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輪廻と土竜(メグルとモグラ)  作者: HS_TOUKA
第13章 月見祭り

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第13章 02

 

 すでにメグルは『魔捕瓶(まほうびん)』を構えていた。


「この世に不法に存在する罪深き者よ。十層界(じっそうかい)の法を犯す者よ……」


 呪文を唱え始めたとたん、突如ガラスを引き裂くような音が理科室中に響き渡り、メグルの目の前で『魔捕瓶(まほうびん)』が砕け散った。


 飛び散るガラス片に目をつぶり、再びまぶたを開けたその刹那(せつな)。サヤカの姿が消えたことに気付いたメグルは、とっさにマントをひるがえした。


 瞬間、突き刺さるように、メグルの居た場所にサヤカが()ってきた。


 落雷のような激しい衝撃音とともに、旧校舎が大きく揺れる。


 サヤカの背後、理科室の一番うしろに瞬間移動していたメグルは、自身に()りかかったであろう光景を目にして息をのむ。


 (かが)み込むサヤカの腕が床に突き刺さり、その腕を中心に、床一面に広がる放射状の亀裂。



 一瞬たりとも目が離せない――。



 メグルは(まばた)きさえも(こら)えて、サヤカを凝視(ぎょうし)した。


 窓の外のわずかな暮色(ぼしょく)に浮かぶ、ゆっくりと立ちあがるサヤカの後ろ姿。

 その背中からは、黒い霧が噴き出していた。


 それはざわざわとうごめきながら、サヤカの全身を()うように包み込み、真っ白だったワンピースを漆黒に染め上げる。



「わたしね、幼い頃から大事にしていた帽子があるの」


 背中を向けたままのサヤカが、静かに口を開いた。

 だらりと垂らした腕の先に、鋭く尖った爪が光る。


「青いリボンの付いた、かわいい麦わら帽子……。夏の暑い日に外に飛び出そうとするわたしを呼び止めて、いつもお母さんが被せてくれた。そのときのお母さんの眼差しはとてもやさしくて、わたしは愛されてるって実感した。だからお父さんと離婚して、お母さんからあの眼差しが失われても、あの麦わら帽子さえあれば、わたしはお母さんを信じていられた……。

 もう古くなったからって、何度もゴミ袋に捨てられたけど、その度にこっそり持ち出して、大事にしまってたんだ。わたしがお母さんに愛されてたっていう、証拠だから……」


 血の気の失せた肌に不釣り合いなほど鮮やかな色の血が、腕時計をはめたサヤカの左手首から流れ落ちる。


 その血は鋭く尖った爪の先を伝って、点々と床に紅い華を咲かせた。


「力づくでドアを壊せば、外に出られたかもしれない。でもわたしは信じていた。わたしが良い子になれば、お母さんはわたしを愛してくれる。お母さんがあんなにも怒っているのは、きっとわたしのせいだから……。

 でも思うように体が動かなくなったわたしが、声にならない声でお母さんを求めたとき、お母さんはわたしの目を確かに見たわ。わたしの目を見ながら部屋のドアを閉めたの。


 暗闇に沈んだ部屋で、ようやくわたしは理解した。『あの人』はわたしを必要としていない。わたしも『あの人』を頼っちゃだめ……。


 最後の力をふり絞ってわたしがしたことは、この地獄から逃れること。手首から流れる血を見ながら、わたしはこれで楽になれると思った。でもそのとき、わたしの心に話しかけてくる声が聞こえたの。怒れ! 恨め! 憎しめ! その声がわたしに生きる力を与えてくれた。だからわたしは、その声のままに、生きることにしたの」


 まるで羽化(うか)したばかりの蝶が、(ちじ)こまった羽を広げるように、サヤカの背中から黒い霧が噴き出し続けている。


「その声の主は、きみを助けたんじゃない。きみの傷付いた心と体を利用しているんだ。その声の主を心から追い出すんだサヤカ。そいつは魔鬼だ!」


 サヤカがふり返る。

 乱れた髪のあいだから、深紅に染まった瞳がメグルを見つめた。



「助けて欲しいんじゃない。愛して欲しかった……」




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