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手紙の刻印〜情報とは?〜

第一章 刻印の手紙


机の上に置かれた手紙を、主人公はもう何度目かわからないほど見つめていた。


父の遺書。


紙として見れば、ただの手紙だった。

折り目があり、わずかに古びていて、表面には人の手で書かれた文字がある。

けれど、あの女警官の言葉が頭から離れなかった。


ホログラフィック刻印。量子暗号化。


もし本当にこの手紙に何か別の層が埋め込まれているなら。

もし文字として読めるものの奥に、本当の情報が眠っているなら。


主人公はそっと手紙の端を持ち上げ、光に透かした。


何もない。


少なくとも肉眼では。

透かしても、傾けても、紙面に奇妙な干渉縞が見えるわけではない。特殊印刷とも違う。ホログラムシールのような露骨な反射もなかった。


「……わかるわけねえだろ」


小さく呟く。


だが、わからないで終わらせる気にもなれなかった。


主人公はデスク脇のホログラフィックデバイスを起動した。

空中に薄い青の作業画面が開き、量子計測補助、偏光解析、位相分離、微弱光照射の項目が並ぶ。


量子ネイティブ。


生まれたときから量子情報機器と共に育った世代は、そう呼ばれていた。

主人公もそのひとりだった。

量子光学も、量子通信も、基礎的なプロトコル操作なら日常の延長だった。


だからこそ、まだ踏み込める気がした。


まず偏光を変える。

次に低強度の量子光を走査する。

角度を変え、波長を変え、散乱パターンを取る。

表面反射だけでなく、内部構造のわずかな位相差も拾おうとする。


だが、何も出ない。


手紙は静かだった。

ただの紙として、静かすぎるほど静かだった。


主人公は舌打ちしそうになるのをこらえ、次の手段を試した。

微細構造の干渉再構成。

表面ではなく、情報全体が散らばっていると仮定したホログラフィック逆変換。

一部が欠けても全体像を持つのがホログラムの強みだ。なら、逆に言えば、全体を正しい条件で照らせば別層が浮くかもしれない。


だが、それもうまくいかない。


「……そもそも情報って何だよ」


気づけば、そんなところまで思考が滑っていた。


情報。

文字列か。

配列か。

差異か。

関係か。

観測結果か。

それとも、ある系の内部で保持された可区別性そのものか。


机に肘をつき、主人公は額を押さえた。


量子情報では、情報は状態に宿る。

だがブラックホールではどうだった。

消えるのか。

残るのか。

表面に符号化されるのか。

量子ブラックホールは情報相だと、どこかで聞いたことがある。


「なら……エンタングルメントウェッジで再構成できるんじゃないのか」


半分独り言だった。


もし手紙の情報が局所的な文字ではなく、もっと広い関係性として埋め込まれているのなら。

表面の可視文字列ではなく、情報の“奥行き”があるのなら。

エンタングルメントウェッジ的に、ある種の内部領域として再構成できるはずだ。


理屈の上では。


主人公は作業画面を切り替えた。


仮想ブラックホール生成。

局所情報圧縮モデル。

エンタングルメント再構成試行。


量子演算層が起動し、空中に黒い球に似た数理モデルが何重にも展開される。

もちろん本物のブラックホールではない。

ただの仮想モデルだ。

情報を極端に圧縮し、境界側から内部を推定するための概念機械みたいなものだった。


だが結果は、無残だった。


再構成不能。

境界情報不足。

位相鍵未検出。

参照構造欠落。


「……やっぱヴァーチャルじゃ無理か」


椅子の背にもたれ、主人公は天井を見た。


頭の中だけが無駄に熱い。


量子光もだめ。

干渉再構成もだめ。

仮想ブラックホールもだめ。


そこで、視線が自然とディスプレイの隅へ流れた。


作者へ連絡

残り4回


しばらく、その表示を見つめる。


作者に聞けば早いんじゃないか。


その考えは、思った以上に甘く、危険だった。

だが同時に、ひどく魅力的でもあった。


父の手紙だ。

アストラだ。

ワールドストーリーだ。

もう全部まとめて、世界の外にいる誰かに聞いてしまえばいいのではないか。


けれど、指は動かなかった。


世界に干渉してしまうことは、ただの質問じゃない。

運命を変えることかもしれない。


情報を得るだけでは済まない。

何かの因果を、外からねじ曲げることになるかもしれない。


主人公はゆっくり息を吐き、画面を閉じた。


「……ただの情報じゃない」


その言葉だけが、静かに残った。


第二章 魔法って何だ


部屋の外では、夜の街がまだ淡く明るかった。


2040年の都市は、眠る寸前まで発光している。

窓の向こうをホログラム広告が流れ、遠くの上空路には配送ドローンの小さな光が行き交う。

そのどこかしこでは、拡張現実の簡易魔法演出すら日常になっていた。


街のそこかしこでは魔法が使えるのに。


主人公はふと思う。


「魔法……?」


口に出した瞬間、その語だけが妙に引っかかった。


魔法って何だ。


ワールドストーリーの中では自然に使われている。

地、風、火、水。

そしてテトラは言っていた。十三属性ある、と。


だが詳細はまだ作中でも明かされていない。

ゲームの設定として隠されているのか、本当に世界の深部に属する情報なのか、それすらわからない。


主人公はふらりと検索画面を開いた。


エーテル(哲学)


検索結果が展開する。

古代自然哲学、第五元素、天上の媒体、物質と精神の中間相。

さらに関連候補の下に、妙に引っかかる一文があった。


魂とはエーテルとアイテールの混合相である


「……何だそれ」


意味がわからない。

いや、単語ごとは追える。

だが全体としては、脳の別の階層に投げ込まれたみたいに理解が滑る。


魂。

エーテル。

アイテール。

混合相。


主人公は目を細めた。


十三属性は多すぎる。

地風火水でもう十分ややこしいのに、その上でエーテルだのアイテールだの言われても整理がつかない。


次に、なぜか指が勝手に別の項目を開いた。


アリストテレス


自分でも少し驚く。

普段の自分なら、こういうときに古代哲学へ飛ばない。

方程式を立てる。

仮説を置く。

実験系を組む。

測定する。

それが物理だと思っていた。


なのに今、自分は哲学者を調べている。


「頭おかしいな……」


思わず漏れた声に反応するように、サイコスキャン補助が隅で色を変えた。

だが表示は穏やかなグリーンのままだった。


正常。


余計に腹が立つ。



第三章 第五の力


主人公は椅子を回し、また別の演算画面を開いた。


力は四つある。


電磁気力。

弱い力。

強い力。

重力。


そこまではいい。

そこまでは、物理として整理されている。

少なくとも地球側の理屈としては。


だが、妙な一致があった。


第五元素。

第五の力。

クインテッセンス。

空。


「……空って、無と違うのか?」


真空と同じなんじゃないか。


そう思って、でも止まる。

本当に同じなら、なぜあんなふうに何度も別名で現れる。


空。

第五元素。

クインテッセンス。


どれも“何もない”を指しているようでいて、実際には“何かを成立させる余白”のようでもある。


主人公は汎用人工知能へ宇宙終焉モデルを走らせた。


ブラックホール蒸発後の遠未来。

熱的死の果て。

情報密度の希薄化。

関係性の粗視化。


演算結果は、乾いたテキスト列として浮かぶ。


最終段階では、物質的構造は失われ、相関と関係性のみが長く残存しうる。

極限では、宇宙はエンタングルメントの希薄な残響へ近づく。


主人公はそれを見つめた。


関係性だけの宇宙。


エンタングルメントだけに。


そこで、思考がひっくり返る。


もし仮に。

それを宇宙の最後ではなく、最初に置き換えたら?


関係だけが先にあって、物質があとから立ち上がるような宇宙。

接続が先で、時空があとから凍結するような宇宙。


「……でもおかしい」


宇宙の最初は低エンタングルメントのはずだ。


少なくとも、そういう方向で理解していた。

では、何がそうさせたんだ。

何が低い側へ落としたんだ。

何が、関係だけの海から、この凍った世界を引きずり出した。


その瞬間、頭の奥で何かが閃いた。


アストラ。


フラッシュバックみたいに、その名だけが浮かぶ。


突然ワールドストーリーに出てきた謎の登場人物。

AIか人間かすらわからない。

でも、何かを知っている感じだけはある。

世界の奥側に立っているような気配がある。


「アストラなら……」


何か知っているかもしれない。


主人公はほとんど反射的に検索欄を開いた。


アーエールの炎 作り方


フィルターをかける。

拡張現実適用、魔法投影、異世界設定由来、開発者情報、隠し仕様候補。


結果。


0件


「……だよな」


結局、そこまでだ。


現実側で回しても、どうにもならない。


量子情報も、哲学も、宇宙論も、クインテッセンスも、アストラも。

全部が頭の中でばらばらに光っているのに、まだひとつの線にならない。


机の上の手紙を見た。


一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。


いっそ燃やしてしまおうか、と思った。


熱をかければ何か出るかもしれない。

水に浸せば層が浮くかもしれない。

損傷が、逆に鍵になるかもしれない。


でも次の瞬間、その考えを自分で殴り潰した。


だめだ。


この手紙は絶対に燃やしたくない。

水にもつけたくない。

損傷することは、絶対に避けたい。


父の手紙だからだ。


情報媒体以前に、大事な手紙だからだ。


主人公は目を閉じた。

しばらく動かなかった。


それから、ゆっくり目を開く。


「……結局、あるとすれば」


ワールドストーリーだ。


あそこなら魔法が使える。

現実のARに持ち込むことだって、理屈の上ではありえる。

少なくとも、現実側だけで行き詰まっている今よりは、何かが進むかもしれない。


主人公は手紙を丁寧にしまい、ホログラフィックデバイスの待機画面を立ち上げた。


指先が、ログイン起動欄の上で一瞬だけ止まる。


薄い手掛かりしかない。

理屈も足りない。

何一つ、はっきりした答えにはなっていない。


それでも。


「行くしかないか」


小さく言って、主人公は起動を押した。


次の瞬間、視界が柔らかく暗転する。


現実では解けなかった問いを抱えたまま、

主人公は再び、ワールドストーリーへログインした。

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仮想世界だと思っていた場所が、少しずつ別の顔を見せ始めます。 続きもよろしくお願いします。
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