第4章 02
「気にすることないよ」
保健室へ行く道すがら、サヤカはメグルにやさしく話しかけた。
「実はわたしも夏休み明けに転校してきたばかりなの。最初は誰でも緊張するけど、すぐに慣れるから」
緊張なんかで気分が悪くなったんじゃない!
とメグルは訴えたかった。
けれどまさかその理由が、前世の記憶が消えちゃったからなどと言える訳もなく、メグルはとても歯がゆい気分だった。
保健室に着くと、老齢の女性が窓際に置かれた椅子に浅く座り、天井を仰ぎながらイビキをかいていた。
「保健室の深川先生、いつもあんな感じなの。とりあえず横になるといいよ」
サヤカに促されて、メグルは窓際の空いているベッドに突っ伏すように倒れ込んだ。
まだ夏の雰囲気が漂う尖った日差しが、真っ白なカーテンに濾されて角を落とし、ふんわりとやわらかくなってシーツにこぼれ落ちてくる。
メグルは目をつぶり深く溜め息をついた。
「なんてことだ。あんなに充実していた人生を忘れてしまうなんて……」
前世の記憶を思い出した訳ではなかったが、人間界をただの一度で卒業した自分の人生が充実していない訳がない――。そう推察しての言葉だった。
仰向けに寝返りをうつ。
すると、となりのベッドに腰を掛けて本を読んでいる男の子が目に入った。
「あれ、トモくん、今日も保健室でおさぼり?」
サヤカが男の子に声をかける。
こくりとうなづいた男の子は小柄だったが、メグルやサヤカと同学年らしかった。体が小さいので膝の上に置いて読んでいる分厚い本が、とても大きく見える。
「その本、面白いでしょ? トモくんはそういうの好きだと思ったんだ」
サヤカは男の子にとてもやさしく接していた。
(この少女は誰にでもやさしいんだな。さすが残る試練星が一個だけのことはある)
感心しながらサヤカの横顔を見つめているとき、メグルは頬の辺りにちくりと刺すような視線を感じた。ふり向くと、男の子がとっさに本の中に視線を落とすのが見えた。
どこか寂しそうで、悲しそうなその表情を見たとき、メグルは妙な胸騒ぎを感じた。
起き上がり、食い入るように男の子の顔をのぞき込む。すると男の子は怯えるように本で顔を隠してしまった。
「やめてよメグルくんまで! どうしてみんな、トモくんをそんな目で見るの?」
サヤカに咎められてメグルは我に返った。真剣にのぞき込むメグルの目つきは、確かに睨みつけているように見えたかも知れない。
「ああそっか、初対面だったね……。わたしたちと同じクラスの、原 灯くんだよ」
(ハラ トモル……)
メグルは深い霧に沈んだ記憶の森を、必死に走り回っていた。
(ぼくは何処かで、この子と会っている……!!)




