8年越しの恋
「お前暗いんだよ!」
「黙ってねーでなんとか言えよ!」
「金持ちが偉い訳じゃねーぞ!」
また、いじめられてる。何で男の子達は叶斗君をいじめたりするの?彼は何もしていないのに。
助けなきゃ、そう思うのに私は何もできない。私の意気地無し、最低。
「どこいくんだよ!」
彼がランドセルを手に立った。私も行かなくちゃ。少したってから私も立ち上がった。
私が通う小学校の裏には小さな空き地がある。少し小高い所にあるので中々人は来ない。
足に力を入れて思い切り駆け上がると小さな人影が見えた。近づくと顔がはっきり見える。
「あ、優ちゃん。今日も来てくれたんだ」
「うん。叶斗君ごめんね、今日も助けられなくて」
「全然平気。僕は優ちゃんが話し相手になってくれるだけで嬉しいよ」
そこにいたのはやっぱり叶斗君で、今日もこんなに優しくて強い。なのに何で皆は無視したりいじめるの?
やっぱり男の子達が言うようにお金持ちだから?それとも髪がボサボサだから?もしかして人見知りのせいで暗いと思われてる所かな。私には叶斗君のどこが悪いのかわからない。
「あのね、昨日ママと作ったマフィンがあるんだ。食べる?」
「嬉しい!僕優ちゃんが作ったお菓子大好きなんだ」
手渡すと口元を緩め嬉しそうに口に運ぶ。食べかすを口につけながら美味しいと言ってくれるから私まで嬉しくなる。
「あのね、叶斗君。私も叶斗君と喋るの楽しくて嬉しいよ」
前髪が目にかかって表情はよく見えないけれど、すごく綺麗な笑顔に見えた。
そんな毎日に突然終わりがやってきた。叶斗君はクラスの皆にはもちろん、私にも何も言わず引っ越してしまった。
何で言ってくれなかったの?友達じゃなかったの?先生からじゃなくて叶斗君の口から聞きたかった。ぐるぐる感情が混ざる。
胸に変なわだかまり。あぁそっか。私、叶斗君を好きになっていたんだ。
あれから8年、私は高校2年生になった。友達もそれなりにいるし充実している。ただ、私は恋ができないでいる。
「優花おはよー!」
「おはよう」
私の前の席へ腰かける葉月。くるりと私へ振り向き興奮気味に話し出す。
「ねぇ聞いた?今日転入生がくるらしいよ!しかも噂によればかなりのイケメン!」
きゃー!と騒ぐ葉月は可愛くて少し羨ましい。だって私は彼を思いだしてしまい、噂の転入生に騒ぐ気には慣れないから。
暫く話に耳を傾けていると先生が入ってきた。
「大方噂が回って知っていると思うが転入生がきたぞ。よし、入ってこい」
緊張か期待か、皆が固唾を飲んで見守る中静かに開く扉。
顔を認めた瞬間ざわめきだす教室。私も例外ではなかった。
「嘘、なんで……」
「初めまして、六花叶斗です。早く馴染めるよう仲良くして下さい」
彼だった。8年前とは容姿が全く違うけれど雰囲気は変わっていない。
長い前髪は整えられ、自由に跳び跳ねていた髪は綺麗に押さえられていた。加え体も程よく筋肉がついているようで、俗に言うイケメンになっていた。
ううん、イケメンなんて安いものじゃない。まるで彫刻のような美しさ。
思わず見つめ過ぎていたのか彼と目があう。その瞬間胸がじりじりして締め付けられるような、激情の波が襲ってきた。
どれくらい見つめ合っていたのか、葉月の呼び掛けによって意識が逸れた。葉月が知り合いなのか聞いてこないことを思うと見つめ合っていたのは一瞬のようだ。それなのにあれほど焦がれるなんて、よほど私は叶斗君が好きらしい。
彼とは運が悪いのか、かなり遠い席になってしまった。しかも休み時間は女の子達が張り付いていて喋りかけにいく勇気がでない。
結局彼が転入してきてから1週間がたとうとしている。彼に話しかけることも、彼が私に話しかけてくることもなかった。私は忘れられているのだ。
「…当たり前だよね」
あんなにかっこよくなったらその他大勢の枠に入っちゃうよ。思わずため息が溢れる。
ずっと下を向いて歩いていたからかハンカチが落ちてくるのが分かった。咄嗟に拾い落としてますよと顔を上げれば、そこには会いたくて仕方がなかった人。
「…ありがとう」
彼の笑顔はとても綺麗で、8年前に見た前髪に隠れた綺麗な笑顔を思いださせる。思わず涙が出てきた。
こんなにも好きなのに彼は私を覚えていない。だから私も忘れたいのに忘れるには好きすぎた。
「泣いてるの!?」
私の涙を見た途端目を見開いて慌てだす彼。優しいとこは相変わらずだなぁなんて、ちょっと嬉しくなる。
「大丈夫、です」
彼は私を知らない。そう思ったら思わず敬語になってしまう。歪む視界の中に見た彼は少し泣きそうだった。
「…取り敢えず屋上でも行こうか」
そうだった、ここは廊下。彼に迷惑をかける訳にはいかないと素直に手を引かれついていった。
春にはまだ少し肌寒いのか屋上は無人だった。彼が給水塔に寄りかかるように座るから私も隣に腰を下ろす。何だか昔を思い出す。
「僕の名前って覚えてる?」
「え?っ…六花君だよね?」
唐突な質問。一瞬叶斗君と言いそうになったのを堪え名字を口にする。
彼は少し寂しそうにありがとうと言うけれど、私には全然嬉しそうに見えなかった。
もしかしたらフルネームが良かったのかもと思い、迷いながらも叶斗くんと呼んでみる。
すると俯き気味だった顔を勢いよく上げ眩しい笑顔で此方をみた。
「優ちゃん……!」
一瞬時が止まったのかと思った。震える声で覚えてるの?と聞けば彼は優しく微笑んだ。
覚えていた、それがとても嬉しくて何度も何度も名前を呼ぶ。その度彼も私の名前を呼んでくれた。
ようやく落ち着くと次はあの時何故何も言ってくれなかったのかが気になりだす。意を決して聞いてみれば彼は少し寂しげに微笑んで、行きたくなくなっちゃうからと私を抱き締めた。
「な、んで…抱き締めたりなんかするの?」
抱き締められちゃったら気持ち、抑えられないじゃん。勘違いして舞い上がっちゃうかもよ?もう叶斗君が離れていくのは嫌だから、中途半端なことはしないでよ。
「…泣かないで。僕に抱き締められるなんて嫌だよね。…気づかなくてごめん」
「そうじゃない!」
自分でも思っていたより大きな声が出てしまった。焦りながらも今にも離れていきそうな彼の体を抱き締め返した。
「私、叶斗君がずっと好きだったから…だからっ」
続けようとした言葉は彼の口に吸い込まれた。
それはとても甘くて優しくて、何より愛しい口づけ。ずっと想っていた彼との初めてのキス。
たった数十秒かもしれない。それでもとても濃密で幸福な時間は今までの時間を埋めてくれるようだった。
唇が離れても尚私を見つめてくる瞳はとろけるような甘い眼差しで胸が高鳴る。
「好きだよ。ううん、愛してる。ずっと昔から、優ちゃんだけを愛してるんだ」
夢を見ているみたい。心臓が早鐘をうって全身の血が沸騰しそう。
「私も、私も叶斗君のこと愛してる」
精一杯伝えた言葉はまた彼に食べられた。
永遠に爆発したらいいと思います。