第4章 01 トモル
名残惜しそうに居座るモグラをなんとか教室から追い出して、ようやく今日の授業が始まった。
桜子先生のとろけるような声が教室内をゆったりと漂うなか、小学六年生の授業に何の関心も得られないメグルは、眠気を紛らわすために何気なく取り出した『星見鏡』で、まわりの生徒の観察を始めた。
ぼんやりとした太めの男子の頭上に『試練星』七個、『成就星』一個が浮いている。そのとなりの眼鏡を掛けた如何にも真面目そうな女子の頭上には『試練星』五個、『成就星』二個が浮かんでいた。見る限りどの生徒も、星を十二個以下に減らしている。
「ふむふむ、みんな何度目かの人間界か。しかもこの年齢で成就星が光っているんだから、凡人としてはまあまあの育成ぶりかな……」
ひとり呟きながら、さらに教室のうしろへ目をやったとき、ついにメグルは発見する。一番後ろの席で、まわりの生徒にちょっかいを出している、小柄で落ち着きのない男子を見たときである。
「出た! 『試練星』十二個に『成就星』ゼロ! あいつ、きっと人間界初めてだぞ。あんなにはしゃいじゃってまあ……。わかりやすいったらないな!」
いまにも吹き出しそうな笑いを必死に堪えているとき、メグルの肩を誰かが小さく叩いた。
ふり向くと、そこには真っ白なワンピースを着た女の子が、窓から入る涼やかな風に長い髪をなびかせていた。左手にはめた赤いベルトの腕時計が日差しを受けてきらりと光る。メグルは少女のあまりの美しさに、しばし見とれてしまった。
それほどまでにメグルが目を奪われたには理由がある。女の子の頭上には、たった一個の試練星しか浮かんでいなかったのだ。
まさに才色兼備。
さきほどの騒がしい『おのぼりさん』とは、雲泥の差なのだ。
「教科書まだないんでしょ? 一緒に見ましょう」
女の子はそう言うと、机をよせて教科書を見せてくれた。
「わたし、蓮池 咲華っていうの。サヤカって呼んでね」
「や、やあ。これはどうも、ご丁寧に……」
すっかり少女に見とれていたメグルは、あわてて内ポケットから管理人の名刺を取り出した。
が、はっと我に返ってすぐにまたしまった。
(いかんいかん。どうも名刺を出す癖が抜けないな。ぼくって前世は営業職だったっけか……?)
何気なしにメグルは前世の職業を思い出そうとした。
が、どうしたことか何も思い出せない。
(あれ、おかしいな。転生したわけでもないのに、前世の記憶がずいぶん薄れている……!)
メグルは必死になって頭をひねるが、頭の中は白い霧がかかったように、何の景色も浮かんでこなかった。
焦ったメグルの額に、玉のような汗が浮かぶ。
「大丈夫? 気分悪そうだけど……」
サヤカが心配して声をかけるが、気が動転しているメグルは返事もできなかった。
「あらまあ、メグルくん大丈夫? 転校初日で緊張しちゃったのかしらん。サヤカちゃん、保健室に連れていってあげてぇ」
桜子先生に促され、メグルはサヤカとともに教室を後にした。




