第3章 04
「きゃあ、びっくりしたぁ……。あら、お父さま、お帰りですかぁ?」
突然、ドアを開けて入ってきた女性とぶつかりそうになり、モグラは激しく体を仰け反らせた。とろけるような口調で話しかけられたモグラは、そのままの姿勢で固まっている。
「おいモグラ、返事しろ」
メグルが硬直したままの背中に声をかける。
するとモグラは、ゆっくりと姿勢を戻しながら静かにこたえた。
「こらメグル。言葉遣いには気を付けなさいと、いつも言ってあるだろう」
ふり返ったモグラは、いつもだらしなく垂れている目尻が、引きつったようにつり上がっていた。
「メグルくんね。お父さんのことを名前で呼び捨てたりしたら、ダメよぅ」
モグラの陰から、にっこりと微笑みながら顔を出したのは、ピンクのスーツを着た若い女性だった。
若干ふくよかで可愛らしく見えるが、妖艶な雰囲気も漂わせている。
「ははは。呼び捨てだなんて先生。わたしの名前はドリュウです。わたしを慕う者たちからは、アンドリューなんて呼ばれています」
モグラの言葉に、女性は、はっとして書類に目を落とした。
「まぁ、ドリュウさんとお読みになるの? 素敵なお名前……」
モグラの口髭が、ビリリとしびれた。
「わたくし、メグルくんを担任します、桃山 桜子と申します。わたしも先月この学校に着任したばかりなんですよ。どうぞよろしくぅ」
桜子先生が真っ白でやわらかそうな手を、そっと差し出す。
その手を両手で握ったとたん、モグラはぐにゃりととろけて、その場に崩れ落ちた。
「さあメグルくん行きましょう! 新しいお友だちが待ってるわよん」
粘りつく汚れを払い落とすように握った手を離すと、桜子先生は床でとろけているモグラに軽く会釈をして、職員室をあとにした。




