人機半身ゼルク
第30章
未来都市アルテシスと重力の記憶
再びワールドストーリーにログインした主人公たちは、青白い光に包まれた仮想ポータルの前に立っていた。
都市ゲートの中央には、古典的な装飾と近未来的な発光素材が奇妙に混ざり合った巨大な装置がある。歯車のようでもあり、量子回路のようでもある円環が幾重にも重なり、その中心に透明なカプセルが浮かんでいた。
主人公は少し得意げに胸を張る。
「さあ、これが仮想世界内タイムマシーンだ」
タクトは半目になった。
「名前がそのまますぎる」
テトラも呆れたように肩をすくめる。
「しかもその言い方だと、仮想の中でさらに仮想科学ごっこしてる人みたいだけど」
「違う。ごっこじゃない。仮想世界では仮想の物理法則が働くんだ」
主人公は妙に自信満々だった。
「現実の物理法則が絶対なら、ゲーム世界で空を飛ぶ島も、突然出現するダンジョンも、説明できないだろ?」
「それは仕様でしょ」とタクト。
「仕様を世界の側から見れば法則だ」と主人公は言い切った。
テトラはくすっと笑う。
「はいはい。仮想世界のニュートン先生」
三人がカプセルに乗り込むと、円環が低くうなり始めた。次の瞬間、周囲の街並みが水面に映る景色のように揺らぎ、時間層をめくるように流れ始める。
石畳の街路がガラス質の道路へ。
煉瓦の家屋が白銀の外壁を持つ高層建築へ。
看板の文字が変形し、街灯が細い発光柱へと変わっていく。
風景は連続しているはずなのに、どこか夢の断片のようだった。
まるで都市そのものが成長しているのではなく、別の可能性へ枝分かれしていくのを見せられているようだった。
主人公は思わず息をのむ。
「……すごいな」
タクトも珍しく無言だった。
テトラだけが、小さくつぶやく。
「神秘的ね。時間移動っていうより、世界の表面を撫でてるみたい」
やがて流れていた景色がゆっくりと静止し、カプセルの前に一つの新たな大地が現れた。
そこは、近未来にしか存在しない小大陸。
アーデルム小大陸だった。
転送台から降りた三人は、まず地平線の輪郭に違和感を覚えた。
「……なあ」と主人公が言う。
「うん」とタクト。
「思った」とテトラ。
三人の疑問は同じだった。
「なんでメルギュロス大陸からアーデルム小大陸になったんだ?」
テトラは軽く笑って言う。
「プレートが動いたからでしょ」
しかし、タクトは即座に首を振った。
「だとしてもおかしい。地形変化としては説明が雑すぎる。規模も位置も不自然だ。たぶん、何か秘密がある」
「秘密ねえ」
テトラは手元の簡易端末を操作しながら続ける。
「でも、地球物理学と医学って意外と関係あるらしいよ。たとえば地下水中の有害物質、土壌中の重金属、自然放射線、火山灰や大気中粒子、地震災害による外傷やストレスとか」
主人公は眉をひそめた。
「大地の状態が、その土地の生き物の健康を左右するってことか」
「そういうこと。だったら、大陸の形が変わるのも、ただの地殻変動じゃなくて、もっと大きな要因の結果かもしれない」
主人公は少し考えてから言った。
「大陸も、生き物の身体みたいなものだとしたら?」
タクトが横目で見る。
「発想は面白いけど、今のところは憶測だな」
「わかってるよ」
そう答えながら主人公は心の中で思った。
また作者に尋ねたいことが増えたな、と。
しかし、その思考は次の瞬間、視界に飛び込んできた光景によって吹き飛んだ。
「……さあ、着いた!」
主人公が指差す。
「ここがアーデルム小大陸最大の未来都市、アルテシスだ!」
三人の目の前に広がっていたのは、もはや“都市”という言葉だけでは足りない景観だった。
無数の高層ビルが空へ伸び、その外壁を流れる発光ラインが都市全体を巨大な回路のように見せている。空中には透明な歩道橋が幾重にも走り、地上では汎用人工知能を搭載したロボットたちが人間と変わらぬ自然さで歩いていた。
配送用の小型機械。
警備ドローン。
接客ロボット。
清掃を行う半球型ユニット。
車や電車に相当する移動機構は、街中を走る透明チューブの中を高速で滑っていく。静音性が極端に高く、巨大都市のはずなのに耳に届くのはわずかな駆動音と風切り音だけだった。
タクトが低く言う。
「自動化の度合いが想像以上だな」
「セキュリティもすごそう」とテトラ。
実際、ビルの角や高所には視線のように動く監視端末があり、空中には肉眼で見えるか見えないかぎりぎりの薄い防御膜が張られていた。アルテシスは、美しい。だがその美しさは、刃物のように整理されすぎてもいた。
「ヴァーチャルクライムも、ここじゃかなり難しそうだな」
主人公が言うと、タクトは周囲を見渡した。
「難しいどころじゃない。何かを隠してる街の警備レベルだ」
その視線の先、ビル群の中央にそびえていたのは、三本の塔が中腹で絡み合い、一つへ融合して天を突く異形の建造物だった。
「……トリニティタワー」
テトラが表示された都市情報を読み上げる。
三重構造の主塔。
都市演算中枢。
エネルギー管理基幹。
そして、一部区画はアクセス制限。
主人公はその荘厳さに見入ったが、さらに奥へ進んだところで別の建造物が目に入った。
それは、二重螺旋を描きながらゆっくり回転している巨大なビルだった。まるでDNAをそのまま鋼鉄と光で再構成したような形状。外周をらせん状の回廊が取り巻き、節目ごとに自動砲台らしき装置が配置されている。
その周囲だけ、警備機械の密度が明らかに高かった。
主人公の目が細くなる。
「……ここだな」
「目的のダンジョン?」とテトラ。
「ああ。あれだけ守ってるなら、中にやばいものがある」
タクトは端末で情報を確認した。
「名称は未登録。通称、ヘリックス・コア。内部構造は初層、中層、最終層の三段構成。侵入者対応はウェーブ式。比較的よくある形式だけど、難易度は上の下ってところか」
「上の下か」
主人公は少し笑う。
「嫌な言い方だけど、ワールドストーリーっぽいな」
「優しいようで優しくないやつね」とテトラ。
主人公は剣の柄に手を置いた。
「今の俺たちで立ち向かえるか?」
まずタクトを見る。
タクトは落ち着いた表情で答えた。
「問題ない。あれから医学の知識もかなり増えた。人体構造、神経系、外傷対応、敵の駆動部位の推定にも応用できる。壊しやすい箇所は前より見えるはずだ」
「医療知識が戦闘にも転ぶの、相変わらず器用すぎるだろ」
「構造を知るのは、守るのにも壊すのにも使える」
つづいて主人公はテトラに向く。
「テトラは?」
テトラは胸を張って言った。
「上位魔法をいくつか習得したわ。中でも気になるのが、この“グラビティ”って魔法ね」
彼女は魔導ウィンドウを開いて見せる。
【グラビティ】
分類不明
重力場生成・圧縮・牽引補助
属性判定:未確定
「新しく増えてたの。初級魔法にしてはかなり使い勝手がいい。無属性か、虚属性魔法の混合かもって思ったけど、属性がはっきりしないのよね」
「重力、か……」
その言葉を聞いた瞬間、主人公の意識の奥に何かが引っかかった。
重力。
ただの魔法名。
ただのゲーム用語。
そのはずなのに、胸の奥に沈んでいた記憶がゆっくりと浮き上がってくる。
暗い場所。
冷たい床。
何かの装置。
記録媒体。
そして、父の声に似た、誰かの言葉。
――重力は、落とす力じゃない。
――つなぎ止める力だ。
――世界が世界の形を保つための……
「……っ」
主人公は思わずこめかみを押さえた。
「どうした?」
タクトがすぐに気づく。
「いや……何か、大事なことを思い出しかけた」
テトラの表情が少しだけ真剣になる。
「グラビティで?」
「ああ。でも、まだ霧みたいでつかめない」
風が吹いた。
未来都市の風は、どこか無菌室のように匂いが薄かった。
そのときだった。
ヘリックス・コアの外壁に走っていた青いラインが、一斉に赤へ変わる。
次の瞬間、ビル周囲の床がスライドし、中から人型の機械兵が次々にせり上がってきた。白銀の装甲に細い黒い関節。頭部には単眼の走査レンズ。腕部には刃と粒子射出装置を換装可能な複合機構。
タクトが一歩前へ出る。
「来るぞ。第一ウェーブだ」
機械兵の群れは整然と並び、それから一斉に加速した。
統制の取れた動き。迷いのない進路。
人間の兵士というより、数式がそのまま突進してきたような不気味さがある。
主人公は剣を抜いた。
「いきなり歓迎が激しいな!」
最前列の一体が跳躍し、頭上から刃を振り下ろす。主人公は横へ流れて回避、その胴体へ斬り上げを叩き込む。だが装甲が硬い。浅い。
「硬っ!」
「関節部!」とタクトが叫ぶ。
主人公は即座に軌道を変え、二撃目で膝関節を狙った。火花。破断。機械兵がバランスを失って転倒する。
その隙に別の二体が左右から迫る。
「テトラ!」
「任せて!」
テトラが杖を振る。
光陣が淡く開き、空気が一瞬だけ重くなった。
「グラビティ!」
目に見えない圧力が前方の空間に落ちる。二体の機械兵が突如として姿勢を崩し、床へ膝をついた。装甲が軋み、内部フレームが悲鳴のような金属音を立てる。
主人公は目を見開いた。
「押し潰した!?」
「押しつけた、かな。局所的に重くしてる感じ!」
「初級魔法の顔してやることが全然初級じゃない!」
タクトが冷静に補足する。
「圧力変化で駆動軸に負荷が集中してる。機械相手にはかなり効くぞ」
さらに後方から飛来した粒子弾を、主人公は咄嗟に剣で弾いた。弾き切れなかった一発が肩口をかすめる。
だが、その直後にはタクトが主人公の横へ滑り込み、素早く状態を確認する。
「浅い。熱傷寄りだ。動けるな?」
「余裕!」
「その元気、少し分けてほしい」
ぼやきながらも、タクトは床に落ちていた破片を蹴り上げ、敵のセンサー部へ命中させる。視界を乱された機械兵に主人公が飛び込み、一閃で首元の接続部を断った。
第一ウェーブを突破した直後、ヘリックス・コアの正面ゲートが低く開く。
内部から冷気が流れ出た。
だがそれは空調の冷たさではない。
もっと情報的な、計算された冷たさ。
病院の手術室と、研究施設のコアを混ぜたような気配だった。
テトラが小さくつぶやく。
「このダンジョン……普通の宝物庫じゃないかも」
タクトも頷く。
「医療設備に近い反応が混ざってる。生命維持か、検査か、あるいは……人体に関わる何かだ」
主人公はゲートの奥を見つめた。
未来都市。
大陸の変化。
医学と地球物理学の奇妙な接点。
そして、重力という言葉に引っかかった記憶。
ばらばらのピースのはずなのに、どこかで一つにつながっている気がした。
「行こう」
主人公は静かに言った。
「この先に、たぶん答えの一部がある」
三人はうなずき、ヘリックス・コアの初層へ足を踏み入れる。
その瞬間、内部壁面に無数の文字列が走った。
診断ログのような表示。
地殻変動シミュレーションのような図。
人体断面図に似たホログラム。
そして最奥から、機械音声が響く。
「侵入者を確認。環境適応試験プロトコルを開始します」
主人公たちは立ち止まる。
環境適応試験。
その言葉は、ただの戦闘開始アナウンスにしては妙に意味深だった。
タクトが低く言う。
「……嫌な予感がする」
テトラは杖を握り直した。
「でも、こういうときの嫌な予感って、だいたい当たるのよね」
主人公は薄く笑う。
「じゃあ、当たりを引きに行くか」
未来都市アルテシスの深部。
二重螺旋の塔に隠されたものが、今、静かに牙を剥こうとしていた。
⸻
第30章
第二章 足を断て
ヘリックス・コア初層は、拍子抜けするほど単純だった。
侵入直後こそ「環境適応試験プロトコル」だの、物々しい文言が壁面いっぱいに走っていたが、実際に出てきたのは白銀の機械兵ばかりだった。
数は多い。
連携も取れている。
装甲もそこそこ硬い。
だが、それだけだった。
主人公が前へ出て斬る。
タクトが関節や駆動部の弱点を即座に指示する。
テトラが重力と拘束で動きを削る。
それだけで、初層の敵は次々に崩れた。
最後の一体が光の粒になって消えたあと、主人公は剣を肩に担ぎ、少しだけ拍子抜けした声を漏らした。
「……こんなもんか?」
タクトも周囲を見回す。
「セキュリティの厳しさの割に、妙に素直だったな」
「むしろ素直すぎるわね」
テトラが言う。
「初層で消耗させる感じでもないし、単なる足切り試験だったのかも」
主人公はそこで自分の武器ウィンドウを見た。
龍派生武器。
その刃の奥で、絡みつく龍影が明らかに濃くなっている。
ドラゴンゲージはすでに最大まで溜まっていた。
さらに金ゲージもかなり高い位置にある。
使用可能奥義の欄に、ひとつの名が浮かんでいた。
流派奥義
???
主人公はその文字列を見て、ゆっくり息を吐く。
「……使えるな」
タクトが横目で見る。
「温存する気か?」
「ああ」
主人公は即答した。
「こういうのは、雑魚じゃなくて本命に叩き込む」
「わかりやすくて助かる判断ね」とテトラ。
三人はそのまま、初層の奥に開いたゲートへ進んだ。
通路は、螺旋構造になっていた。まるで塔の内側を巻きながら上がっていくようなつくりで、壁面には薄い診断ログが流れ続けている。
重力補正 正常
歩行挙動 記録中
筋出力予測 更新中
主人公は眉をひそめた。
「やっぱり、ただの防衛施設じゃないな」
「見られてる感じが強い」
タクトが低く言う。
「侵入者を排除するというより、解析してる」
「だったら」
主人公は前を見たまま言う。
「こっちも、最後まで見せてやろうじゃん」
通路の終点で、中層のゲートが開いた。
次の瞬間、空気が変わった。
中層は初層より明らかに広い。
天井の高い機械空間。
左右に補助レーンが走り、中央には可動床。
そして奥には、多脚クレーンめいた大型機械の影が見える。
だが先に動いたのは、そいつらではなかった。
床面が一斉にスライドし、小型の機械群が飛び出す。
犬ほどの大きさのもの、腰高ほどのもの、球形ユニット、四脚の跳躍型。種類が違うのに、行動のタイミングだけは完璧に揃っていた。
その背後から、大型の機械が三体、ゆっくりと前へ出てくる。
主人公は剣を構えながら笑った。
「やっと“ダンジョンっぽく”なってきたな」
「笑ってる場合か」とタクト。
「むしろこういうほうが落ち着く」
大型機械の一体が、異様な軌道で滑った。
直線じゃない。
曲がった。
それも、ただ曲がるのではなく、踏み込みながら身体の向きを瞬時に何度も変え、主人公の死角を取るように移動した。
「速っ!?」
主人公が半歩引いた直後、別の一体が低い姿勢から爆発的に加速する。
まるで地面を噛みちぎって飛ぶみたいな推進だった。
タクトのヴァーチャルアシストが一気に展開する。
敵体表スキャン。
駆動骨格。
運動補助軸。
接地圧。
足部構造。
タクトの目が鋭く変わった。
「……そうか」
「何かわかったのか!」と主人公。
「足だ!」
タクトは大型機械の映像を空中へ拡大した。
「こいつら、リスフラン関節とショパール関節が異様に発達してる!」
主人公は敵をいなしながら叫ぶ。
「言われてもピンと来ない!」
タクトは早口になっていた。
「ショパール関節は足の中ほど、後ろ足部と前の足部を切り替える中継点みたいなところだ!」
「ここが発達すると地形対応力と方向転換性能が上がる!」
大型機械がまた鋭く曲がる。
直進していたはずの軌道が途中で折れ、フェイントを混ぜながら主人公へ迫る。
「これでフェイントや曲線機動に強くなってるのか!」とタクト。
さらに別の機械が低く沈み、そのまま一気に前へ跳んだ。
「リスフラン関節は前足部の推進を支える要だ!」
「ここが強いから初速が異様に高い! 厄介な敵だ!」
「足を積極的に狙え!」
主人公は思わず反論する。
「って言われても足を狙うのは難しいぞ!」
その瞬間だった。
テトラがすっと前へ出る。
「なら、当たる確率を上げればいい」
彼女の足元に、見たことのない魔法陣が浮かんだ。
金でも銀でもない。虹色を薄く溶かしたような、揺らぐ光の陣だ。
「運属性上級補助魔法」
テトラは杖を構え、主人公へ向けて術式を放つ。
「フォーチュン・ライン!」
淡い光の線が主人公の身体へ絡みつく。
重くはない。むしろ感覚が少しだけ鋭くなり、世界の動きの中に“当たりやすい線”だけが浮かび上がるような奇妙な感覚が走った。
主人公の口元が上がる。
「ナイス、タクト、テトラ!」
タクトとテトラはすぐに遠くへ間合いを取る。
主人公だけが敵群の中へ飛び込んだ。
小型機械が左右から来る。
主人公は二段ジャンプで頭上へ抜け、そのまま《空中回避》を切って軌道をずらす。
さらに着地前に一閃。
狙ったのは胴ではない。
足だ。
火花。
破断。
小型機械が急に姿勢を崩し、床を滑って壁へ激突する。
「……っ、ほんとだ!」
主人公が叫ぶ。
「タクトの言った通りだ! 足を狙ったら急に動きが鈍くなった!」
「だから言っただろ!」とタクト。
「上半身は強いが、機動を支えてるのは足だ!」
主人公はそのまま連続で動く。
空中回避。
二段ジャンプ。
壁際を蹴って方向転換。
大型機械の曲線機動に対して、今度は自分のほうがさらに曲がる。
トリッキー。
だが無茶ではない。
フォーチュン・ラインの補正が、刃の落ちる位置を微妙に“当たり側”へ寄せてくれている。
足首。
中足部。
駆動軸。
接地端。
次々に切り裂く。
大型機械は一見無傷に近いままでも、足を壊されると途端にぎこちなくなる。
方向転換が鈍る。
初速が死ぬ。
連携が崩れる。
主人公は笑った。
「このまま三人連携でいくぞ!」
「了解!」とテトラ。
「足場、少しだけ重くする!」
「左の大きいの、次の加速前に来る!」とタクト。
主人公は通常攻撃でドラゴンゲージを回復しつつ、龍派生技を差し込む。
ゲージは減る。だが、また通常攻撃で取り戻す。
その循環が完全に噛み合っていた。
中層の雑魚群は、最初こそ圧倒的に見えた。
だが、司令塔としてのタクトの分析、テトラの補助魔法、そして主人公の機動力が揃った今、もう流れは主人公たちのものだった。
最後の大型機械が膝を折り、床へ重く沈んだとき、タクトが短く息を吐いた。
「……中層雑魚でこれか」
主人公は剣を振って火花を払う。
「逆に、ボスは面白そうだな」
その直後、奥の隔壁が静かに開いた。
⸻
第三章 人機半身ゼルク
中層の最奥は、意外なほど静かだった。
広い。
何もない。
いや、正確には何もないように見せている。
中央に一人、立っていた。
機械ではない。
少なくとも、一目見た限りはそう思えた。
長身の男。
白銀と黒を基調にした装束。
右腕の外側にだけ機械装甲が走り、首筋から胸元にかけても薄い金属線が埋め込まれている。顔立ちは人間そのものだが、瞳の奥だけが、どこか不自然に澄みすぎていた。
主人公は剣を下ろさないまま言う。
「……機械じゃないのか」
男は静かに口を開く。
「我は人間と機械のハーフ」
その声は妙に落ち着いていた。
敵意がないわけではない。だが、こちらを即座に排除しようという動きでもない。
「名はゼルク」
男は言う。
「私を倒せれば、最上層まで連れていってやろう」
その瞬間、空中にウィンドウが発生した。
エクストラボスに挑戦しますか?
YES / NO
主人公は少しだけ笑う。
「聞き方がゲームすぎるな」
「内容は全然やさしくなさそうだけどね」とテトラ。
タクトはゼルクを睨んだまま言う。
「……勝てると思うか?」
主人公は自分のゲージを見る。
ドラゴンゲージは最大。
金ゲージもかなり溜まっている。
流派奥義、闇龗神クラオカミノカミもまだ温存したままだ。
「勝てる」
短く、はっきり言った。
その返事と同時に、主人公は「YES」を押した。
空気が変わる。
中層の部屋の壁面が暗転し、床に細い赤線が走る。
ボス戦闘領域が展開された合図だった。
三人は自然に間合いを取る。
主人公が前。
タクトとテトラは後方。
ゼルクは微動だにしない。
「私の動きが読めるか」
その一言だけが、低く響いた。
そして次の瞬間。
ゼルクが消えた。
「……っ!?」
主人公は何が起きたのか理解できなかった。
視界から消えたのではない。存在が一度“飛んだ”感じがした。
気づいたときには、ゼルクは主人公の懐にいた。
「速っ……!」
反射的に《二重回避》を切る。
だが、間に合わない。
刃でも拳でもない。
理解の一拍を置き去りにした打撃が、主人公の胴へ直撃した。
同時に、テトラが時魔法の詠唱に入る。
「時相……!」
だが時魔法は長い。
無詠唱で使えるような軽い術式じゃない。
テトラは即座に判断を変えた。
「グラビティ!」
その瞬間だった。
世界が灰色になった。
音が止まる。
風が止まる。
呼吸すら、できない。
テトラの杖は振り下ろされる寸前で止まり、
タクトの補助ウィンドウは半ば展開したところで固まっている。
「……何、これ」
時間が止まっている。
三秒もなかったはずだ。
だが、その灰色の停止は、永遠みたいに長く感じられた。
次の瞬間、色が戻る。
同時に主人公は、血を吐きながら吹き飛ばされていた。
「が……っ!」
床を滑る。
壁へ叩きつけられる寸前でどうにか受け身を取る。
視界にノイズが走る。
特殊な空間だった。
完全な停止ではない。
ゼルクが周囲の時間密度を歪めていたのだ。
主人公の脳裏に、あの声が蘇る。
NPCのこと。
死んだら蘇ると思う?
作者の声。
心臓が嫌な音を立てる。
ここでログアウトすれば、自分は逃げられるかもしれない。
だが、残されたテトラはどうなる。
ゼルクのこの技が本気なら、止まった三秒のあいだに何だってできる。
「……テトラを」
心拍が跳ね上がる。
「テトラを死なせるわけにはいかない!」
その瞬間、主人公の中で何かが切り替わった。
視界のノイズが七色に割れ、
ドラゴンゲージが、一気に膨れ上がる。
最大を超えて、なお上がる。
刃の周囲に、紫がかった龍影が巻きつく。
紅い雷撃が、ばりばりと音を立てて迸る。
派生奥義
「闇龗神……!」
主人公が低く吐く。
「クラオカミノカミ!!」
紫がかった巨大な龍が、剣に絡みつきながらその身を開く。
ただの光じゃない。
怒りと執念と覚悟をそのまま雷に変えたような、濃い気配だった。
再びゼルクが仕掛ける。
瞬間移動めいた突進。
だが今度は、主人公が読んだ。
紙一重で回避する。
ゼルクの目が初めてわずかに揺れた。
「ほう……これを回避するとは」
主人公は答えない。
ただ、間合いを取る。
次の瞬間、自分から飛び込んだ。
⸻
第四章 友と愛
そこから先は、言葉より先に剣が走った。
主人公は何も喋らない。
必要がなかった。
二段ジャンプ。
空中回避。
二重回避。
床を蹴り、壁を蹴り、通常の軌道から外れ続ける。
それに、闇龗神クラオカミノカミの龍雷が重なる。
ゼルクもまた、人間離れした動きで迎え撃つ。
瞬間的な転移。
人機複合の体術。
機械補助でありながら、人間の駆け引きも混じった剣戟。
激しい火花が散る。
刃と刃が噛み合い、衝撃で床がひび割れる。
後方で、タクトが息を呑んだ。
「……ゾーンに入ってる」
それだけではなかった。
主人公の全身から立ち上るオーラが、七色に明滅していた。
赤、青、緑、黄、紫、白、黒。
ゲーミング色、と言えばふざけているようだが、実際そうとしか言えない異様な輝きだった。
「何だ、あのオーラは……!」
タクトは初めて見る主人公の本気に、思わず圧倒される。
ここまで剥き出しの意志で戦う主人公を見たことがない。
何がそうさせているのか、考えるまでもなかった。
守りたいものがいるからだ。
タクトはすぐに立て直す。
「テトラ! 手数の多い上級攻撃魔法を!」
テトラもすでに構えていた。
「わかってる!」
彼女の周囲に複数の魔法陣が重なる。
火、水、雷、光、虚の補助線が一瞬だけ流れ込み、それを運属性が無理やり束ねる。
「上級連奏魔法
スターリット・カスケード!」
無数の光弾が、滝みたいにゼルクへ降る。
威力一点突破ではない。
だが数が多い。しかも軌道がいやらしく曲がる。
ゼルクは主人公との斬り合いの合間にそれを捌かなければならず、ほんのわずかに対応が遅れる。
その一拍を、主人公は見逃さない。
タクトも主人公へ補助を飛ばす。
「視力増強! 焦点補助! 動体追尾補正!」
ヒーラーはヒールだけではない。
生命に関わる機能であるなら、知覚も反応も強化できる。
主人公の視界が、一段研ぎ澄まされる。
その一方で、タクトはヴァーチャルアシストを全開にしてゼルクをスキャンしていた。
「……っ」
思わず息を呑む。
複雑すぎる。
骨格、筋、腱、神経に相当する人体パーツがある。
だがその間に、機械補助軸、反応増幅子、瞬間加速用の微小駆動炉まで埋め込まれている。
人体を模した機械ではない。
機械を埋めた人間でもない。
二つが、無理やりではなく、一個の設計思想として融合していた。
「こんなの……」
タクトは低く呟く。
「ほぼ弱点がない……!」
それでも、見えないわけじゃない。
「主人公!」
タクトが叫ぶ。
「左胸の下! 人工循環補助と生体心臓の接続点が一瞬だけずれる!」
「そこだけ、人間と機械の境目がある!」
主人公の目が細くなる。
ゼルクが笑う。
「読めるか!」
「読んでんのは俺じゃない!」
主人公は低く返し、そのまま飛び込む。
ゼルクの斬撃。
主人公の回避。
そこへテトラのスターリット・カスケードが追い込み、タクトの知覚補助が最後の一拍を伸ばす。
そして。
主人公の剣が、ゼルクの左胸下へ深く刺さった。
紫龍が吠える。
紅い雷が内部へ走る。
ゼルクの身体が大きく震えた。
「……っ、見事だ」
主人公は一気に引き抜き、さらに横薙ぎにもう一閃。
今度こそ、勝負が決まった。
ゼルクは数歩後ろへよろめき、膝をつく。
その顔には痛みより、理解できないものを見る驚きがあった。
「何が……お前を、そこまで強くした」
主人公は息を荒げながら、短く答えた。
「友と愛、だよ」
ゼルクはかすかに目を見開く。
「……理解できぬ」
その声とともに、彼はゆっくりと右手を差し出した。
そこにあったのは、小さな鍵だった。
金属とも結晶ともつかない。
表面に細かな螺旋文様が刻まれた、古くて新しい鍵。
「これを持て」
ゼルクは言う。
「それで最上層を開いてくれ」
主人公は、しばらくその鍵を見つめた。
戦闘は終わった。
だが、終わった感じはまるでしなかった。
むしろ今、やっと塔の本心がこちらへ顔を見せ始めた気がした。
主人公は静かに鍵を受け取る。
その瞬間、ヘリックス・コアの中層全体で、どこか深い場所の扉がゆっくり動き始める音がした。




