戦闘試験
戦闘の実技試験の当日。俺は今、アカデミーにある闘技場に来ていた。その外観は前世でいう、【コロッセオ】に酷似していた。
黒竜族の少年と対峙して初めて、俺はセレスティアの『テリーの剣の名前ですわ』、という台詞を誤解していたことに気が付いた。
少年の握っている剣は彼の背丈ほどの長剣で、刃がギザギザ、というよりは刀身が波打ったような形をしている。あれは【フランベルジュ】という種類の剣だ。斬られると死ぬ以上の苦痛を味わう、とかいわれている。
フランベルジュとかふざけんなよ、俺のことを痛めつける気満々じゃねえか。
「オズー! テリー! 二人とも頑張るんですのよーっ!」
上にある観客席からセレスティアが声を張った。
応援をするのなら俺だけにしてくれよ、と思うのは意地が悪いだろうか。
「なあ、お前」
余裕のある表情で少年が俺を見据えた。
「なんだ?」
「降参したほうがいいんじゃないか? 酷なことを言うけど、巨人族と小人族のハーフのお前では、竜族に勝つのは不可能に近いと思うんだが……」
客観的に物事をみれば、少年の言っていることは的を射ている。俺も同意見だ。
だが、降参するつもりはない。もし降参すれば、この日のためにしてきた、今までの訓練が無駄になってしまうからな。
「降参はしない」
俺がそう言うと、少年は軽く溜め息をついた。
「両者とも戦う準備は出来ているか?」
戦闘実技担当の巨人族の講師が、俺達を交互に見た。
「できてます」
「勿論、できているさ」
おい、先生にはしっかり敬語を使えよ、敬語を。
講師は俺達の言葉を聞いて頷くと、片手を掲げた。
「ではこれより! オズウェル・エインズリー対テレサ・ベレスフォードの試合を始める!」
ほお、あいつの本名はテレサっていうのか。てっきりテリーという名前かと思っていたが、それはどうやら愛称だったようだ。
などと暢気な感想を抱いていると、突如あいつの姿が消えた。
「なにっ!?」
咄嗟に俺は白刃で前面を打ち払った。すると甲高い音がして、白刃が粉々に砕け散った。
「おっと、これは驚いた。よくこの初撃を防いだな」
「くっ!」
俺は柄以外がなくなった白刃を、相手に向かって投げ捨てた。そして相手が柄を振り払っている隙に、新たな白刃を作る。その白刃は刀身の長さ、形、共に刀に近い。
それにしても何だったんだ、さっきのは? 一瞬で目の前に現れたぞ。
「一撃で終わると思っていたけど、結構やる」
「お前に対抗するために、色々努力してきたからな。そう簡単にやられて堪るか」
「へえ……」
こちらの台詞に、あいつ――テレサは口元に弧を描いた。瞳の色もまた、愉悦に染まっている。
まあ、本当は白刃の習得と、魔力量を増やす訓練しかしていなかったが。あのフランベルジュの一撃に対応できたのは、前々世の実戦経験で培ってきた勘のおかげだろう。
「テレサさんやっちまえー!」
「そんな雑魚、瞬殺しちゃってくださいよー!」
観客席から取り巻き達が叫んだ。
どうやら調子こいてるのはテレサではなく、あの取り巻きたちのほうだったらしい。
「ふん、うるさい奴らだ。言われなくともやるよ」
観客席を一瞥すると、テレサは呟いた。
来るな。白刃を構え、テレサを注視する。彼が踏み込んだ瞬間、あの瞬間移動のタネがわかった。
俺は後ろに跳んで避け、テレサを油断なく見据えた。
「へえ……、弱くはないみたいだな」
そう言った後、テレサの姿が再度消えた。
こちらは二歩引いて、その引き際に横に一閃する。
観客席からどよめきが上がった。大半の連中が、俺がテレサに一撃を加えるなど思いもしなかったのだろう。
「っ……まさか!」
フランベルジュを地面に突き刺し、片膝を着いたテレサが目を瞠った。思わぬ反撃に心底驚いているらしい。
「お前、さっきのでこちらの攻撃を見切ったのか?」
「ああ、どうにか見切った」
あの瞬間移動のタネは簡単なものだった。テレサが地面から踵を離した瞬間、その地面が僅かに抉れた。
足元で突風を起こし、凄まじい勢いでこっちに跳んで来た、というわけだ。
だから俺は着地点から距離を取り、テレサが着地しきる前に、刀身を伸ばした白刃の一撃をそこへと打ち込んだ。
もちろん、白刃の刃は丸くしてあるから切れてはいない。が、木刀とかで打ち込まれるのと同じぐらいの痛みはあるはずだ。
「……ちっ」
テレサは立ち上がろうと足を動かしているが、どうやら上手く立ち上がれないらしい。
右足首を切断するつもりで、思いっきり切り込んだのだ。折れてはいなくとも、激痛が走っているはず。おそらくそのせいで立ち上がれないのだろう。
しかしこいつ……12歳の子供のくせに大した忍耐力だな。セレスティアだったらきっと、痛みで泣き喚いているだろう。
「まあいいさ……。立てないのなら、立てないなりの戦い方がある」
テレサはそう言うと、こちらへと掌を向けた。
その瞬間、俺の体は宙に浮き、一気にテレサのもとへと引き寄せられた。
「うわっっ――!!」
途中で声すら出なくなった。なんだ、この魔法は……!
眼前に拳を構えたテレサが迫った。そして――。
「ぐあっ!」
思いっきり腹を殴られた。
うっ、やばい、吐きそう……。
「ぐっ……うっ……」
口を閉じ、どうにか吐くのを堪える。衆人環視の中、吐くとか赤っ恥にもほどがある。それだけは避けたい。
「これで、お相子だな」
にたり、とそれはそれは嗜虐的な笑みだった。
鳥肌が立った。恐ろし過ぎるだろ、この子供。
と、今度は何かに吹き飛ばされた。
「なんだと……っ、またっ!?」
もしかして、これは風か? 風属性の適性が最高だと、こんなことができるのか?
「くそっ!」
無様に地面を転がる。その勢いを利用して手で跳ね、体を起こす。
だが起き上がった瞬間に、またもや体が引き寄せられた。
今度は顔面に拳が迫った。
腕を眼前で交差して防ぐが、再度吹き飛ばされる。
まずいな。この魔法への対抗手段が思いつかない。
俺が吹き飛ばされ、引き寄せられるたびに観客席から歓声が上がる。同学年の奴ら鬼畜だな。甚振られてる俺を見て、なにそんなに喜んでんだよ。
「さあ、そろそろ降参したらどうだ?」
何回か拳を防いだが、とうとう俺は左腕を掴まれた。さらにその拍子に、うつ伏せに倒されてしまった。
まるで万力のような力だ。振り払おうと試みるも、びくともしない。
「無駄だよ。ハーフでは竜族の膂力には勝てない」
「くそっ……、放さないってか?」
俺の台詞を訊くと、テレサは顔を歪めた。そして俺の左腕を引っ張り、拳を振るってきた。
「っ……!」
顔を後ろに反らし、一撃を避ける。
するとテレサの懐が、がら空きになった。体力的にみて、俺はこの瞬間が最後の機会なのだろうと感じた。
自由な右手に白刃を出現させ、相手の喉元に突きを放った。
「がっ……! がはっ!」
突きをまともに喉に受け、テレサは蹲った。
そして、しーん……と静まり返る闘技場。
「う……、げほっ!」
その後テレサは咳を何度も繰り返した。
手加減はしたが、やはり喉への突きは危険だな。どうやら呼吸困難に陥っているらしい。
「……そこまで!」
講師が手を上げ、試合の決着の宣言をした。
「勝者、オズウェル・エインズリー!」
観客席は相変わらず静寂に包まれていた。そこへ目を向けると、セレスティアと目が合った。だが、彼女は唖然としていた。他の同学年の生徒達も同様だ。
勝者に対して歓声の沸かない異様な雰囲気の中、俺は自分の定められた観客席のほうへと戻っていった。
◇
「オズ! あなたという方はっ、殿方の風上にも置けませんわ!」
観客席へ戻るなり、いきなりセレスティアに罵倒された。勝ったのに罵られるとか意味がわからん。
「おい、そこは賞賛する場面だろ。俺は勝ったんだぞ」
「テリーに勝ったことはもちろん、素晴らしいですわ」
ですが……、とセレスティアは言葉を切った後、
「模擬戦であんな惨い攻撃をなさるだなんて……、あなたは紳士失格ですわ! テリーは物すごぉ~く、手加減なさっていましたのに! あなたも手加減なさるべきでしたわ!」
などと大声で叫んだ。
凄く納得がいかない、なんだよその理屈。
手加減されていたというのはわかってるよ。もしあいつが初っ端から竜になって襲ってきたら、それだけで俺の負けが確定する。
だけど真剣勝負だって、事前に講師から言われてたからな。それに俺は手を抜く余裕なんてなかったし。
「突きを放ったことついては、流石にやり過ぎたとは思ってる」
風魔法で散々甚振られて、ストレスが溜まりまくったせいで、つい……。
なんて言い訳は出来そうもない。
「オズ、あれを御覧なさいな!」
顔を真っ赤にしたセレスティアが闘技場を指した。その先では、医療担当の講師がテレサの状態を診ていた。彼は喉を押さえ、苦しそうにしている。
「……でもな、俺だって攻撃されまくってただろ。どうしてあいつをそんなに擁護するんだ?」
「それは、わたくしの大事なお友達だからですわ」
その言葉に俺は大人気なくイラッとしてしまった。
先日までは俺の味方だったのに、勝った瞬間にいきなり掌を返されたのだ。少し裏切られたような気分に近い。
「そうかよ。そんなにあの少年が好きなら、看に行ってやったらどうだ?」
ぱんっ! という乾いた音が響いた。次いで、ひりひりとした痛みが頬にじんわりと来た。
平手打ちされるとは思ってもいなかった。
「テリーは女の子ですわ! 女の子を少年呼ばわりするだなんて、意地が悪過ぎませんこと!」
「……は?」
女の子? あいつ女の子だったのか? 胸ぺったんこだったからわからなかった。
というか、お前そっちの理由で怒ったのかよ。
「まさか……オズ。あなた、テリーを今まで男の子だと思っていたんですの?」
「うん」
セレスティアは俺の表情から、俺の思っていることを察したらしい。
「……テレサという名前を聞いたら、普通は女の子だとわかりますわよ」
「だって。お前……いつもあいつのこと、テリーテリーって呼んでるからさ。しかもなんか喋り方も男っぽかったし」
そもそもこのアカデミーが大学みたいなのが悪い。自己紹介とかレクリエーション的なものを一切やらないから、同学年の連中を全く把握できていない。
はっきりいって、俺は未だにセレスティアしか友達がいなかったりする。
「オズ、そもそも黒竜族に銀髪の殿方はおりませんわ。黒髪は男性、銀髪は女性、と決まっていますのよ」
「へえぇ……、知らなかった。豆知識として覚えとくよ」
「はあ……」
俺の返答に、セレスティアは深い溜め息をついた。
眼下で手当てを受けているテレサを見て、後で謝っておこう、と俺は思った。