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オイゲさまのいた夏  作者: 曽我部穂岐
第一篇 黄昏

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序幕 四ツ夜神

 挿絵(By みてみん) 


 今は昔、南海のはてに、四ツ夜神よつやかみあり。


 ひとつ、赤き夜の神にて、名をば黄昏たそがれといふ。

 昼と夜とのへりに立ち、ものの影を長く引き、心の迷ひをあらはす神なり。

 黄昏の息のかかるところ、道は二つに分かれ、人は一つを選びて、一つを失ふ。


 ひとつ、青き夜の神にて、名をば月詠つくよみといふ。

 水面に月を置き、名を映しては揺らし、言葉を細うして耳に落とす神なり。

 月詠の夜には、笑ひは遠のき、ささやきは近づき、確かなるものほど薄くなりけり。


 ひとつ、白き夜の神にて、名をば入明いりあけといふ。

 闇の底より白みを引き上げ、見えぬものを見えるやうにし、見えたものを離れがたくする神なり。

 入明の白さは救ひにも似て、されど救ひと見まがふしうにて、人の足を彼岸かがんへ誘ふ。


 ひとつ、黒き夜の神にて、名をば常闇とこやみといふ。

 永久とこしへに変はらぬとばりを垂れ、時を止め、名をへ、道を閉ざす神なり。


 常闇の触れたものは移ろはず、移ろはぬがゆゑに朽ちもせず、戻りもせず、ただ其処そこに留め置かる。

 ひとたび留め置かれなば、声は声のまま届かず、名は名のまま呼ばれず、帰るべきみちさへ細りゆく。


 されば、四ツ夜神は互ひに争はず。


 赤は裂け目を作り、青は縁を薄くし、白は向こうを照らし、黒はそれらを止めてとざす。

 裂けたるものは裂けたるまま、薄きものは薄きまま、照らされたるものは照らされたるまま、つひに動かぬ闇へと定まるなり。


 人の世に夏来たりて、蝉しぐれ満ち、空蝉うつせみの木肌に貼りつき、川霧の立つみぎり――

 四ツ夜神の影もまた、しのびて此岸しがんの縁に差し掛かるなり。

 その影は足音なく寄り、気づかぬうちに息を奪ひ、気づきし時には、もう半歩、向こうへ寄せてゐる。


 一柱ひとはしらの神、くさびを打ち、さかひけて、影の道をふさぎたり。


 その封、楠の根に残り、木の刃は今も眠りて、夏を待つとぞ。



資料番号:『地頭野じとうの民俗資料集』

分類  :口承(神話類)/水域信仰・境界譚

採録地 :神見かんみ市 地頭野地区(旧・地頭野村)

採録  :昭和六十六年六月 地頭野民俗採集会(聞き手:K・H)

語り手 :匿名(当時八十代女性)

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