密着三日目(3)
ヒロ市街地のレンタル会社まで戻ってきた我々は、ヘリコプターを一時返却した。ラバフットの捕獲作戦が練り上がるまで、機体を保管しておいてもらう。そして会社近くの駐車場に停めていた車に乗り、廃墟へと戻った。道中、あれこれと作戦会議をした探検隊一行だが、廃墟に着くまでの間に結論は出なかった。
河丘「今日はポーカーをせずに済みそうだな」
皮肉を込めて言う河丘。その言葉どおり、探検隊は輪になって床に座り、廃墟の中でもひたすら作戦会議を続けた。日付が変わりそうな時刻になっても、作戦が決まらない。
イングリッシュ「捕獲用の網を買って、ヘリコプターから垂らして捕まえるのはどうでしょう?」
河丘「無理だな。ラバフットは逃げようとするだろう。網で捕まえるなんて精密さが必要な動作を、ヘリコプターの上でやるのも難しい」
ラジコン「麻酔銃か何かでラバフットを遠くから眠らせて、それで捕まえるのは?」
河丘「仮に眠らせられたとして、火口に入れないならラバフットを回収できない」
イングリッシュ「……良い案が出ませんね。ここは一度ゆっくり寝て、明日の朝に再び会議をするのはどうです? 寝たら頭がスッキリして、新しいアイデアが出やすくなると思います」
ラジコン「確かに、いいかもしれませんね」
河丘「待て、お前ら。こうしている間も、ヘリコプターのチャーター費がかかり続けているんだ。まあ、俺にとっては大した金額ではないが……その点も考慮して、なるべく時間を無駄遣いしないでほしい。なるべくな」
河丘の気持ちを汲み、零時を過ぎても会議を続けた。だが、次第にイングリッシュ隊員からもラジコン隊員からも意見が出なくなる。「時間を無駄遣いするな」と言った河丘も、集中力が切れて自身のすね毛をむしり出す始末。イングリッシュ隊員の言うように、寝たほうがよっぽどマシに思える状況だ。
そのときである。
ラジコン隊員が妙なことを口にした。
ラジコン「あの……気のせいかもしれないんですけど、誰かに見られている感じがしませんか?」
河丘「誰かに見られている?」
ラジコン「ええ。一人、二人じゃなく、もっと大勢に見られているような気がして」
ラジコン隊員の言葉を聞き、眉をひそめる河丘。ラバフットを見つけたことによる興奮と、獲物を捕まえられなかったことの無念で忘れかけていたが、この廃墟にも何かが潜んでいる可能性がある。河丘が推察するに、その何かとは悪霊。突然ラジオで大音量の音楽を流して我々の眠りを妨げたり、ラジコン隊員に憑依して体を操り、河丘を殺害しようとしたりした。「ここはただの廃墟ではない」と思わざるを得ない出来事が連続していた。ラジコン隊員が感じる視線も、単なる気のせいではないかもしれない。
河丘が首を伸ばし、我々がいるロビーの中を見回す。イングリッシュ隊員とラジコン隊員も同じように辺りを見た。
四方の壁、そこにいくつか窓がある。ガラスが割れた窓。その外に、人が立っている。すべての窓からこちらを覗くように一人ずつ。様々な人種、年齢の人間だが、全員に共通しているのが、笑っていること。そして両目が抉られていて空いた二つの穴から血を流していること。
河丘「これは……これはマジでヤバいかも! これはマジでヤバいかもしれない! 逃げるぞ!」
脱兎のごとく立ち上がる河丘。その顔は青ざめている。どれだけ追い詰められた状況でも落ち着いて行動する河丘がここまで怯える姿は、我々スタッフも初めて見た。
冷静沈着な隊長が激しく動揺する様を見て、事態の危険性を察したのだろう。イングリッシュ隊員とラジコン隊員も「うわあああ!」と絶叫しながら立ち上がった。大の男三人が、大パニックである。
そんな我々を、まるで動物園の猿でも眺めるかのように笑って見つめ続ける窓の外の人間たち。いや、見えているのかはわからない。本来なら眼球がある場所には、漆黒の穴が空いているだけである。
荷物をすべて放置したまま、建物の出入り口へ駆ける探検隊一行。イングリッシュ隊員が扉を開こうと引くが、動かない。ラジコン隊員も一緒になって両開きの扉を引く。それでもびくともしない。押しても同じだった。
イングリッシュ「隊長! 閉じ込められています!」
河丘「どけえええ!」
河丘は一人用のソファを持ち上げ、出入り口の扉に向かって放り投げる。イングリッシュ隊員とラジコン隊員、二人がかりでも動かなかった扉が、激しい衝撃音と共に外側へ開いた。河丘がソファを動かしたことで、その下に隠れていた大量のゴキブリが這い出てきて、床を黒く染める。しかし今の探検隊は、それどころではない。我々を取り囲む人間たち、否、悪霊たちから逃げることで精一杯だ。
開いた扉を駆け抜け、廃墟が面している歩道に出た三人。その勢いのまま、誰もいない夜道を走る。ひたすら走る。あの廃墟から一秒でも早く遠くへ離れるために。
河丘「あれはヤバい! 絶対にヤバい! もう帰ろう! ラバフットとかどうでもいいから!」
確かに異様な光景だった。それは間違いないが、河丘がこれほど幽霊を恐れているとは意外である。強靭、無敵、最強の隊長にも、思わぬ弱点があったといったところか。
幽霊に襲われる悪夢を見たイングリッシュ隊員と、自身の体を乗っ取られたラジコン隊員は実害を受けている。その元凶と思われる存在が姿を見せたことで、二人とも強い恐怖を感じたことは想像に難くない。
あの廃墟は事故物件ではなかった。だが、事故物件ではないからといって、そこに幽霊がいないとは限らない。
息を切らしながら必死に走り、ヒロ国際空港にたどり着いた探検隊。空港のターミナルは深夜でも開放されている。寝泊まりできるスペースはないが、照明が点いていて人の気配がある場所にいられるだけで、探検隊にとってはありがたいことだった。
無断で廃墟に侵入した罰が当たった。流石の河丘も、そう思わざるを得ないようだ。息を整えながら、こう語る。
河丘「立入禁止に指定されている場所には、それなりの理由があるってことだな……ハレマウマウ火口も、あの廃墟も。今後も探検を続けるならば、立入禁止エリアには勝手に入ってはいけない。大切な教訓を得たよ」
その後、我々は空港の営業開始時間を待ち、ホノルルへ向かう飛行機の予約をとって、ハワイ島を発った。エコノミークラスの狭いシートに座る河丘、イングリッシュ隊員、ラジコン隊員。三人の表情は安堵に満ちている。悪霊といえど、時速数百キロで飛ぶジェット機に乗る我々を追いかけてくることはできないはず。そしてパスポートがなければ、幽霊たちも国境を超えることはできまい。根拠は一切ないが、そんなことを考えているのだろう。
今回のラバフット捕獲ミッションは、中断ということになった。しかし、何よりも命が最優先。命さえあれば、またラバフット捕獲に挑むことができる。今回の探検でラバフットが実在していることは確認できた。予算さえあれば、またいつでも捕獲ミッションに乗り出すことは可能だ。
今は撤退するしか選択肢がない河丘寛探検隊だが、必ずハワイ島へ戻ってくることだろう。次こそは、ラバフットを捕獲してくれるに違いない。
“この作品は、サバイバルエンターテイメントです。一部、演出・脚色を加えた箇所があります。”




