お忍びせとうち旅行
おしのびおしのび。
空が白んできた。
夜中の高速をぶっ飛ばして、徳山東インターを降りる。
下松の名物牛テールラーメンを食べたいが、いかんせん時刻はまだ5時を回ったところだ。
ハンドルを持つマネージャーの倉野は電子タバコを左手にとるが、助手席で寝息をたてているアイドルを見てポケットに戻した。
すーすー。
すっかり安心して気持ちよさそうに寝いきをたてている。
「ふう。お気楽なこった」
倉野はそう呟き胸ポケットをまさぐって、サングラスを取り出すと眩く明かりのついた世界を落ち着かせる。
車はゆっくりと南下して海ぞいを走る。
免許をとって間もない彼は、不慣れな運転に不意に眠気が襲いかかった。
「ふぁ~」
欠伸をし、ナビに従い周防大島の海岸線へと進む。
途中、長めの良い道の駅で休憩をとった。
「・・・・・・」
倉野はジャケットを脱ぐと、寝ている彼女にそっと被せ外へ出た。
それから一人ゆっくりと歩き海辺へ立つ。
瀬戸内海の海がキラキラと輝き、穏やかに波だっている。
彼は電子タバコを吸った。
「思えば遠くに来たもんだ」
と苦笑する。
「はあ」
溜息が青空へと溶ける。
彼はしばらく海を眺め、缶コーヒーとオレンジジュースを買って車へと戻った。
ばたむ。
寝ている彼女を気遣い、優しくドアを閉めた。
助手席の缶ホルダーにオレンジジュースを置き、倉野は外で開けた缶コーヒーを一口啜った。
「どうしたもんかな」
と、ひとり首を竦めた。
プッシュスタートボタンを押しエンジンをかける振動で車が揺れる。
「ん・・・んん~」
ぱっ。
彼女の目が開いた。
「おはよう環」
倉野はおはようの挨拶をした。
「おはよう倉野マネ。ここは?」
「お姫様の申し出通り。遠いところ」
「・・・そう。ありがと」
「どういたしまして」
「えっ!めっちゃ景色いいじゃん」
「周防大島だよ」
「瀬戸内海のところ」
「そう」
「おまかせにしたけど、センスあるじゃん」
「どういたしまして」
「ちょっと外見てくる」
「ああ」
環は外へと飛び出して行った。
倉野はナビ画面からテレビへと変えた。
ちょうど芸能ニュースが流れていた。
「昨夜国民的アイドルの・・・環さんが失踪しました・・・」
「・・・って、捜索届だすの早すぎんだろ」
彼は慌てて画面を消し、彼女を追った。
環はさっきの倉野と同じように海を眺めていた。
ふさっ。
彼は彼女に頭からジャケットを被せるとサングラスを渡した。
「ちょ」
驚く環に、
「ヤバい、ニュースになってるぜ」
倉野の言葉に、
「さもありなん」
彼女は冷静にそう返し、サングラスをかけると車へと乗り込んだ。
「8時か・・・ホテルのチェックインまで時間があり過ぎるな」
「そうね」
「岩国とか宮島に行くか?」
「馬鹿じゃないの。そんなところに行ったら目立ってしょうがないじゃないの」
「だな」
「ジャーマネしっかりしなさい」
「はい」
「・・・そうね。ここ景色いいから、この島を一周しない。まあまあ時間潰れるでしょ」
「なるほど」
車は海岸線を進む。
環は助手席の窓を開けて潮の匂いを嗅いだ。
ごそごそと彼女はカバンを取り出し、パーカーを着て頭にフードを被る。
「これでよし」
「見事な変装で・・・」
「でしょ」
倉野の嫌味にも全く気にすることなく、環は車窓から海を眺めた。
梅雨明けのカラリとした日差しの中、吹き抜ける風が心地よい。
逆方向の山手には段々畑に柑橘系の背の低い樹が青々と葉を茂らせていた。
「いい天気だね」
「そうだな」
「逃避行って暇だね」
「そんなもんだろ」
他愛のない会話が二人にとって、心地のよい時間となる。
環は笑いながら生温くなったオレンジジュースを飲み干した。
昼食はキッチンカーを見つけハンバーガーを注文する。
テイクアウトし、海辺に降りて木陰で食事する。
「ちょっと暑いわね」
額にじんわり汗を滲ませ環は言った。
「もうすぐ夏だからな・・・ほれ」
倉野は紙袋から彼女が注文したフィッシュバーガーとタピオカミルクティーを手渡し、テーブルにフライドポテトを置く。
「ありがと」
「ああ」
彼は素っ気なく返事をすると、テリヤキバーガーを頬張り、アイスコーヒーで流し込んだ。
「ちょっと食べるの早いよ」
「俺はこれが普通なの」
「そう」
「そ」
「そんなんじゃ、女の子に嫌われるよ」
「別にいいよ」
「うん、そうだね・・・」
「ん?」
「なんでもない」
環は倉野から視線を逸らし、穏やかな海を見た。
「なんか落ち着く」
「そうか」
それから二人は食事を済ませ、砂浜を歩いた。
車に乗り込み、倉野は腕時計を見る。
「14時か」
「チェックインまで時間があるね」
「ああ」
「どっか、ジェラート屋さんない?」
「ったく、我儘な姫さんだな」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「・・・・・・」
彼はスマホを取り出し、店を検索してみる。
「あった?」
「ちょい待ち・・・ああ、こっから5㎞先にあるな」
「じゃいこ」
「合点承知之介」
「なにそれ」
ジェラート屋に着いたのはいいが、店はすでに潰れていた。
店はあるものの看板も外され、中はカーテンで締めきられていた。
「・・・これだから、ネット情報はあてにならない」
「だね」
「どうする?」
「ちょっと早いけどホテルに行こうよ」
「ブ・ラジャー」
「・・・あのね」
ホテルはこじゃれたリゾート風の建物だった。
無事にチェックインを済ませ、二人はホテルのプロムナードを歩く。
上が吹き抜けになっており、陽光があたたかい。
「おーなかなかいいね」
「お気に召しましたか。姫」
「おお、余は満足じゃぞ」
「お前、それ殿様やん」
「てへ」
ふたりはスイートルームに入るとベッドに倒れ込んで寝た。
19時。
フロントから夕食の知らせが入る。
「はい、はい・・・あ、すません。今から行きます・・・おい、環」
倉野は環の背中を揺さぶる。
「ん、ん~、もうちょっと~」
「起きろ。メシだ。30分の遅刻だ」
「へ」
「爆睡していたんだよ」
「それはしまった」
「だな」
二人は寝ぼけ眼をこすりながら、レストランへと向かう。
豪華な食事が並ぶ。
「名物っ。みかん鍋とな」
「高そうな牛肉もありますぜ。旦那」
「そちも好きモノよの・・・やめぃ・・・あ、生ビール2つお願いします」
側でしっかり恥ずかしい会話を聴いていたスタッフに、倉野は恥ずかしそうにお願いした。
「お、気が利くね」
「つーか、めっちゃ恥ずかしかったわ」
「まあまあ」
「・・・こやつ」
二人はビールで乾杯をし、美味しい料理に舌鼓をうった。
その後、
「ジャーマネ、温泉の前に卓球しよ」
「腹ごなし、ってか」
「オフコース」
「フルコース今お腹いっぱーい」
「はいはい」
「・・・・・・」
環は持ち前の運動能力で、倉野をこてんぱんにした。
それから温泉に入って、寝る前に庭から星空を見た。
「見ろ。あれが夏の大三角形だ」
「流れ星でないかしら」
「俺の話・・・」
「ああ、ごめん。願い事したいなって」
「・・・願い事か」
「そ」
「それは叶いそうか」
「どうだろね」
「・・・・・・」
「あ、流れ星っ!」
「どこ?」
「うっそ、ぴょーん」
「おい環っ!」
「あばよ~。とっつあーん」
環はそう言うと、笑いながら片手に持った部屋のカードキーを振り回し、全速力で部屋に駆け戻る。
「待て~待てぃ~」
倉野は彼女の後姿を必死で追いかけた。
「ふふふ」
環は笑いながら、部屋のカードキーをドア付近のセンサーへあてる。
カチャリと音がする。
「おっと、それまでだぜ」
倉野はドアノブを押さえた。
「ちぇっ」
部屋に入ると、逃避行、旅の疲れ、お腹いっぱいと眠気が襲い、二人は何も言わず自由時間(仮眠)となった。
ごそっ。
先に目を覚ましたのは倉野だった。
ダブルベッドの隣にいるのはアイドルの環。
彼は天井を見上げると、涙が流れ出す。
「俺・・・なんてことしてしまったんだ」
消え入りそうな声で呟く彼の手をそっと彼女は握りしめる。
「・・・環」
「いいの。これでいいの」
「・・・・・・」
「来て」
「・・・・・・」
倉野は環と身体を重ねる。
夜明けはもう近い。
う~とりあえず、文字数は足りませんが挑んでみました。




