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密着二日目(2)

 ハワイ火山国立公園内の駐車場に車を停め、我々はキラウエア展望台を目指して歩を進める。大仰(おおぎょう)に表現したが、ごく数分の道のりだ。園内は観光エリアのため、道もしっかりと整備されている。


 展望台から数キロ先に、ラバフットが出現したハレマウマウ火口が見えた。数日前に噴火が始まったようで、今も地面から煙が立ち上り、溶岩がドロドロと流れている部分もある。先刻まで火口に入るつもりでいた我々だが、いざ魔境をその目に映すと、いかに愚かな考えをしていたのかを痛感させられた。立入禁止区域に指定されていることには、相応の理由がある。


 もしあの真っ赤な溶岩に飲み込まれれば、火傷どころか骨まで溶かされてしまうだろう。我々の存在がこの世から跡形もなく抹消される。それだけのエネルギーを、かなり離れたこの展望台にいても感じられた。


 そしてこの、鼻の奥をつつかれるような硫黄(いおう)(にお)い。火口に満ちた火山ガスが、微量だが(ただよ)ってきているのである。火口に近づけば、火山ガスを大量に吸い込むことになるのだ。「独特な臭いがする」程度では済まないだろう。


 ハレマウマウ火口は、人間の侵入を絶対に許さない。ハワイ火山国立公園が指定するまでもなく、あらゆる生命を拒絶するエリアだったのだ。


 ラバフットにとっては好都合だろう。我々のように捕獲を目論む人間が近寄ってこないのならば、安全に生活できる。問題は、灼熱の溶岩が流れ、猛毒ガスが充満する環境で生きられるのかどうかだ。「人間」という脅威は排除できても、別の脅威として「自然」がラバフットに襲いかかるはずである。溶岩と猛毒ガスに満ちた場所で生きられる生物が、この地球上に存在しているとは思えない。それでもラバフットは、あの火口を歩いていた。謎がさらに深まる。


河丘「火口に入るのは自殺行為だな。しかし、ここからじゃ遠すぎて、ラバフットがいたとしても姿を捉えることさえできない……ラジコン、お前の出番だ」

ラジコン「お任せください」


 河丘の言葉を受けたラジコン隊員が、背負っていたリュックを地面に下ろす。そして中からドローンを取り出した。X字型の黒い機体に、四つのプロペラがついている。


河丘「このドローンを飛ばして、遠隔でラバフットを捜索する。俺たちが生身で火口に突っ込む必要はない」


 ドローンには小型カメラが搭載されており、撮影したものをリアルタイムで、別のモニターに映すことが可能だ。このドローンを使えば、安全に火口内を捜索可能というわけである。操縦するのはもちろんラジコン隊員。国家資格を持つプロの操縦士だ。


 幸いにも現在、我々の周りには観光客も公園スタッフもいない。思う存分ドローンを飛ばすチャンスである。


河丘「よし、やれえ!」


 河丘の号令と同時に、ラジコン隊員はコントローラーのスティックを指で倒す。地面に置かれたドローンのプロペラが高速回転し、空高く飛翔した。そしてハレマウマウ火口のほうへと猛スピードで飛んでいく。河丘が持つ、ドローンのカメラとリンクしたモニターには、噴火によってできた黒っぽい火山岩が映し出された。ドローンの飛行もカメラの通信も、良好である。


ラジコン「火口にたどり着いたら、上空五十メートルくらいを旋回させます」

河丘「操縦可能範囲は越えないか?」

ラジコン「大丈夫です。火口全体をぐるっと回れます」


 自信に(あふ)れるラジコン隊員の言葉に、頼もしさを感じずにはいられない。ドローン操作に関して彼の右に出る者は、日本国内においてもそういないだろう。その実力を遺憾(いかん)なく発揮できるよう、河丘は高性能のドローンを購入していた。「弘法(こうぼう)筆を選ばず」ということわざがあるが、プロほど道具にこだわるものだ。


 ラジコン隊員の表情は、「ようやく探検隊の役に立てるときが来た」と、どこか生き生きしているように見えた。前向きな隊員が一人いると、他のメンバーの士気も高まる。モニターを覗く河丘とイングリッシュ隊員の視線は、気迫を感じるほど真剣だ。ラバフットの姿、あるいは足跡などの痕跡を見逃さないよう、神経を集中させる。探検隊のモチベーションは、最高潮に達した。


 だが、ドローンが映し出すハレマウマウ火口は、展望台から見る以上に我々を畏怖(いふ)させる。想像を絶するほど長い時間をかけてできた火山岩。その上を侵食していく真紅の溶岩。地球の皮膚が裂け、血が流れ、かさぶたができる。そんな一連の流れをイメージさせられる。地球は大きな生き物なのだ。直径一二〇〇〇キロもの巨大生物が持つエネルギー。その片鱗だけでも我々を戦慄(せんりつ)させるには充分過ぎた。


河丘「こんなにも危険な場所を歩ける生物が、本当にいるのか……?」


 河丘がそう疑問を抱くのも無理はない。鈍く発光しながら(うごめ)く溶岩を見ているだけで、その熱が画面越しに伝わってくる。一つの生命が持つあらゆる力を駆使しても太刀打ちできないであろう、圧倒的なエネルギーだ。そんな溶岩を内包し続け、時に噴火させて何人(なんぴと)をも近づけないハレマウマウ火口。我々が伝え聞く「地獄」そのものだ。


 これほどの地獄を我が物顔で歩くラバフットが本当に存在するのならば、なおのこと捕まえて生態を解き明かしたい……。我々の拳に力が入る。


 そのときだった。


 河丘が持つモニターの画面が真っ赤に染まる。鮮血がレンズにかかったかのようだ。視界ゼロ。その数秒後、映像が乱れて画面が暗くなり、何も映さなくなった。


河丘「どうしたんだ!? 何があった!?」

ラジコン「おそらく、ドローンが噴火に巻き込まれたのだと思われます。ドローンが飛行している直下から、溶岩が噴き出たのではないかと」


 なんと、ドローンが噴火に巻き込まれてしまったのだ。ラジコン隊員がコントローラーを使いドローンを戻そうと試みるが、機体が飛んでくる気配はない。ドローンは高熱の溶岩の中で、一瞬にして溶かされてしまったのだろう。


 いつどこで噴火が起きるかは予想できない。流石のラジコン隊員といえど、不意打ちの噴火を避けてドローンを操作することはできなかった。運が悪かったとしか言いようがない。


河丘「なんてことだ……あのドローン、四十万円もしたんだぞ」


 ラバフットを捜索するための秘密兵器が失われた。その事実、そして絶望感と共に河丘の頭を支配したのは、ドローンの金額だった。今回の探検に当てられた予算、その大部分を使って高性能のドローンを購入した。ホテルに宿泊すらできないほど金銭的な余裕がなくなっていた原因が、あのドローンだったのである。


 節約に節約を重ね、可能な限りの準備をした。しかし、充分な状態だったかといえば程遠い。ラバフットは、ケチくさい我々の前にのこのこと姿を現してくれるほど安い生物ではないようだ。「貴様らは、我が足跡を(おが)むことさえ烏滸(おこ)がましい」という言葉を突きつけられているように思えてならない。

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