天寿を全うした悪役令嬢は、婚約破棄された直後にタイムリープする
「母上……!」
「お義母様……!」
「パトリシアお婆様……!」
「パトリシアお婆様ぁ……!」
「ひいお婆ちゃまぁ……!」
愛する子どもや孫やひ孫たちに囲まれながら、今際の際を迎える私。
80年の私の人生、辛いこともたくさんあったけれど、こうして振り返ると、とても幸せだったわ。
――それも全ては、あの人がいたから。
「は、母上ぇ!」
「お義母様ぁ!」
「パトリシアお婆様ぁ!」
「パトリシアお婆様ぁ!」
「う、うわあああああん!!」
――私も今そちらに行きますね、あなた。
「パトリシア、今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
「………………え?」
ふと気が付くと、私は華やかな夜会の会場に立っていた。
自分の足で真っ直ぐ立てたのなんて数年ぶりだったので、思わず全身が震える。
いったい何が起きたのかしら……?
それに目の前には、その昔私の婚約者だったランドルフ様が――。
「君は陰でコソコソ、ジェシーに陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな!? ジェシーが涙ながらに告白してくれたよ! 君のような痴れ者は、この僕の婚約者には相応しくないッ!」
「うぅ……、ランドルフ様ぁ……」
ランドルフ様は、メソメソしている男爵令嬢のジェシーさんの肩を抱いた。
ああ、これ、私が若い頃に、婚約を破棄された時の光景だわ。
あらあら、随分懐かしいわね。
これって、今際の際に見ている夢なのかしら?
でも、その割にはあまりにもリアルね?
「うふふ、お二人とも、可愛らしいですねぇ」
「「……は?」」
この頃のランドルフ様とジェシーさんは、私の孫よりも年下なので、私みたいなおばあちゃんからしたら、可愛くてしょうがない。
若いって本当に素晴らしいわ。
「ご、誤魔化さないでください! 私をイジメていたこと、土下座して謝ってください!」
ジェシーさんが凄い剣幕で怒鳴る。
ジェシーさん……。
「うんうん、わかるわジェシーさん。あなたくらいの歳だったら、噓をついてでも上級貴族の令息を寝取って、自分も上級貴族として威張りたくなってしまうものよね?」
「なっ!?」
途端、ジェシーさんの顔が真っ赤になった。
「……でもねジェシーさん、そんな虚言で手に入れた幸せは、決して長続きはしないものよ。私も長い人生で、そうやって不幸になってきた人をたくさん見てきたの。――だからあなたも、お願いだから考え直してちょうだい。今ならまだやり直せるわ」
「フ、フザけないでください!? それに長い人生って……。あなたは私と同い年じゃないですか!?」
「そ、そうだそうだ! いい加減自分の非を認めたらどうだ!?」
「……あなたもあなたですよ、ランドルフ様」
「…………なに?」
今度は私は、悪戯をしたひ孫をたしなめるように、ランドルフ様に向き合う。
「いくらジェシーさんのお胸が大きいからって、言うことを何でもかんでも鵜吞みにしていてはダメですよ。ちゃんとご自分で裏を取りませんと」
「なっ!?」
今度はランドルフ様の顔が真っ赤になった。
本当に若い殿方は、お胸の大きい女性に弱いんですから、まったく。
「ジェ、ジェシーの胸は、いいい今は関係ないだろッ!? そうやって論点をズラすのはやめろッ! いいからジェシーに土下座するんだよ! 土下座ッ!」
「そうです! 早く私に謝ってくださいッ!」
あらあら、これでは埒が明かないわねぇ。
――まあいいわ。
そろそろあの方がいらっしゃる頃だから――。
「――そこまでじゃ」
「「――!?」」
その時だった。
我がニャッポリート王国の第二王子殿下であらせられる、フィリップ殿下が颯爽と私たちの前に立たれた。
――嗚呼、サラサラの金糸の髪に、透き通るようなエメラルドの瞳。
スッと通った鼻筋に、まるで陶器のようにシミ一つないスベスベのお肌――。
神が自ら創り上げた芸術作品のようにお美しいこのお方こそが、この頃のフィリップ殿下その人。
……でも。
「そこまでじゃ?? 殿下、その喋り方は……」
「ランドルフよ、お主、パトリシアが本当にジェシーをイジメていたという証拠はあるのか?」
「お主??? い、いえ、それは……。ですが、ジェシーが噓をついているはずがありませんし……」
「だまらっしゃい!!」
「だまらっしゃい????」
あらあら、フィリップ殿下の雷が落ちてしまったわ。
うふふ、往年のフィリップ殿下は、普段は温厚なのに、怒ったら怖いことで有名でしたものね。
「お主それでも上級貴族の端くれか? 人の上に立つ人間が、主観だけで物事を断ずるなど、あってはならぬことじゃぞ」
「で、ですが……」
うんうん、やはりフィリップ殿下のお言葉には、含蓄がありますね。
「でももへったくれもあるかい。――ジェシーの発言が根も葉もないデマだったことは、ここにいる若いお嬢さんたちが証言してくれたぞい」
「「……え!?」」
フィリップ殿下の後ろから、三人の若いお嬢さんが現れた。
このお嬢さんたちは、みんなジェシーさんのご友人なのよね。
「さて、お嬢さん方、お尋ねしたいんじゃが、本当にパトリシアは、ジェシーをイジメていたのかの?」
「いえいえ、そんなわけないじゃないですか」
「そうそう、ジェシーの真っ赤な噓ですよ」
「っ!!? あ、あなたたち――!!」
「ジェシーって昔から虚言癖があって、そうやって人の彼氏を何人も奪ってきたんです。――私の彼氏も、ジェシーに奪われましたし」
「あ……いや……その……」
ジェシーさんは顔が真っ青になった。
あらあら、やっぱり人間、悪いことはできないものよね。
「ありがとうお嬢さん方。――だそうじゃ。何か弁明はあるかの、ジェシー?」
「こ……これは……違うんです……」
「何が違うというんだジェシー!? 君はこの僕を騙したんだな!? この痴れ者がッ!!」
「いや、痴れ者はお主もじゃぞい、ランドルフ」
「…………え?」
途端、ランドルフ様はポカンとした。
「こんな誰でもちょっと調べればすぐわかることをろくに確かめもせず、女狐の虚言にコロッと騙されるなど、痴れ者以外の何者でもないとは思わんか?」
「そ……それは……!」
ランドルフ様は耳まで真っ赤になりながら、俯いてしまった。
あらあら、これではまるで校長先生に叱られた、男子生徒ですね。
「そんな痴れ者の貴様ら二人には、相応の罰が必要じゃな。――差し当たり、王宮中のトイレ掃除を、毎日10年ほどやってもらおうかの」
「そ、そんなッ!?!?」
「王宮中って、いくつあるとッ!?!?」
うふふ、罰まで学校みたいですね。
「連れて行けぃ」
「「「ハッ」」」
フィリップ殿下の号令で、兵士たちに取り押さえられるランドルフ様とジェシーさん。
「は、放せよ!! 放せったらぁ!!」
「イヤあああああああ!!!」
抵抗空しく、連行されていった二人。
……どうかこれを機に、じっくり反省してくださいね。
――まだまだ、人生は長いのですから。
「さて、パトリシアよ、ちょっと二人で話さんか?」
おもむろにフィリップ殿下から声を掛けられた。
うふふ。
「ええ、もちろん」
私とフィリップ殿下は、二人でバルコニーに出た。
「パトリシアも、戻って来たんじゃろ?」
バルコニーからの夜景を眺めながら、フィリップ殿下――いや、フィリップがそう訊いてきた。
「ええ、天寿を全うした途端、気が付いたらここに立っていたの。――あなたもなのね、フィリップ?」
「うむ。お前に看取られて、天に上ったと思った途端、ここに立っておった。何とも不思議なこともあるもんじゃなぁ。……ちなみにパトリシアは、儂が逝ったあと、どのくらい生きたんじゃ?」
「うふふ、ちょうど4年よ、あなた」
「なるほど。つまり今の儂らは、同い年ということじゃな」
生前の私とフィリップは、4歳差だったものね。
まあ、歳を取ってからの4歳差なんて、あってないようなものだったけれど。
「このオマケの人生がどのくらい続くのかはわからんが、せっかく神様がくださったんじゃ。暫くは謳歌させてもらうとするか」
フィリップは夜景を眺めながら、私の手をそっと握ってきた。
「うふふ、そうですね」
フィリップの手の温もりを感じながら、私は微笑んだ――。
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