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密着三日目(1)

 時刻は朝五時。昨夜あまりにも早く寝たため起きる時間も早まってしまったのだろう、イングリッシュ隊員が上半身を起こす。しかし、その様子がおかしい。激しく息を切らしている。


 イングリッシュ隊員の大きな呼吸音で、隣で眠っていた河丘(かわおか)も目を覚ました。


河丘「どうした? 大丈夫か?」

イングリッシュ「はい。大丈夫です。あの……こんなことを言うと笑われてしまいそうですが、幽霊に襲われる夢を見ました。何十人ものアメリカンゴーストに襲われる夢で、驚いて起きてしまい……」

河丘「そうか。単に悪い夢を見ただけか。ちなみに、俺は人の夢を笑うことはない。俺の人生は、未確認生物を捕獲するという夢そのものだからな」

イングリッシュ「あ、ありがとうございます……」

河丘「まだ時間はある。もう一眠りするといい。スタッフのみんなもな」


 そう言う河丘だが、我々はもう充分すぎるほど眠っている。再び横になっても眠れそうになかった。河丘自身、両手を頭の後ろに回してボロボロの天井を眺めたままである。そんな中、唯一寝息を立てているのはラジコン隊員。河丘の左隣で、彼のほうに体を向けて目を閉じている。


河丘「ラジコンは完全にぐっすりって感じだな。ロングスリーパーってやつか」


 河丘がラジコン隊員の顔を見ながらつぶやいた。


 そのときである。


ラジコン「Can I help you?」


 ラジコン隊員の両まぶたが突如開き、英語を口にした。寝起きとは思えないほど大きく、はきはきとした声だ。続けて、


ラジコン「Could I have your reservation number and your name?」


 と言いながら飛び起き、寝袋から這い出て河丘の上に馬乗りになる。


河丘「なんだラジコン!? 何をしている!?」

ラジコン「May I see your passport, please? 」


 問答無用とばかりに、英語を口走り続けるラジコン隊員。そのまま、両手で河丘の首を絞め始めた。


イングリッシュ「ラジコン! お前! 隊長から離れろ!」


 異変を察したイングリッシュ隊員が立ち上がり、ラジコン隊員を羽交い締めにする。河丘の首から両手が離れた。呼吸が止まりかけていた河丘は、苦しそうな顔で大きく息を吸い込み、そして吐き出す。


 イングリッシュ隊員は、河丘に馬乗りになるラジコン隊員を無理やり引き剥がし、立ち上がらせた。体の自由が利くようになった河丘は、寝袋から出て膝立ちの姿勢になる。


河丘「どうしたんだ、ラジコン!? なぜ俺を襲う!?」

ラジコン「Here is your key」

イングリッシュ「何を言ってやがる! ふざけやがって!」


 ラジコン隊員はイングリッシュ隊員に体を締め上げられたまま、手足をばたつかせる。羽交い締めから抜け出そうとしているようだが、イングリッシュ隊員は対抗させまいと両腕に力を入れた。


 突然英語で話し始め、河丘を襲ったラジコン隊員。彼の顔をよく見ると、両目は左右にキョロキョロと動き、口からはよだれが垂れている。健康そうには思えないが、左右の口角は大きく上がり、楽しげな笑みを浮かべている。明らかに普通の状態ではない。


 両膝(りょうひざ)を伸ばし、ラジコン隊員の正面に立つ河丘。豹変(ひょうへん)した部下の様子を見て「まさか」とつぶやく。何か思い当たることがあるのだろうか。


河丘「ラジコン……幽霊に憑依されたのか?」

イングリッシュ「憑依!?」


 ラジコン隊員を締め上げるイングリッシュ隊員が聞き返す。河丘の口から出た言葉が飲み込めなかったのだろう。


河丘「幽霊に憑依されると、その人物が扱えないはずの言語をネイティブと同等の発音で喋り始めることがあると、映画で見た。今のラジコンが、まさにその状態だ」

イングリッシュ「た、確かに、さっきのラジコンの英語は、完璧な発音でした……俺よりも上手かった……」

河丘「顔の様子もおかしい。この廃墟に巣食う悪しき幽霊が、ラジコンの体に取り憑いたのかもしれない」


 河丘の推測は、あまりに突拍子のないものだった。幽霊が憑依して人間の体を操るなど、フィクションの世界の話に思える。だが、他にラジコン隊員に起きた異変の原因を説明できるだろうか。今のラジコン隊員は、文字通り人が変わっている。この廃墟にアメリカ人の悪霊が(ひそ)んでいて、ラジコン隊員の体に入って操作しているように思えて仕方がない。


イングリッシュ「もし憑依されてるとして、ラジコンを元に戻すにはどうすれば……」

河丘「エクソシストの力が必要になるだろう。が、俺にエクソシズムの経験は……ない」


 サバイバルにおいてはプロフェッショナルの河丘でも、除霊については門外漢(もんがいかん)。悪霊を払う聖水も持っていなければ、唱えるべき呪文も知らない。


ラジコン「Are you checking out?」


 こうしている間も、ラジコン隊員は意味不明な英語を繰り返しながら、イングリッシュ隊員を振り(ほど)こうと暴れ続ける。歯を食いしばりながら何とか抑え込むイングリッシュ隊員だが、限界は近そうだ。


イングリッシュ「た、隊長……もう……」

ラジコン「Are you checking out? Are you checking out?」

河丘「ラジコンよ。ドローン操縦士のお前が幽霊に操られやがるとは……恥を知れ! この未熟者が!」


 河丘はラジコン隊員の左頬を思い切り殴った。困ったときのパワー頼り。河丘は自身の両腕を駆使し、あらゆる危機的状況から生還してきた。自分の腕力を何よりも信頼している。ラジコン隊員の憑依状態を解消するために、一か八かではあるが、最も信頼する腕力で訴えかけることにしたのだ。


 河丘の体重が乗った拳が、今度はラジコン隊員の右頬を打つ。探検家としての河丘の人生と、ラジコン隊員を救いたいという精神。それらがこもった重い一発だ。


ラジコン「あれ……俺は一体、何を……」


 ラジコン隊員は意味不明な英語を口にするのをやめ、ばたつかせていた手足の動きも止めた。不気味な笑みも顔から消え、昨日までの彼に戻ったように見える。河丘の魂を込めたパンチが、ラジコン隊員の体から悪霊を追い出したのだろう。


 すでに憑依状態からは脱したようだが、河丘は「念のためもう一発!」と、再びラジコン隊員の左頬を殴打した。ラジコン隊員の口から臼歯(きゅうし)が一本飛び出して、床の上を跳ねる。


ラジコン「た、隊長……なぜ俺を殴って……」

イングリッシュ「隊長、もう大丈夫そうです! ラジコンの意識は戻りました!」

河丘「俺たちは幽霊の専門家じゃないんだ。大丈夫かどうか、まだわからんだろう。あと六発はぶん殴る」

イングリッシュ「やめてください隊長! もう大丈夫ですから! 俺が保証します! もしまたラジコン隊員に何かあったら、俺も殴ってくれて構いません!」

河丘「……そうか。そこまで言うなら信用しよう」


 構えていた左の拳を下ろす河丘。イングリッシュ隊員も、ラジコン隊員の両脇に回していた腕を解く。ラジコン隊員はその場にがくりと膝をついた。


河丘「本当に憑依されていたのか? ラジコン、何か覚えているか?」

ラジコン「い、いえ、何も……気がついたら、隊長に殴られていて……」

河丘「覚えていないか……では、真相はわからずじまいになりそうだな」

ラジコン「す、すみません。記憶はありませんが、隊長に何か失礼なことをしてしまったようで」

河丘「気にするな。さっき殴った分でスッキリできたから」


 英語を発しながら河丘の首を絞めていたラジコン隊員だが、彼が言うには無意識でやっていたそうだ。寝相が悪いというレベルの行動ではない。やはり、この廃墟にいた幽霊が取り憑いていたということなのだろうか。


 我々スタッフは、この廃墟に何かしらの「(いわ)く」がないか、過去に人が死ぬような事件・事故が起きていないかをスマホで調べてみた。「十五年前までホテルだったが経営難で倒産し、以来廃墟になった」ことはわかったが、それらしき事件・事故の記録は出てこない。いわゆる事故物件ではなさそうである。


 では、ラジコン隊員はなぜ流暢(りゅうちょう)に英語を話し始め、河丘を襲ったのか。幽霊の仕業でないと、説明がつかないように感じる。もしかしたら、昨夜勝手に音楽を流し始めたラジオも、イングリッシュ隊員が見たという幽霊に襲われる夢も、すべて関係しているのかもしれない。


河丘「この廃墟を根城にしている悪霊が、俺たちの命を狙っているのか……? だとしたら怖いな。数千万の借金を負うことより怖い」


 河丘は、以前のプテラノドン捕獲ミッションで、死んでいった隊員たちの幽霊と(おぼ)しき影を見た。幻覚だった可能性もあるが、河丘は本物の幽霊だったと信じている。それ以降、幽霊やそれによって引き起こされる霊障の類は実在すると考えるようになったそうだ。しかし、今の発言からして、河丘は幽霊をポジティブなものとは捉えていないようである。プテラノドンの捕獲は失敗に終わり、その探検の中で河丘は多くのものを失った。それがある種のトラウマとなり、「幽霊=悪しき事態をもたらす存在」と考えるようになったのだろう。河丘の額には汗が浮かんでいる。百戦錬磨の河丘が、全身で恐怖を感じているのだ。


 ここに悪霊がいるという証拠はない。しかし、昨夜から続く不可思議な現象を踏まえると、河丘が口にした仮説も現実的に思えてくる。イングリッシュ隊員もラジコン隊員も、河丘の説を否定しなかった。


 この廃墟に(ひそ)み、我々の命を狙っているかもしれない悪霊。それも気になる存在ではある。だが、我々の目的は灼熱猿人・ラバフットだ。廃墟に引き込もる幽霊に気を取られている場合ではない。幽霊でも尻尾を巻いて逃げ出しそうなほど危険な火口。そこを悠然と歩くラバフットこそ、我々が全集中するべきターゲットだということを忘れてはならない。

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