戦闘評価
「本当にすまなかった」
実技試験が終わった後の休み時間。保健室のベッドの上で上体だけを起こしているテレサに向かって、俺は土下座をしていた。
「えっと……ティア。こいついったいどうしたんだ?」
変な物でも食べたのか? と、頭上から、テレサの戸惑った声が聞こえた。
「ご安心なさって。変なのは元からですわ」
聞き捨てならない台詞が聞こえたため、顔を上げる。そしてドスを効かせたつもりの声で、
「無礼者め、斬り捨てるぞ」
「ほら、とても変でしてよ」
セレスティアは楽しそうに、ころころと笑った。
やめろ、俺を変人で固定するな。
「ふっ、確かに変だな……。それで、あの頭を下げる行為はいったい何だ?」
「ドゲザ、とかいうらしいですわ。謝罪の意を示しているみたいですわよ、彼」
「謝罪? 何故だ?」
テレサの言葉に、俺は戸惑った。それに、彼女が怒った様子がないことにも驚いた。
「模擬戦で俺が危険な攻撃をしたからだ。本当、すまなかった」
「危険……最後の一撃か……?」
「テリー、喉はもう大丈夫なんですの?」
「あの程度なら平気だよ。息が出来なくなったのも、ほんの僅かの間だけだったしな。大げさすぎなんだよ、アカデミーの連中は」
隣で安堵の溜め息が漏れた。顔を向けてみると、セレスティアが胸元に置いた手を、ぎゅっと握っていた。
「竜族って結構頑丈なんだな」
俺が感心して言うと、テレサは口元に笑みを浮かべた。
「ああ。人化していても、そこらの魔族よりよっぽど頑丈だぞ。それにしても……」
「ん?」
テレサがこちらへと顔を真っ直ぐ向けてきた。
あ、よく見れば、確かにこいつ女の子だ。俺が男と勘違いしたままだったのは、思い込みとショートヘアなのと、男っぽい言葉遣いが原因だろう。プラス、胸がぺったんこ。
「お前、どこであんな剣術を身に付けたんだ? それに反応も尋常じゃなかった」
それは、前々世で侍をやっていたからです――。と正直に言いたいところだが、言っても信じてくれないだろうな。
さて、どういう理由付けをしよう。
「う~ん……」
「なんだ、秘密か?」
俺が唸っていると、テレサが小首を傾げた。
よし、それを採用しよう。
「秘密だ」
「ふん、変な奴」
テレサは鼻を鳴らして俺から顔を背けると、窓の外へと目をやった。
「そろそろあいつらが戻ってくる。ティアはともかく、ここにお前はいるべきじゃないな」
あいつらとは取り巻きの連中のことか。
ここに来る前に遭遇したが、茶髪の奴に胸倉掴まれて殴られそうになったからな。ここでも鉢合わせたら、今度こそ殴られるだろう。
「テリー。また後で来ますわね。オズ、行きますわよ」
「りょーかい。……じゃあな」
俺が一言声を掛けると、テレサは片手をぷらぷらと振った。とっとと行けってことだろうか。
ちゃんと話してみれば、嫌な奴ではなかったな。
◇
翌日と翌々日、実技試験の後半戦が始まった。如何せん約400名と生徒数が多いため、本来の二日間という試験時間では足りなかったようだ。
後半戦最終日の今日は、セレスティアが戦うらしい。あいつの戦闘の実力がどれほどか見物だな。
今まで、俺はあいつがどういう風に戦うのか見たことがなかった。だから少し楽しみでもある。
「セレスティア・クラウディー!」
下の闘技場で講師がセレスティアの名を呼んだ。彼女は講師に返事をすると、階段を下りていった。
対戦相手は竜族の少年――テレサの取り巻きの一人だった。
講師が試合開始を宣言した。
あいつ竜族に勝てんのかよ……。と俺が心配していると、少年がいきなり、人間体から竜体になりやがった。
あの野郎、模擬戦で殺しをするつもりか!? 俺は思わず観客席から飛び降りそうになった。
が、次の瞬間、俺は少年のほうが死にそうな状況に陥ったことを理解した。
「竜族なんて、これでイチコロですわよーっ!」
セレスティアの視線の先、竜族の少年の首からは、雷鳴が轟いていた。
雷で出来た鞭だろうか? それを首に巻きつけられた竜族の少年は、全身を雷撃に打たれて踠き苦しんでいた。
あれがセレスティアの魔法か、おっかねえな。
「おーっほっほっほっほっほ……!!」
すっげー楽しんでるな、あいつ。
俺よりもお前のほうが、よっぽど淑女の風上にも置けねえよ。
終いには講師がストップをかけた。結果は当然のことながら、セレスティアの圧勝。
試合開始からほんの僅かな時間しか経ってないぞ。
可哀相なことに、竜族の少年は竜体のまま倒れてしまったため、巨人族の講師に尻尾を掴まれて引きずられて行った。
あいつも保健室送りか。竜族の連中、ここ三日間は厄日だな。
「ああ……。最高の気分ですわ」
戻ってきたセレスティアの第一声に、俺は我が耳を疑った。
「お前……真性のドSだな」
「ドエスとは何ですの? あなた、ちゃんとした言葉で話して下さる?」
「……へいへい、すみません。それよりもセレスティア、後であの竜族の少年に謝ってこいよ。あいつ下手したら死んでたかもしれないんだぞ」
「どうしてですの?」
けろりと、全く悪びれずにセレスティアは訊いてきた。
「どうしてって、お前な、俺に危険な攻撃はやめろって自分で言ってただろうが。あの電撃の鞭は危険な攻撃じゃないのか?」
「危険ですわよ。ですが、竜体になって襲ってくるほうが危険ではなくって?」
「そりゃ、そうだけど……」
「それに相手は、本気で戦いを挑んでいらしたのよ。ならばこちらも、本気でお相手して差し上げるのが礼儀ではなくって?」
「……もういいよ」
疲れた。
天然お嬢様と対戦した相手には同情を禁じえないな。
◇
季節が春から初夏へと移り変わった。
今日はどうやら、約一月前に行った実技試験の評価表を配布するらしい。
教室で待機していると、講師陣が入室してきた。俺達に評価表の配布の旨を伝えると、生徒の名前を呼び始めた。
「オズウェル・エインズリー」
「はい」
俺の名前が呼ばれた。
ドワーフっぽいおじさんの講師から評価表を受け取る。
すぐにでも成績を見たい気持ちに駆られたが、こういうのは席に着いてから見たほうが良いだろう。
席に着き、早速折りたたまれた評価表を広げる。
戦闘評価通知書
生徒番号 :10035
名前 :オズウェル・エインズリー
属性魔法 :F
非属性魔法:B
攻撃能力 :S
防御能力 :B
回避能力 :B
何故属性魔法の項目が最低評価のFなんだ? と思ったが、そういえば俺はあの試合で、属性魔法は使用していなかった。使う機会があったのに、使わなかったためにFなのだろう。
全体的に見てみると、攻撃能力については、最高評価のSとなかなか嬉しい評価だ。そのかわりに防御能力と回避能力Bと普通か。非属性魔法がBなのは、白刃を有効活用していたが、それ一種類しか使っていなかったからだろう。
「オズ、いかがでしたの?」
目を輝かせてセレスティアが訊いてきた。
「こんな感じだった。すげえ偏ってる」
特に見せたくない理由もなかったため、セレスティアに評価表を手渡した。
「まあ、Sがあるではありませんの。素晴らしいですわ」
「でもFもあるぜ」
「それは仕方ありませんわよ。誰にでも得手不得手、というものはあるものですわ」
「ふうん、そういうものかな」
「セレスティア・クラウディー」
セレスティアの名前が呼ばれた。彼女は少々驚いた顔をした後、俺に評価表を返してきた。
「ではオズ、受け取ってまいりますわ」
立ち上がると、セレスティアは優雅な立ち居振る舞いで、講師のもとへと向かった。
「よぉ、オズ。評価はどうだった?」
背後から声が掛けられた。振り向いて見ると、そこにいたのはテレサだった。
「テレサ」
あの試験の日以来、俺はテレサとはセレスティアを通じて、そこそこ話すようになっていた。
彼女は試験で戦った時より、髪の毛が少し伸びている。今では、すっかり女の子らしい見た目をしていた。
「これ、見るか?」
俺が評価表を掲げると、
「ああ、見させてもらうよ。それじゃあ、こちらのと交換といこうか」
そう言って、テレサも自分の評価表を差し出してきた。
早速テレサの評価を見てみよう。
戦闘評価通知書
生徒番号 :10011
名前 :テレサ・ベレスフォード
属性魔法 :S
非属性魔法:A
攻撃能力 :S
防御能力 :A
回避能力 :B
「お前評価高いな。実質短所なしか」
なんというか、予想通りの評価だった。
属性魔法Sとか羨ましいな。俺も属性魔法Sだったらなあ……きっと鋼鉄製の刀を作れたんだろうな。ああ、早く本物の刀が欲しいぜ。
「ふっ、ふふ……」
俺の評価表を見ていたテレサが小さく笑った。
「ん? どうした?」
「いや、この評価を見て実にお前らしいな、と思っただけだよ。そしたら、少しおかしくってな……」
「おかしい?」
俺が訊くと、テレサはほくそ笑んだ。
「なんでこんな攻撃一辺倒の奴に負けたんだろうって」
「それは、お前が手を抜いてたからだろ」
「それを含めて見てもだよ。手加減をしたままでも、私は勝つ自信があった。たぶん、お前の実力が私の予想を超えていたんだろう」
「ほお……そんなもんなのか?」
「そんなもんなんだろうよ……」
こいつほんとに12歳か? なんか言葉遣いとか色々、年の割りに随分と大人びてるな。
「ああっ! 二人だけでずるいですわ! わたくしを除け者にしないで下さいまし!」
喧しい声を上げて、セレスティアがすっ飛んできた。
うん、こいつは年齢通りの精神年齢してるな。
「やあ、ティア。評価はどうだった?」
テレサが訊くと、セレスティアは口をへの字に曲げた。
どうやら少し機嫌を損ねているらしい。
「見てくださいまし、この評価を!」
そう言ってセレスティアは、ばんっ、と評価表を机の上に叩きつけた。
どれどれ、などと言って俺とテレサはセレスティアの評価表を覗き込んだ。
戦闘評価通知書
生徒番号 :10042
名前 :セレスティア・クラウディー
属性魔法 :S
非属性魔法:‐
攻撃能力 :S
防御能力 :‐
回避能力 :‐
これを見て、セレスティアが怒っている理由がわかった。
未評価とは新しいな。
「なあ、これって評価がされていないってことだよな?」
テレサが首を傾げた。
「そうですわ」
「その理由は?」
「決着が早く着き過ぎた、とのことですわ。お訊きしたところ、『そもそも攻撃が1回、試合開始地点から動いていない、相手が攻撃すらしていない。これでは評価ができない』と仰っておられましたわ」
「うん、そりゃそうだろ」
俺がそう言うと、セレスティアは眉間に皺を寄せて、
「納得いきませんわ!」
と声を荒げた。