第6章 04
旧校舎二階は、職員室と図書室だった。
古い職員用の机がいくつか置かれているだけの職員室とは対照的に、図書室には所狭しと古い本が山積みにされていた。どこから持ち込まれたのか、なかには学術書や専門書なども置かれている。教師の誰かが、自分の家の書棚に入りきらない本の置き場として利用しているのかも知れない。
埃まみれの本のなかから、サヤカが一冊の本を手に取った。
「これ、桜子先生がトモくんにあげた本に似てるなぁ」
サヤカが手にしたその本は分厚くて、とても小学生が読む本には見えない。
(トモルって、そんなに本が好きな子だったろうか?)
おぼろげな前世の記憶を辿ってみるも、相変わらずメグルの頭の中は霧に包まれていた。
三階から五階は音楽室や家庭科室をのぞけば、机も椅子もかたづけられた、がらんとした教室が続く。
六階へ行こうとしたとき、サヤカの足が止まった。
「もう、上の階にあるのは理科室ぐらいだよ。ねえ、戻ろう。ここから先は行かない方がいいよ」
しかしメグルの目的である大鏡はこの先にある。構わず階段を上がろうとすると、サヤカはあわててメグルの腕を掴んだ。
「メグルくん知らないでしょ? 六階にある大鏡の幽霊話! 誰もいないときに大鏡をのぞくと、鏡の奥から幽霊が這いずり出てくるんだよ!」
「サヤカ、なんでそれ知ってるの? その話、誰に聞いた?」
急き込んで聞いてくるメグルに、サヤカがうろたえながらもこたえる。
「噂話だよ……。でも、この学校の生徒ならみんな知ってるんじゃないかな」
メグルは前髪を指に絡ませながら考えた。
(教頭と前の校務員しか知らない話が、なんで教師や生徒にまで広まっているのだろう? 交代で宿直した先生が実際に見たのか? いやありえない。越界門が初めて開かれたのは一ヶ月前の満月の夜。次に通れるようになるのは明日の満月の夜。そのあいだに越界者が出入りすることはない……)
「行ってみよう。ただの噂だよ」
メグルがサヤカの手を引っぱるが、
「わたし、行かない!」
サヤカはその手を払った。
仕方なくメグルはひとり階段を上がり、そっと顔だけ出して六階の廊下をのぞいた。
まっすぐにのびた廊下は窓から入る昼の日差しでとても明るかった。ただ、やけにしんと静まり返っているので、階段のすぐとなりにあるトイレの手洗い場から時折聞こえる、ぴちょん……というしずくの音だけがくっきりと耳に届き、異様な不気味さも感じる。
メグルはさらに目を凝らして廊下を見た。すると長い廊下の先が、じつは大鏡に映り込んだ廊下の像だということに気が付いた。
突き当たりの壁一面が鏡になっているので、どこまでも廊下が続いているように見えていたのだ。
(あれが旧校舎の大鏡……。魔鬼が開いた、下層世界からの越界門……)
じっとメグルが大鏡を見つめていた、そのとき。
幽霊、見えた……?
いきなり耳もとで聞こえた声に、メグルは飛び上がるほど驚いて、階段の一番上の段に蹴つまずいて、廊下に転んでしまった。
「あっはは! なんだメグルくん怖がりじゃん! もう二度とここへ来たいなんて言っちゃダメよ。怖がりなんだから!」
サヤカが手を差し出す。
メグルはサヤカの手を掴みながら、もう一度大鏡に目を向けた。
腰を抜かしたメグルが引き起こされる情けない姿が、ほんの一瞬、鏡の隅に映った。
が、その一瞬の姿に、メグルは違和感を覚えた。
新校舎から、終業のチャイムが鳴り響く。
「さあ、帰ろう!」
にっこりと微笑んで、階段を駆け下りていくサヤカ。
「気のせいか……」
メグルはひとり呟いて、その背中を追いかけた。




