第1章 03(挿絵)
しばらく歩くと、広間に唐突とそびえ立つ、一枚の巨大なドアが見えてきた。
見渡せば広間のあちこちに点在しているそのドアは、それぞれに『ロビー』『ラウンジ』など行き先が書かれていて、ドアをくぐるだけで、その場所にテレポートできるのだ。
男は歩き回って『エントランス』と書かれたドアを探し出した。
「煉獄長になど会ったことはないけど、煉獄長室はエントランスの先にあると聞いたことがある。でも、この先へ行くのは初めてだな……」
背伸びをしてようやく届くドアノブに手をかけ、男はエントランスへ足を踏み入れた。
そこは薄暗く、耳鳴りがするほど静かな空間だった。
床一面がガラス張りになっていて、その下に地球が見える。まるで宇宙ステーションから地球を眺めているようなその景色は、ふと意識を集中させると、自分が見たい場所までズームアップしていく。
男は目を閉じて家族のことを強く思い浮かべてから、再び目を開けた。
床一面に男の家族が映し出される。
それは自分の葬式の真っ最中だった。
妻と息子がじっと男の遺影を見つめて涙を流している。
男は崩れるように膝をついて、妻と息子が映し出された床に頬ずりした。
(自分はこんなにも愛されていた。幸せな一生だったのだ……)
「いつも見ているよ。またすぐ会える。いまは精一杯、生きるんだよ……」
涙を流しながらも息子の肩をしっかりと抱く妻は、うつむくことなく前を見つめている。その眼差しからは、自分ひとりでもしっかり息子を育ててみせるという強い決意が感じられた。
そのとき、妻の頭上に浮かんでいるいくつかの水晶玉のうち、黒く濁った水晶玉のひとつが、淡い光を放ち始めた。
「あれはぼくの死だ! 彼女はいま、試練を乗り越えようとしている!」
煉獄から十層界の魂をのぞくと、それぞれの頭の上に『星』という名の水晶玉がいくつか見える。
黒く濁った『星』は『試練星』と呼ばれ、その魂が乗り越えるべき試練の数を表している。
試練を乗り越えると『試練星』は光り輝き、『成就星』と呼ばれる星に変わる。
人生を終えると『成就星』は頭上から消え、次の人生では残された『試練星』だけが頭の上に見えるようになる。
そうして転生を繰り返し、すべての『試練星』を消す、あるいは『成就星』に変えれば、 『昇界』といって次の転生では真如界に一つ近い世界へ転生することになるのだ。
「これで彼女の試練は、残りひとつか……。彼女は人格のすぐれた良い妻だったけど、やはり人間界もそろそろ卒業なんだな……」
妻の頭上には光り輝く『成就星』が三つ、そのとなりで墨を垂らしたように黒く濁った『試練星』がひとつ、ひっそりと浮かんでいる。
(彼女が残す最後の試練とは、いった何だろう……?)
ふと意識を集中し、男は妻の試練星をのぞきこんだ。煉獄から試練星を見れば、与えられた試練が何か手に取るようにわかるのだ。
水晶玉のような試練星の中に漂う黒い濁りが、渦を巻いて消えていく。
しょんぼりとうつむく少年の姿が、ぼんやりと見えるーー。
しかし男はそこで見るのをやめた。
彼女の守護霊ならともかく、人の試練の中身をのぞき見るのは、なんとなくプライバシーを侵害しているようで気が引けた。
「彼女なら、残る試練も難なく乗り越えるだろう。がんばるんだよ……」
そう呟いて、男はエントランスをあとにした。




