第九十九話 試し斬り
──翌朝。
セイバルの里、ガンテツの家の寝室にて。
「……うぅ……流石に飲みすぎたのぉ……」
ガンテツは目覚めた瞬間、頭の奥が重く軋むのを感じた。
完全なる二日酔いだった。
ふと隣を見ると、布団の中から綺麗な中年女性の顔が、スヤスヤとこちらを向いて寝ている。
「………サヨ!?……これは、いったい!」
ガンテツは顔を真っ赤にしてテンパった。
「……んんっ……ガンテツ……おはよう」
サヨがゆっくり目を開け、優しく微笑みながらガンテツにキスをした。
──昨夜の記憶が、ガンテツの脳裏に蘇る。
深夜までヴィーナスで飲み明かし、ベロンベロンになって友人達に支えられて帰宅。
だが玄関をくぐったのは一人ではなかった。
そのまま寝室へ倒れ込み、サヨと共に──。
「……サヨ……わし……」
「ガンテツ……また……しよっか……」
そう囁きながら、ガンテツに唇を寄せるサヨ。
その時──
コンコンコンッ!!
玄関のノック音が響いた。
「………誰じゃ……誰じゃこんな時にぃ!!うぅっ……頭が痛いぃ……」
ガンテツは唸りながら立ち上がり、
「サヨ、少し待っとってくれ。」
と告げて、寝室を出て行った。
「うん、待ってる……」
服を慌てて整え、玄関を開けると──
「おはようございます!ガンテツさん!」
アリシアの元気いっぱいな声が飛んできた。
「うわっ!……酒臭っ……」
バーバラは鼻をつまんでしかめっ面。
「昨日はありがとうございました。楽しい時間でした」
クリスが聖職者らしい笑顔で頭を下げる。
「俺たち、そろそろ行くからよ。元気でな、おっさん」
ムサシが無骨な声で告げる。
「お主ら……わざわざすまんのぉ……茶でも入れたいところなのじゃが……今、来客中でのぉ……」
ガンテツは頭痛に耐えながら、必死に言葉を絞り出す。
「とんでもない!お気遣いありがとうございます!」
「お気持ち、ありがたく頂戴致します」
アリシアとクリスが律儀に頭を下げた。
その時、バーバラがふとガンテツの首筋に目をやる。
(あれ……もしかして……?)
うっすら浮かぶ赤い斑点──明らかにキスマークだった。
そして、ムサシは真っ直ぐガンテツを見つめた。
「……あんたの名に恥ねぇ剣士になってやるさ。じゃあ……行ってくるぜ」
その瞬間──
「魔物だ〜!!」
里の入り口から、悲鳴のような声が響いた。
一行の目つきが鋭く変わる。
「行くわよ!!」
アリシアの号令と共に、四人は一斉に走り出した。
「ガンテツ、今、叫び声が聞こえたけど……」
寝間着姿のまま、サヨが玄関から顔を出す。
「あぁ、魔物が来たようじゃのぉ。じゃが、心配はいらんさ。……せっかくじゃから、わしの最高傑作の出来を見ておこうかのぉ。サヨ、一緒に来い」
「…うん。わかった」
*
里の入り口では、漆黒の甲冑に身を包み、禍々しい剣を携えた魔物が、銀色の鎧を着た量産型の魔物数十体の軍勢を率いて、堂々と侵入していた。
「勇者と刀鍛冶の居場所を教えろ。教えれば危害は加えん」
鋭い視線で住民を威圧する漆黒の魔物に対し──
「ここよ!!」
アリシアの声が里中に響き渡った。
勇者一行が、魔物の群れと対峙する。
「ほう……自ら名乗り出るとは、流石は勇者と言ったところか」
その魔物は不気味に口角を上げながら、剣を抜いた。
「我が名はゼグラム。四魔王デュラム様に仕える者なり。まずは貴様を殺し、刀鍛冶はその後ゆっくり探すとしよう!」
斬撃が放たれた。
禍々しい闇の刃がアリシアを襲う──だが、
バギィン!!
アリシアはヒノキチで受け止めた。
「ご丁寧に挨拶ありがとう」
アリシアが微笑む。
「行くわよ、みんな!」
しかし、その声を遮るように──
「ちょっと待て」
ムサシが前へ出た。
竜巖徹の柄を握りしめながら、淡々と仲間たちに告げる。
「こいつの斬れ味を試してぇ。お前ら、後ろ下がってろ」
「えっ?ちょっと!」
「バーバラ。強化はいらねぇ、信じろ」
「うん」
バーバラは笑顔で応じる。
「ムサシさんがボスを倒したら、群れの方を殲滅しましょう」
クリスが小声で提案し、アリシアとバーバラは頷いた。
ムサシが、ゼグラムに歩み寄る。
「おい魔物。お前、魔物のくせにむやみに人間襲わねぇんだな。見上げたもんだぜ」
「……デュラム様の名誉を汚すような行為はしない。どけ。貴様に用はない」
「悪りぃが、勇者とやりたきゃ──俺を倒してみろ」
「……この甲冑に傷を入れた人間はいない。支援魔法も盾もない素の剣士など、興味はない。死ね」
ゼグラムの剣が、黒いオーラを纏いながら唸りを上げる。
殺気の籠もった斬撃が放たれた──が、
「甲冑ね……そんなもんに守られてるのが、俺とお前の決定的な差だ」
ムサシの目がギラリと光り、竜巖徹を右上から左下へと一閃。
──スパンッ!!!
ゼグラムの斬撃は空気の中で霧散し、
背後の平原にそびえる巨大な岩が、静かに斜めにズレて落ちた。
そのあまりの威力に、アリシアたち三人は思わず息を呑む。
「……バ……バカな………」
ゼグラムの上半身が、右肩から斜めにずれ落ち——
瞬間再生は、起きなかった。
再生には、“生きたい”という意志が必要だった。
だが、ムサシの一撃は──
意志ごと、ゼグラムを斬り裂いていた。
絶望的な恐怖と、へし折れた自尊心と共に、ゼグラムは音もなく消滅した。
ムサシはその姿に一瞥もくれず、
静かに、竜巖徹を見つめていた。
その瞬間──
「ぎゃあああああああ!!」
残された群れの魔物たちが、悲鳴を上げながら平原の方へ逃げ出した。
「ごめんね〜」
バーバラがにっこり笑いながら——
「ハジ・ケローガ!!」
ドッカァァァン!!!
群れは消えてなくなった。
「………ヤバいって、流石に……」
「はい………ムサシさんが敵じゃなくて、本当に良かった……」
アリシアとクリスが呆然と呟く。
「ちょ〜〜〜カッコよかったよ!!ダ〜リン!!」
バーバラがムサシに抱きつき、頬にキス。
「お、おう!まあな!!」
ムサシは照れて顔を赤くする。
その時、村人たちが一斉に叫んだ。
「うおおおお〜〜!!!」
「強えぇ……強すぎる!!」
「大魔王も楽勝だろこれ!!」
その歓声の中──
「は〜っはっは!!」
聞き覚えのある笑い声が響く。
一行が振り向くと、ガンテツとサヨが立っていた。
「ガンテツさん!」
「サヨさんも!やっぱり!!」
「うむ……」
ガンテツはムサシに歩み寄り、満足そうに笑う。
「どうじゃ、ムサシ。良い刀じゃろ?」
「おう……最高だぜ、おっさん!!」
「世界を……頼んだぞ!!さあ行ってこい!!勇者達よ!!」
──そして。
「わしは、サヨと毎日ラブラブして待っとるからのぉ!!ムッフッフ〜ッ!」
「あっはは!お幸せに〜!!」
「ガンテツさん。どうか、末長くお幸せに」
「さよなら〜!!」
(あれやっぱキスマークだった〜!!私もダーリンにぃぃぃ!)
ムサシは無言で背を向け、竜巖徹を高く掲げた。
──こうして、勇者一行はセイバルの里を旅立っていった。




