第11章 01 サヤカ
雨が降りしきる校庭をメグルとサヤカは走って横切り、旧校舎の裏口へ飛び込んだ。
静まり返った校舎内に、地面を叩きつける雨の音が響いている。
ふたりは服についたしずくを払い落としながら、廊下を歩いた。
「雨、早く止まないかな。これじゃ、今日の『月見祭り』が中止になっちゃう」
昇降口の前を通るとき、積まれたやぐら用の木材を見ながらサヤカが言った。
「サヤカ、『月見祭り』は子どもっぽいから行かないって……」
メグルに指摘され、サヤカは、はっとしてふり返った。
「わ、わたしは行きたくないけど、楽しみにしていた子たちも沢山いるし……」
「恥ずかしがることないよ。サヤカの浴衣姿は、きっと似合っているよ」
メグルの言葉に、サヤカは目を丸くして頬を赤らめた。
「ありがとう。本当はわたしも行きたいんだ。……でも行けないの。『月見祭り』は保護者同伴でしょ? わたし、お母さんしかいないし、お母さん、わたしと一緒にお祭りになんて絶対に行かない……。
メグルくんのお母さんはやさしい? 一緒に手をつないで出かけてくれる?」
サヤカは微笑みながら訊ねるが、その笑顔はとても寂しそうだった。
「きっとやさしいお母さんよね。メグルくんはやさしいもの。他人にやさしい人は、そうなるべく道を歩んできたんだって。他人に辛くあたる人も、そうなるべく道を歩んできた……。
だからわたしは、やさしい自分を演じているの。辛い人生を歩んでいるだなんて、同情されたくないもの」
サヤカは気を取り直すように、すうっと大きく息を吸うと、
「さあ、ここからは、手分けして捜しましょう! メグルくんは一階から三階を捜して。わたしは四階から六階を捜すね」
と、階段を駈け上がっていった。
(人は見かけで判断できないというけれど、あんなにも明るくてやさしいサヤカの心にも影があったなんて……)
階段を駆け上がるサヤカのうしろ姿を見送りながら、メグルはぎゅっと胸がしめつけられる思いがした。
(サヤカが唯一残している最後の『試練星』は、意外と根が深いのかも知れないな……)
*
旧校舎一階の教室と保健室は、物置状態になっている。
メグルは体育用具をかきわけ、古い跳び箱の中、うずたかく積まれたぼろぼろの運動マットの裏まで隈無く捜したが、トモルの姿はもちろん、痕跡さえも見当たらなかった。
階段を上がって二階の図書室へ向かう。
以前、この図書室を訪れたとき、サヤカはある本を手に取り、桜子先生がトモルに渡した本と似ていると言っていた。メグルは山積みにされた本の中から、その本を探し出し、改めてよく見た。
表紙には『化学薬品の混合危険マニュアル』と書いてある。
(桜子先生はこれらの本をトモルに渡して、薬品を使った自殺の方法を連想させたんだ……。あの単純な桜子先生の考えとは思えない。やはり越界者の桜子先生を裏で操っていたのは、魔鬼である教頭だ……)
メグルは保健室でひとり化学薬品の本を読みふけっているトモルの姿を思い出し、激しい憤りを感じた。
と、そのとき、メグルの心に何かが引っかかった。
焦点の定まらない視線をさまよわせ、乱暴に前髪を指に絡ませる。
初めて保健室に行ったとき、サヤカがトモルにかけていた言葉。
『その本面白いでしょう? トモくんはそういうの好きだと思ったんだ』
確かにサヤカはそう言っていた。
メグルの心がざわざわと騒ぐ。
考えたくもない疑念が、頭の中を渦巻いて離れない。
「サヤカは六階へ行くことをあんなにも怖れていたのに、なんで今日は……」




