再評価
模擬戦から三日が経った。どうやら今日は模擬戦の評価表の配布日らしい。
セレスティアと、何故かついてきたテレサと共に、俺は講師の研究室を訪ねていた。
講師は俺とセレスティアを手招きすると、すぐに評価表を渡してくれた。
失礼しました、の一言の後。俺たちは研究室をあとにした。
「せーの、で見せ合いませんこと? オズ」
廊下を歩きながら、セレスティアが少し興奮気味に言った。彼女は見たくてうずうずしているらしい。
俺は彼女の提案に黙って頷いた。
「では……せーのっ」
折り畳まれている評価表を広げ、二人に見えるように前に突き出す。
セレスティアの評価が俺の目に映った。
戦闘評価通知書
生徒番号 :10042
名前 :セレスティア・クラウディー
属性魔法 :S
非属性魔法:A
攻撃能力 :S
防御能力 :S
回避能力 :C
良い評価だけど、惜しい……というより勿体無い感じだな。
回避能力の評価が低いのは、回避行動を全然行っていなかったからか? もし評価重視で戦っていたら、セレスティアならおそらくオールSなんだろうな。
「まあ、オズ。あなた、なかなか良くってよ」
セレスティアの言葉に、心が跳ねた。
「お、もしかして評価上がったか?」
表をひっくり返し、見てみる。
戦闘評価通知書
生徒番号 :10035
名前 :オズウェル・エインズリー
属性魔法 :F
非属性魔法:B
攻撃能力 :S
防御能力 :B
回避能力 :A
期待してたほどではないが、少し評価が上がったな。
「な、なんですのこれは! シーが、シーがありますわ!」
自分の評価表を見て、セレスティアが驚いた。
「そこはしょうがないだろ。俺の攻撃を迎え撃つとき以外、セレスティア全然動いてなかったんだから。攻撃を避けるそぶりすら見せなかったし、しかも最後の一撃は俺がそらさなければ、もろに直撃してたはずだ」
「むむむ……それは、そうですわね。ですが、この季節が悪いんですのよ。あんな暑い中で激しく動き回るだなんて、わたくしは嫌ですわ!」
服が汗まみれになってしまいますもの、と言ってセレスティアは頬を膨らませた。
「セレスティア。まさかお前、そんな理由であの模擬戦の時、ずっと動かなかったのか?」
そう訊くと、セレスティアは首肯した。
……やっぱこいつ馬鹿だわ。
「ふうん。私の思っていた通り、セレスティアは強いな」
セレスティアの評価表を見つめていたテレサが、顎に手を添えて言った。
「それでしたら、テリーもバランスが良い評価で、大変素晴らしかったではありませんの」
「ふふ……私なんてまだまだだよ。実際ティアと戦ったら、私の負けは目に見えているからな。評価なんて、あくまで参考程度さ」
テレサの発言に俺は疑問が湧いた。
「そうなのか? 俺の体感的には、どっちも同じくらいの強さだったけどな」
「そんなわけないだろう」
テレサは肩を竦め、両掌を上に向けた。そして軽く息をつくと、言葉を続けた。
「私、いや竜族は実は雷に弱くてね。雷の適性値がSのセレスティアには分が悪いのさ。まあ、雷竜族だけは例外だけどな」
「そうだったのか?」
竜族が雷に弱いなんて初めて知った。俺が読んでた図鑑マジ使えねー。そんなこと一言もかかれてなかったぞ。
「というか、自分の弱点をおいそれと教えちゃっていいのかよ?」
「別に構わないさ。それに、もうこの情報は大体知れてしまっているからな。竜族たちから反感を買わないよう、表に出ていないだけで」
「へえぇ」
そうか、それで図鑑には書かれていなかったわけか。
「……つまり」
セレスティアが口を開いた。彼女は腕を組むと、嬉しそうな顔つきをした。
「本気を出したら、オズが手も足も出ないテリー。そして、そのテリーよりも強いわたくし。……ということは、わたくしが三人の中で最強ってことでいいんですのよね!」
嬉々としてセレスティアが声を上げた。
「慢心や油断がなければな」
俺がそう言うと、セレスティアは眉根を寄せて、
「そのようなもの、このわたくしにはありませんわ」
「じゃあ、あの試合に慢心とか油断はなかったと?」
「ええ。それをしてしまったら、相手に対して失礼に当たりますもの」
「本気だったってわけだ。……なら、最強じゃないな。本気でやって俺に負けてるだろ」
セレスティアの眉間にできた皺が、より深くなった。そして顔を真っ赤にして、
「喧しいですわ!」
あ、怒った。
◇
ギャーギャー喚くセレスティアをテレサに押し付け、俺は寮へと帰ってきた。
寮のエントランスには、テレサの取り巻きの少年たちが屯していた。彼らは俺に気付くと、ぞろぞろとこちらへやってきた。
「おい、エインズリー。お前、あのクラウディーに勝ったんだってな」
六人の中から、赤髪の少年が一歩前に出た。どうやらテレサがいない時は、彼がこの竜族をまとめているようだ。
それにこの少年……セレスティアに敗れた奴か。
「一応は」
と、俺が答えると、少年は口元に笑みを浮かべた。
「お前みたいなハーフがよく勝てたな。それとも、わざと負けてもらったのか?」
少年は顎をしゃくって、俺を挑発した。随分と安い挑発だ。
俺は乗らないが、セレスティアだったらこの安い挑発にも乗りそうだ。『売られた喧嘩は買うのが礼儀ですわ!』とかいって、あの雷の鞭で高笑いしながらひっぱたくんだろうな。
「わざとではないよ。お互い、真剣勝負だった。試合を見ていたんなら、それくらいわかるだろ?」
「生憎と俺はその試合を見ていなかったんでね」
少年の返しで悟った。
この流れは面倒だな。おそらくこのまま会話していたら、いずれこいつと戦うか戦わないかの話題になるだろう。
「悪いけど、俺今日は疲れてるんだ」
話をどうにか切り上げようと、俺はエントランスの奥へと歩を進めた。
「逃げんのかよ?」
後ろで少年が煽り文句を口にした。
俺は一度立ち止まり、少年へ顔を向けた。こういう生意気な子供って魔族にもいるんだな。
「ああ、逃げるよ。面倒だからな」
そう言ってから、止めた足を再び動かす。
「おい、待てって!」
その言葉と同時に肩を掴まれ、後ろに振り向かされた。
赤髪の少年と目が合った。お互いの、血のような赤い瞳が両方の目に映った。
「なんだよ?」
「俺と勝負しろ」
的中した予想に、思わず嘆息する。
「もちろん、すぐにとは言わねえ。明日の夕方、グラウンドで待ってる。絶対に来いよ」
「今すぐ戦え、とは言わないんだな」
「だってお前、疲れてるんだろ? 万全の状態ではない奴と戦っても、意味がねえからな」
今度は予想外の言葉だった。
案外、俺を配慮する気持ちが少しはあるらしい。
「もし俺が、試合を断るって言ったら?」
俺がそう訊くと、少年は小さく笑った。
「クラウディーとテレサに、お前が情けない男だって言いつける」
「お前のほうが情けねえよ! なにくだらねー脅し仕掛けてきてんだよ!」
「ふん、なんとでも言え。それで……まさか断ったりしないだろうな?」
そういや、こいつも俺と同い年なんだよな? 竜族って年の割りになんでこう……、可愛げのない連中ばかりなんだろう。
きっと断ったら断ったで、テレサはともかくセレスティアがうるさいんだろうな……。
やられた。どっちにしろ、これは断るわけにはいかなそうだ。
「わかったよ。明日戦えばいいんだろ?」
「その返事を待ってたぜ」
少年はにんまりとした笑みを浮かべると、
「明日の試合、夕方だからな。遅れるなよ!」
とか言って、他の竜族の連中を連れて食堂のほうへと去っていった。
あれか? 魔族は戦闘民族なのか? セレスティアといいテレサといい、さっきの少年といい……どいつもこいつも戦うことばっか考えている。
いや、あいつらのほうが本来は正しいのか。人間達が全然攻め込んでこないから、どうやら俺は平和ボケしているみたいだな。
「エインズリー」
「うん?」
掛けられた声のほうを向いてみると、ドワーフの少年がいた。しかも、後ろにも色々な種族がわんさかいる。全員、見たことのある面をしているため、おそらく同級生の連中だろう。
「えっと、皆してどうしたんだ?」
俺が訊くと、ドワーフは、
「明日の試合、見に行ってもいいか?」
と尋ねてきた。
――勝手に見に来てください。