗い流した優が着古したハーフパンツとシャツに着替えてベッドに潜り込み、数分で寝付いた直ぐの事だ。
彼は青井を殴りたい衝動にかられた。
「起きてください篠崎さん!」
肩を揺らして優を無理やり起こした青井の表情に緊張が見られなければ、きっと優は理不尽に青井の頭を平手で叩いて居ただろう。
モゾモゾと身を起こした優は、青井の服装を見て、何か良からぬことが起きたと認め、眠気を払って飛び起きた。
動きやすいデニムパンツとVネックの長袖シャツを着て、軽易な最低限のポーチ類──弾嚢や救急品袋を固定したベルトキットを装着した青井は、起き抜けの優に携帯電話を投げるように渡す。
「三角さん達が襲われました!この場を一之瀬さんに任せて、最大火力での支援任務です」
言われた優の反応は早い。ハーフパンツと半袖シャツのまま、クローゼットに収納していた装具一式をベッドに広げ、青井が開いた金庫から弾薬類をとにかくポーチに詰める。
装備一式を用意し、ベッドの下から短機関銃として使っているAKS74UNを引っ張り出した。銃の点検整備は常々欠かさないため、機能に問題はない。
準備に要する時間の少なさは、その後の行動を円滑化し、時間的な行動制限を緩和させる重要なファクターだ。これも日々の訓練の賜物であり、生起する可能性に備えて青井と物品の配置や、各人の行動を打合せしていたからだろう。
いつだって、咄嗟の時に動くのは、習慣化され体に染み付いた躾と癖だ。
装具一式と武器弾薬を詰め込んだダッフルバッグが準備できると、引ったくるように掴み取り、弾かれたように一之瀬の部屋に向かう。ドアノブを鷲掴み、三回ノックすると、内から解錠する音。
「状況は?」
出迎えた一之瀬に言わせるより先に、優は食い付くように問う。
「地元組織と会談中に銃撃戦になったらしい。まあ落ち着けよ。三角が襲撃されて心配だろうが、とりあえずなかには入れ」
「彼女でもないし、この際三角はどうでもいい。三角に貸してる三万ドルが心配なんだ」
「何でそんな貸すんだよ……」
呆れた一之瀬だが、優も貸してやるつもりはなかったのだ。
「で?」
「ああ、現在は車両で逃走中だ。負傷者が一だが緊急を要することもない。ただ、敵の組織的な攻撃に退路が閉ざされつつあるらしい」
「素人の攻撃でなぜ?」
「戦術に明るいやつが相手に居るんだろう」
「まあいい。無事に連れ帰ればいいんだな?」
「そうなるな。状況は電話で当人に聞いてくれ」
「聞ける状況なのか?」
「三角なら大丈夫だろ」
投げやりな一之瀬の様子に、本当に陸軍幼年学校の同期なのか疑問だ。
「ついでにこれ持ってけ」
肩をすくめて出ていこうとする優を呼び止めて差し出された黒いバッグ。「これは?」と首をかしげた優に、一之瀬は三角のやつとだけ言う。バッグのジッパーを少しだけ開けてなかを見る。中身は三角が時々使っている、ドイツ製の自動小銃だった。
地下駐車場の車に乗り込めば、青井は既にエンジンを回して、装備を身につけていた。お陰で、無駄な指示も出す必要なく、優も自分のやるべきことに専念できる。
「三角か?今何処だ?」
『小林です!現在地は龍山区の地下鉄入口付近。車両は壊れたんで徒歩で逃げてます!警察からの追跡もあるんで若干面倒かも知れない!』
「行き先は龍山区だ」
「了解」
優が指示する前に車を発進させていた青井は、優に示された方向へと車を走らせる。電話越しの小林の声は、若干息が上がって緊張が感じられる。
「三角はどうした?」
『隣に居ますけど?』
「そもそもお前ら何人いるんだ?」
『現在この場には三人です。七名でしたけど、四名は離脱してます。自分達の車は銃撃で壊されて使えなかったんで已む無く……。敵は結構いますよ。ヤクザが三十人以上と警察が沢山』
「そっちの武器は?拳銃だけか?」
『はい。弾も少なくなっていて、正直厳しい状況です。敵は短機関銃バンバン撃ってきますから──』
「弾なら持ってきた。その辺は心配するな。取り敢えず、今から示す回収地点に二十分で向かう。それまで逃げろ」
小林の返事を聞く前に集合地点のみ言って通話を終える。青井は指示せずとも、優が示した地点に向かいルートを修正し、法定速度を大幅に超過させながら、二車線道路を縫うように走り抜ける。途中警邏中の警察車両とすれ違った時は、面倒が増えると嫌になったが、意に介さずにむしろ彼女は増速し、警察もそれどころではないのだろうか、見逃してくれる。
愛嬌のある少女のような優しい女性は、その容貌からは無縁にすら感じる荒々しい運転で国道を走り抜ける。
「一般車邪魔……」
青井の独り言の横で、優は一之瀬に電話した。
「一之瀬?小林と連絡取れて集結地については定めて、時間は二十分後」
『お前はいつも用件から言うな……』
呆れた様子の一之瀬は、きっと電話越しに苦笑していることだろう。
「剱持さんからの指示は?」
『…………今のところこれ以上騒ぎを大きくしたくないようだからな。増援の派遣は検討していないようだ。戦闘もスラム以外での発砲も禁止。民間人と警察双方への発砲も極力控えろ。ただし、明確に我に対して敵意を持って攻撃してきたならば、障害を排除し、生存を優先しろ』
「了解。極力発砲は控えるし射殺も控える」
『珍しく消極的だな』
「自国内だからな」
『剱持さんに今回は大人しくしろって言われたんだろ?』
「違う!俺は薬物中毒者じゃないんだ。撃って喜ぶガキと一緒にするな」
ムッとしつつ通話を終えた優は、目的地に近付いた事に気付き、捲り上げていた目出し帽を下ろして顔を隠した。
既に顔を覆い隠していた青井が言った。
「着きました」
事の次第は数時間前。
三角桜2等軍曹が『坂東はるか』と偽名を使って、高級クラブに護衛数名とともに乗り込み、朝鮮における指定暴力団『旭真会』の若頭氷室と会談に臨んだのは、午後の八時からだった。
会談場所に指定された、旭真会の息がかかったクラブ愛の正面は、異様な物々しさだった。黒塗り車両が道沿いに並び、厳めしいスーツ姿の男達がたむろした中に、彼女らの車両も加わる。空白地帯のクラブの入り口前に横付けして停めた西谷は、辺りを囲む男達に苛立たしげに舌打ちし、小林は苦笑して車を降りる。ヤクザの存在よりも、それを遠巻きに監視する公安の存在のほうが、小林にすれば煩わしい。
拳銃だけで武装した小林は側近、同じく拳銃を携行した西谷は運転手、二人同様に剱持から借りていて別車両で着いてきた人員の真鍋、下山、春原、小室は短機関銃で確りと武装したボディーガードだ。
三角が乗るクラウンの後方に停めた、黒く塗り直した盗難車のランドクルーザープラドから真鍋と下山が降りてくる。二人ともスーツ姿が様になっているが、それは上着の内側に短機関銃が見え隠れしてさえいなければと、但し書きがつく。
クラウンの後部ドアの左右に立ち、小林がドアを開け、ネオンが眩しい繁華街に、勿体振るようにゆっくりと降り立った三角を迎えたのは、旭真会の幹部構成員を名乗った真下と言う男だった。フレームが細いいぶし銀の眼鏡を掛けた、線の細いインテリ系の狐のような顔の男だ。
社交辞令的な挨拶をしていたが、三角の耳は些末な挨拶を拾わずに、真下と言う狐男に案内させて、旭真会の代表の元まで案内される。きらびやかな、異なる世界に迷い混んだ気にすらさせる店内の内装と華やかに着飾った女達に視線を奪われそうになりながら、ただただ一点を見つめて黙す。
「不用心ですね……」
「好都合だろ」
持ち物検査や武器の預りと言った行為が一切ない事に不安を抱いた西谷に、小林が何でもないように言うが、それは違う。武器を預けると言うことは、その場所では確実に安全を保証してくれると言うこと。それがないならば、ここから先の安全は、誰も保証してくれないし、相手も武器を傾向していると言う証明だ。
真下に案内された先は、店の奥まった位置にある個室だった。マジックミラーで室内の様子が分からないように、店内とは隔絶された空間。背の低いテーブルを囲むソファーには、既に旭真会の代表である若頭の氷室が待っていた。隣には側近を兼ねた護衛の男。座りはせずに部屋で様子を見る男達は、皆一様に銃を携行した護衛の者達だろう。
「お初にお目にかかります、東亜陽光貿易の坂東と申します。まずは、お忙しい中、本日貴重なお時間を頂き有難うございます」
部屋に入り、席に案内された三角は、普段では決して使うことのないほど丁寧な言葉と、殊勝な態度で深々と頭を下げる。急で用意した名刺を丁寧に渡す。東亜陽光貿易営業部中央アジア課課長代理の肩書きが記された名刺は、氷室に一瞥されるにとどまる。
「旭真会若頭の氷室です。堅苦しいのはやめましょう。お互い肩が凝ってちゃまとまる話もまとまらないじゃないですか。まあ、掛けてくださいよ」
それに対して柔和な笑みを浮かべて握手を交わすと、氷室はソファーをすすめる。三角の正面で人好きしそうな表情で穏やかに微笑を浮かべる氷室は、一見すると堅気の人間に見えた。
朝鮮におけるヤクザ組織の元締めたる旭真会の発足は、大東亜戦争末期の中国までさかのぼる。当時大陸の各地で行われていた陸軍と抗日ゲリラとの武力衝突は、指揮系統の混乱と現地部隊の戦闘へのマンネリ化及び、現地民間人に扮した抗日ゲリラのテロリズムによる疑心暗鬼が、統制のとれた紛争から秩序ない掃討へと移り変わっていた。日米の戦闘は互いの譲歩により停戦で合意。停戦の条件には、日本軍の中国からの早期撤兵が含まれ、陸軍は合意の翌日には、中国に展開する全部隊への戦闘停止を発令。関東軍を満州に残し、遂に日本は中国を掌握下に置くことはなく、戦線の整理と言う名目の事実上の撤退を余儀なくされた。この日米の停戦合意は、当時米国の支援の元に戦闘を行っていた中国政府や抗日ゲリラにも通達されたが、遵守されたという事実はない。結果、満州や朝鮮半島では、水面下での戦闘が継続していた。民間人に扮して国境を越えた抗日ゲリラによる、満州や日本領内でテロ攻撃が頻発し、しかし大々的な軍の治安出動が停戦協定により不可能な関東軍や朝鮮軍は、一部将兵を退役扱いとし自警組織という名目で、関東軍は『檜垣機関』、朝鮮軍は『旭機関』と、特務機関を組織した。事実上の軍事組織である両機関の活躍は、今日になっても資料の開示がなされず、存在に懐疑的な部分が多いが、終戦後の組織改編による関東軍と朝鮮軍の解体により、存在を忘れ去られることとなった。旭真会とは、忘れ去られた特務機関である旭機関が、朝鮮半島に残り、長い年月をかけて組織が変革したものだ。
薦められるままに腰かけた三角は、上品な微笑みを浮かべる。普段の嫌らしく口元に浮かべた笑みは、巧妙に隠して。
氷室の話運びは至微至妙に此方の情報を絞り出そうと、巧みな言葉運びで迫ってくる。話はじめの挨拶から互いの自己紹介、世間話でも、三角達が何者なのか、少しでも情報を引き出そうとしてくる。
舌戦は、ヒューミントの中でも彼女が最も苦手とする分野だった。訓練でもパルチザン交渉や言葉遊びの類いは、頭を痛める原因だった。
情報部出身だからと、あまりこういう仕事を回さないでほしい。
「専門外なんだけど……こういうの」
だからだろう。ビジネスの対談が終わり、ここから先は社交の時間へと移る合間の休息に席を経った三角は、化粧室から出て廊下で待機していた小林に、ため息混じりに愚痴をこぼす。
「そうか?聞きたいことは聞けてるし、上手く話してると思うけど?」
「無理やり話させる一方的な尋問の方が楽なのよ」
「そりゃそうだ。で、この後は?」
繊細な模様が描かれた壁紙と赤い絨毯の廊下。薄暗い照明を、天井から吊るされた硝子のシャンデリアがキラキラと反射し、落ち着いた中に品を感じさせる。
派手すぎないが、きらびやかなドレスと装飾品で身を飾った嬢が化粧室に入るのを視線で追った小林に、彼も男なのだなと、不思議な安心感を抱く。
薄く水気をまとった手をハンカチで拭き取った三角は、小林の胸ポケットにそれを綺麗に折り畳んでそっと差し込む。
「社交の時間よ。旭真会とは今後も政府の裏家業がかかわり合いを持つだろうから、関係は良好にしたいのよね」
「なるほど……。本社の都合か……」
三角が差し込んだハンカチをジャケットの内胸ポケットにしまいながら、小林は自分の役割を理解し、納得する。三角はそれに、ウィンクしてはにかんだ。
「この場合は本社がってよりも企画部の意向かなー、多分。営業部も繋がりは欲しいでしょうし、私らからしても、色々伝はあった方が助かるでしょ」
「そういうもんか」
「今時、何が思わぬ情報になるか分かんないんだから」
「何にせよ、協力関係は築けそうじゃないか」
「旭真会は最近商品がよく売れるんでしょ?何せ、ライバル組織を私らが潰してるんだし、あっちもあたしらが潰してるのは知ってるみたいだし」
「独占流通が減ったぶん、割り食ってた所が儲かるわけか。需要は減らないだろうからな。問題は、旭真会が第二の奴等にならなければいいんだけど」
「それについては無いと願うしかないでしょ。旭真会だって、此方が例の組織を痛め付ける程度にはやり手だって理解してるし、そんな獅子に致命傷与える訳分からん相手に刺激するようなことしないって。それに、奴等に変わって旭真会を台頭させるつもりも、企画部には無いし。目的はあくまで例の組織の手綱を握ること。壊滅は望んでないからね」
「しかし、難儀なもんだな。旭機関から派生した旭真会と、檜垣機関から派生した東亜陽光貿易。道を違えた組織が時代を越えて、また共に手を取り合うわけだ」
旭真会の平組員達を眺めながら、小林は鼻を鳴らすように笑う。
旭機関が終戦後に旭真会と成ったように、檜垣機関も終戦に伴い存在を隠匿されたまま解体となったが、外務省系特務機関である椿機関(SISの前身)第二部──満州方面担当部門部長となった檜垣機関の初代機関長檜垣伍典陸軍大佐の口利きにより、椿機関第二部の工作部隊としてダミーカンパニー兼資金調達源の東亜陽光貿易として生まれ変わった。
「利害が一致すればどんなに確執があっても手を取り合うもんでしょ」
「それがバカでなければ」
「そう言うこと」。三角は肩を竦めてため息混じりに、懐から拳銃を抜いた。小林は彼女の行動を疑問に思うも、表情に出した不信感とは裏腹に、腰のドイツ製拳銃を抜く。コンパクトモデルの.45口径のHK45CTだ。初弾は既に装填されているて、それは三角の正規品の木製グリップをはめたM9拳銃も同様だ。
「今話していて確信した。これ罠だわ」
「は?」
小林に疑問の言葉を挟ませる余地を与えずに、三角は拳銃の照星を廊下で此方を伺うように見ている旭真会の平組員に合わせ、射撃した。
小林は思わぬ射撃に一瞬目を丸くして、呆気にとられ、銃声に耳を塞ぎたくなったが、情景反射は聴覚の保護よりも自己防衛の攻勢に動いた。
.45ACP弾の銃声は9ミリパラベラム弾よりもずっしり重い。
「会合を持ち掛けた時点で、多分罠にかけられてたの」
廊下に倒れた男達の頭部に向かって、死亡確認を作業的に素早く行う三角は、冷酷に言い放つ。情報の世界で人の悪意を見てきた彼女は、善意よりも悪意に敏くなったのだろう。
「旭真会──いや、旭機関は檜垣機関よりも奴等と手を組むことを選んだんでしょうね」
「根拠は?」
「ヤクザにしては高価な武装と、組員の表情、若頭の話た感じ。後はあたしの勘。不安?」
銃声を聞き付けた若い組員達が、単機関銃を手に、フロアに繋がる廊下の角から姿を表すが、三角は片手で構えたM9を乱暴に撃ってそれを蹴散らす。
剱持はこの場を三角に任せているようだし、小林に三角を否定する根拠は無かったら。元より門外漢が口出しできる現場ではないし、彼は荒事には心得があっても、頭脳戦には明るくない。
「車は?どうせもう連絡してあるんっしょ?」
「当然!」
ならば、小林に言うことはない。
得意顔の三角が、会談会場の個室に居た西谷に既に車の位置に移動させ、彼女が示した位置に車を向かわせているようだし、待機させている真鍋1等軍曹の組を迎えにこさせているなら、不安要素は少ない。いや、時々とんでもないミスをわざとなのか天然で仕出かす三角に、不安要素が無いわけではないが、経験がない小林がやるよりは良い結果になるだろう。
そう、自分に言い聞かせる。
「ちょっと寄り道してくから」
「どこに?」
「若頭の氷室さんのところ。何か腹立つから拐ってこうかなって」
そう言った三角の歩みは、小林の了承を聞く前から、氷室が居るであろう会談会場を目指す。小林は付いていくしかない。
化粧室と会談した個室までは、さほどの距離がない。精々廊下の角を二つ曲がっただけだ。
ため息と共にベルトに止めていたシースナイフを抜いた小林を先行させて、三角は鼻唄混じりに散歩気分で歩む。しかし、三角桜は表に出した表情以上に、内心動揺していた。
仕事上、銃口の前に立たされることは稀にある状況として慣れているが、体に駆け抜ける怖気と不快感は慣れることはない。軽易に扱え、操作も簡単な9ミリ口径の拳銃は、三角も愛用する口径であるが、組員達の扱う銃器も、統制されたように9ミリだった。
一目の角から身を出した小林が発砲した。
敵に撃たせる前に、確実に胴体に命中弾を叩き込む彼は、誰から見ても優秀な人材だ。
弾倉内の八発の実包を撃ちきったHK45CTのスライドが、後退しきった解放状態でロックされる。素早い装填動作で弾薬を補充する小林の脇から曲がり角の先へと躍り出た三角は、倒れて呻く男達に、冷酷に止めをさす。
命乞いするものには、それを唄わせる前に。抵抗を試みるものは、理不尽に抗おうとする前に。
三角のM9も弾がきれた。小林の倍は弾倉に弾が入るが、如何せん彼女は射撃が下手だ。弾数でそれを補うのに、9ミリ弾は都合がいい。
空の弾倉は、可能な限り、再利用して財布を重く保つ。
「桜か!?」
個室に続く角の先から、誰かが声を張り上げた。三角は短く「到!」と答えた。
恐らく今のは真鍋1曹だろう。そう思いながら、角から伺うように見ると、此方に減音器付きのドイツ製単機関銃を指向しつつも、引き金から指を外した真鍋1曹と、春原3曹が居た。
「おまえは何をするにも急だな……」
呆れたように言った真鍋だが、そこに苦情は含まれていない。最早慣れたとでも言いたげに苦笑した彼は、三角に振り回されているであろう小林を労う眼差しを向けつつ、二人を個室へと誘う。
「あらら……」
「ここが地獄か……」
個室の中は、まさに襲撃後といった様子で、混沌としていた。恐らく、彼らにしてもよもやいきなり襲われるとは思っていなかったのだろう。突然の事態に反撃も許されず、ただ生きた的として殺された様に、ソファーにぐったりと倒れていたり、壁に持たれていたり。唯一生存しているのは、若頭の氷室だけだが、彼も真鍋1曹に理不尽な暴力によって捩じ伏せられ、簡易手錠でギッチリと手首を拘束されていた。顔には殴打された痕跡と、口許の赤い体液が目を引く。
「どうせ連れて行くだろうから先にやっといた」
「流石先輩。分かってますねー」
部隊の中でも三角をよく理解している人物は少ないが、その少ない人物の一人が真鍋だ。彼は三角がまだ空挺師団で勤務していた当時からの上官である。
「じゃあ、先輩は氷室さんを移送してください」
「あんたら、何やってるかわかってんのか?」
「分かってますよ」
血だらけの顔で睨みながら言った氷室に、三角は微笑んで言う。
「うだうだ言わずに、指示に従ってくださいね。こっちも暇じゃないんで」




