白刃
入学から三週間ほどが経った。中休みの時間。
幸い、あの黒竜族の少年やその取り巻きたちは、あれから俺に対して絡んできていない。むしろ歯牙にもかけていない、といった感じだった。
悲しいかな、巨人族と小人族のハーフは本当に人間と大して変わらない。竜族にとっては、取るに足らないレベル、というわけだ。まあ人間の場合は、中にはとんでもない奴がいるんだろうけどな。例えば勇者とか、王国の騎士団長とか。
「何をぼうっとしていますの、オズ」
俺の目の前で、セレスティアが手をひらひらと振った。
「ハーフは悲しみを背負ってんな、って物思いに耽ってたんだよ」
「あら、そうでしたの。でも、仕方ありませんわよ。だってあなたの魔法、しょぼいですものね」
「お前な。その素直すぎる性格はほんと直したほうがいいぞ。思っていることをずばずば言い過ぎだ」
「性格を直すだなんて嫌ですわ。この性格でなくなったらそれは、わたくしではありませんことよ」
「ああ、そうですかい」
俺はな、刀か剣さえ握れば本当は強いんだぞ、という言葉が喉元までせり上がった。だが、それを言ったら言い合いが始まりそうな予感がして、どうにか堪えた。
「やあ、ティア」
その声を聞いて、俺は胃に負荷が掛かったのを実感した。
声の主は黒竜族の少年だ。アメジストのような妖しさを持った目を、優しげに細めている。
「あら、テリー。どうかなさいしまして?」
「えっと……いや、別に。ただ、何か話そうかなって思って来ただけだよ」
先週あたりから、どういう訳かこの二人は急に仲が良くなり始めた。しかもこの少年、いきなり愛称呼びである。女と男とは態度が別、とかそういう類か?
だとしたら、俺の天敵だ。キザな男は嫌いなんだ。
「……なに見てるんだよ」
少年がこっちを睨んできた。
やばい、またいちゃもんを付けられる。
「見てないけど……」
「いや、こっち見てただろ」
「見てないんすけど」
本当は見ていたが、見ていないと言い張る。見た、といったら最後、きっとあいつは俺に絡んでくるだろう。そうなったら、だるいだるい。
「ふん、変な奴」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、少年は俺から目を外した。そして、彼はセレスティアと話し始めた。
話し相手をとられたため、仕方なしに魔法の基礎に関する教科書でも読もう。
俺は【属性魔法】というやつについて書かれている項目を読んだ。属性魔法は【火・水・土・風・雷】の五つの分類があり、優秀な魔族ほど、これらをいくつも高い水準で使えるらしい。
ちょうど先週、この属性魔法に関する実技があったのだが、俺はなんと……、土属性の魔法しか適性がなかった。しかも、その適性の数値もあまり高くなかった。
はっきりいって、俺の属性魔法の才能はかなり低いらしい。
「……ふうん……へえ。それじゃあ、ティアはアカデミーを卒業したら魔王になるんだ」
「ええ。アルフォンス様からの直々のお誘いでしてよ。そういうテリーはどうですの?」
あの二人はどうやら早くも卒業後のことについて話しているらしかった。
「う~ん……どうだろう。席が空いていたら、かな。今のところ魔王の座は一つしか空席がないんだろ?」
「ええ」
「ということは……。こっちが魔王になるのを希望したら、一つの座をめぐってティアと戦わなくちゃならなくなるわけだ」
「まあ、おそらくは」
「ならいいよ。パスパス」
そう言って、少年は片手を気だるげに振った。
あの少年、早速セレスティアにつばをつけてるのか? 随分とませた奴だな。
「おい、言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
まただよ。また絡んできたよ。
と、俺は少年を非難したい気持ちに駆られたが、今回ばかりは俺に非があった。意図せずに、俺はばっちりと二人に顔を向けていた。
自分の馬鹿さ加減が憎い。
「なんでもないっすよ」
と、投げやりな感じで言うと、少年は眉を吊り上げた。
「それならなんで、こっちをずっと見てるんだよ。大人しくその教科書でも読んでろよ」
「へい、言われずとも読みますぜ」
俺は開きっぱなしにしていた教科書へと目を落とした。才能と生まれに恵まれているからって、調子こいてるなこいつ。
セレスティアから聞いた話では、この少年は先週の属性魔法の適性検査で、雷・土属性以外に高い水準で適性があったらしい。しかも風属性にいたっては、最高水準のランクSだったようだ。
おそらく土属性にしか適性がなく、しかもランクC程度の俺にじろじろ見られたのが癪に障ったのだろう。
「あら、オズ。放って置いたりしてごめんなさい。寂しかったんですのよね?」
セレスティアが的外れなことをほざいた。
「おうおう、お前は黙ってろよ」
下げていた顔を上げてそう言うと、セレスティアは、
「ごめんなさい」
と、素直に謝ってきた。
なんかもう、どうでもよくなってきた。
未だに眉間を寄せている少年を尻目に、俺は教科書へと再び目を通すことにした。
◇
さらに一ヶ月が経った。
今、俺とセレスティアは広大なアカデミーのグラウンドへと来ている。それは何故かというと、来週に戦闘の実技試験があるためだ。要するに訓練中、というわけである。
アカデミーの講師たちによると、試験は1対1のなんでもありの戦い、ということだった。勝敗は相手を動けなくしたり、降参させれば着くらしい。が、殺しは勿論アウトとのことだった。
運の悪いことに、俺の戦う相手はあの黒竜族の少年だ。
俺は土魔法やその他の基礎的な魔法だけでも、少年のような天才型に対抗できないかと考えた。
その結果、対抗するにはやはり、長所を生かすのが妥当だろうな、という結論にいたった。
セレスティアに協力して貰い、俺はここ最近グラウンドで訓練をしているわけだが、土魔法は全然ダメだった。魔力でそこらの土を集めて団子を作って、相手に飛ばす位しかできない。本当は土魔法で刀剣類を作り上げられればな、と考えていたのだが、どうやら無理らしい。
「オズ、諦めたらどうですの? あなたでは十中八九、テリーには勝てませんわよ。訓練の結果が出るまでの時間が、圧倒的に足りなさ過ぎますわ」
腰に両手をつけ、セレスティアが少し怒ったように言った。
「それに……どうしてアカデミーへ来るまでに魔法の訓練をしていなかったんですの?」
「家に魔法に関する本がなかった。親も仕事で忙しいし、どうしようもなかった」
と、俺が言い訳をすると、セレスティアは小さく溜め息をついて、肩を竦めた。
「でもよぉ、十中八九ってことは、一割か二割は俺が勝つ可能性があるんだろ?」
「それは……。わたくしの希望、というよりも、『もしかしたら』という期待ですわ」
「じゃあ、なんだ。期待を抜いたら?」
「もちろん、ゼロですわ」
その言葉を聞いて、がっくりきた。
「はあ……。あ、そういや……あいつってどんな風に戦うんだろうな?」
俺が訊くと、セレスティアは宙を向いて、顎に手を添えた。
「テリーはあれですわ、あれ」
どうやらイメージのようなものは湧いているが、言い表す適当な言葉が出ないらしい。
「あれってなんだよ?」
「だから、あれですわよ。あの……長くて刃がギザギザしている剣」
「ほお、剣を使うのか」
「ええ。人化している時は専ら、剣士をやっていると言っていましたわ」
「そうなのか。へえ……、ナイスな情報だよ、それ。セレスティア」
剣術での戦いだったら、俺はこの世界の誰にも負ける気がしない。
元ちょんまげ侍(享年22歳くらい)の実力ってやつの見せ所だな。まあ、魔法使ってこられたらそれだけで負けそうな気がするが……。
「ああ……ダメですわ。そもそも名前知りませんもの」
セレスティアが首を振りながら一人でぶつぶつ言った。
「名前?」
と、俺が訊くと、セレスティアは顔を上げた。
「テリーの剣の名前ですわ」
「あいつ、剣に名前とかつけてんのか?」
セレスティアの返答を聞き、俺は少し微笑ましくなった。
魔剣デュランダル! とか、聖剣エクスカリバー! とかいう類の名前をつけていたら、面白いな。ネタにできる。
「セレスティア、土魔法以外で剣を作る魔法ってないのか?」
実は貧乏のため、俺は剣を持っていない。さらにいえば両親が、『子供がそんなものを何に使うんだ』、といって買ってくれなかった。
「ありますわよ」
そう言うとセレスティアは、小太刀程度の青白い剣を両手に出現させた。
「おお、すげえ。それって魔力で出来てんのか?」
「ええ、そうですわ。土魔法で鋼鉄製の剣を作るのは上級魔法ですが」
どうりで出来ないわけだ。魔法を習い始めて数週間の奴が上級魔法とか、流石に無理だよな。
「この【白刃】は無属性の初級魔法ですのよ。オズでも数日訓練すれば、すぐに出来るようになりますわ」
「お~、いいね。なあ、ちょっと質問いいか?」
「なんですの?」
「その白刃ってもう少し刀身を伸ばせたりするのか?」
「もちろん、出来ますわよ」
セレスティアが頷くと、小太刀程度だった白刃が長剣ほどの長さまで伸びた。
決まりだな。これから試験の日まで、俺はこの白刃の習得に打ち込むことにしよう。