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輪廻と土竜(メグルとモグラ)  作者: HS_TOUKA
第14章 導くもの

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第14章 08


 

「ああ、サヤカ……。あと少しで岸に上がれたのに、なんで……」


 赤ん坊たちに囲まれ、執拗(しつよう)に殴られ続けたサヤカの体が、泥の中へと消えていく。



 そのとき――。



 サヤカのおかげで赤ん坊たちの目を逃れて(うじ)から成長した小さな赤ん坊たちが、サヤカを袋叩きにしている赤ん坊たちに向かって一斉に飛びかかった。


 次から次へと生まれる沢山の(うじ)たちも、次々と赤ん坊の姿に成長しながら、沈んでいたサヤカの体を泥の中から押し上げていく。

 サヤカは大勢の赤ん坊たちに背中を支えられ、高く抱え上げられた。



「サヤカに命を救われた者たちが、サヤカの命を救っている……」


 呆然(ぼうぜん)と見つめるメグル。

 閉じていたサヤカのまぶたが、()を浴びた花びらのように、ゆっくりと開いていく。


煉獄(れんごく)長様、ぼくにはサヤカが輝いて見える。まるで泥の中に咲いた、蓮華(れんげ)のようです……」




   泥より()でて、泥に染まらず――。




 煉獄(れんごく)長もまた、目の前で起きた奇跡に目を奪われていた。


『地獄界』にありながら、彼女のまわりには『菩薩(ぼさつ)界』が現れておる。

 深い慈悲(じひ)で、(あふ)れておる……。


 彼女はメグルにもらった愛がよほど嬉しかったのだろう。

 (あふ)れだす愛をまわりに降り注いでおる。その愛で地獄界の住人の魂をも揺り動かし、この沼の負の連鎖を断ち切るほどに……。

 ひとりの魂をこうまで変えたかメグルよ。やはりお前は強い力を持っておる……。




 そして煉獄(れんごく)長は、独り言のように小さく(つぶや)いた。


「彼女は地獄界にはふさわしくない。じき、昇界(しょうかい)するであろう……」



 岸に上がったサヤカは、まるで(あが)められるように地獄界の住人たちの中心にいた。その姿は、もうメグルが知っているサヤカと同じほどにまで成長している。



「がんばれサヤカ、早く戻ってこい! ぼくはずっと待っている! きみのことを、ずっとずっと、想っているよ!」



 メグルの声が、地獄界の空にこだまする。

 その声に応えるようにサヤカが顔を上げた。


 髪を頬を泥で汚し、額から流れる血で顔を紅く染めていたが、その瞳は(りん)として気高(けだか)く、空を見上げている。


 次の瞬間、疾風に吹き飛ばされるように、地獄界の景色が遠ざかっていった。

 再び、辺りが暗闇に包まれる。




 静寂のなか、煉獄(れんごく)長の声だけが静かに響いた。



「メグルよ、お前たちはいつも見守られている。

 誰ひとり例外なく、見守られているのだ。

 わしや守護霊たち、そしてお前たちを想う魂たちに……。


 決して(あきら)めるな。

 試練は乗り越えられる者に、希望は望む者に与えられる。


 メグルよ、お前はお前の信じる道をゆけ。

 お前がどこへ向かおうと、わしはお前を見守っておる……」




          *




 ちくちくとした感触を頬に感じて、目を覚ました。

 メグルは自分の部屋の毛羽(けば)立った畳の上に、うつぶせに寝ていた。


 眩しいほどの朝日が部屋の中に差し込み、ちゃぶ台の上できらりと何かが光る。

 それは、サヤカの赤い腕時計だった。


 時計の針は、サヤカが息を引き取った時間で止まっている。

 メグルはその腕時計を、自分の腕にはめた。


 すると、小さな音をたてて、腕時計の針が再び時を刻み始めた。

 メグルはいとおしそうに腕時計をなでると、深く大きく息を吸った。


 その目は清々しく、輝きに満ちている。


 壁に掛けられた真紅のマントをカバンに入れ、メグルは部屋を出る。

 人間界に存在する、多くの悩める魂たちを救うためにーー。




          *




「もう会えないかと思ったよ!」


 転がるように土手を駈け下りてきたトモルは、息を(はず)ませメグルのとなりに座った。


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